第229話 ハニーナッツトースト

 

 ハニーナッツは、ハチミツに漬けた瞬間からでも食べることは出来る。


 出来るのだけども、それはただハチミツとナッツを一緒に食べているだけで……ハニーナッツとは言えないのだろう。


 ハチミツとナッツが馴染んで、ハチミツにナッツの風味が、ナッツにハチミツの甘さが染み込んでようやくハニーナッツになる……と、そんな感じだ。


 そういう訳でハニーナッツの瓶は流し台下の収納で4・5日、寝かすことになったのだけど……コン君とさよりちゃんはその4・5日が待てないというか、待ち遠しいというか……自分達で作った保存食、ハニーナッツの様子が気になって仕方ないのか、翌日から毎日のようにハニーナッツの瓶を見つめ続けるという、遊びと言って良いのかよく分からないことをするようになった。


 毎日毎日、暇さえあれば二人で寄り添いながらじっと見つめる。


 ナッツはしっかりローストしたし、保存瓶も煮沸消毒したし、カビたりすることはまず無いのだけど、それでもじっと見つめ続けて……4日後。


 そろそろ梅干しが良い塩梅に仕上がったということで、この日の朝食は薄めのモズク汁と卵焼き、ほうれん草のおひたしに、塩分控えめの焼き鮭……そして出来上がったばかりの梅干しと炊きたてご飯という献立にして……テチさんの分は大きめ焼き鮭2枚に大盛りご飯という形にして、そんな朝食をさて、これから食べるぞと手を合わせていると、そこにトタタタタッと軽快な足音が響いてくる。


 まさかこんなに早くからやってくるとは……そんなにハニーナッツが楽しみだったとは……。


 そんな風に俺が驚く中、テチさんはこうなるのを予想していたのか特に反応を示すことなく「いただきます」とそう言って箸を動かし始め……俺もそれに続き「いただきます」と声を上げ、おひたしへと箸を伸ばす。


「きーたよ!!」

「おはようございます!!」


 直後、そんな二人の声が響いてきて……縁側から入り込んだ二人はまっすぐに洗面所へと向かい、手洗いうがいをし始めて……それが終わったなら居間へとやってきて、朝食を食べている俺達の側に座り……そわそわと尻尾を揺らす。


 まだかな? まだかな? と、そんなことを言いたげな表情をした二人はこちらへと熱視線を送ってきていて……朝食を食べ進めようとした俺は、その視線に負けて箸を一旦下ろし、二人に声をかける。


「おはよう、コン君、さよりちゃん。

 朝ごはんはしっかり食べてきたかい?」


 すると二人は、


「食べてない!!」

「食べてません!!」


 と、元気に駄目な返事をよこしてきて……苦笑した俺は立ち上がり、台所へと向かう。


 そうしたならハニーナッツの瓶を取り出し、食パンを取り出し……いつもの席にちょこんと座ったコン君達の分の朝食の準備をしていく。


「馴染むまで待って待って待って……毎日見てるとちょっとだけ瓶の中の色の感じが変わってきて……。

 そうやって美味しくなって、ずっとずっと、来年でも食べることが出来て……じーちゃんやにーちゃんが保存食が好きな理由、ちょっと分かった気がする。

 もっともっとたくさん作りたくなるもん、そこら辺から木の実拾ってきてでも」


「昔は冬になる前に、皆で一生懸命に保存食を作ってたんでしょうかねー……冬だと木の実を探すの大変ですもんね」


 するとコン君とさよりちゃんがそんなことを言ってきて……なんともリスらしいコメントだなぁと、そんなことを考えながら小皿二つを用意して、スプーンを用意して……スプーンをしっかり洗ってから、保存瓶の蓋をあけて小皿にハニーナッツを少しだけ盛り付ける。


「はい、最初の味見は作った人達で。

 この後作るハニーナッツトーストが本番だから、味見はほんの一口分だけだよ」


 そう言って小皿を差し出すと、コン君達は満面の笑みでそれを受け取り……スプーンでもってゆっくりと口の中に運び、その味をじっくり堪能しているのかゆっくりと口を動かす。


「甘い! 美味しい! 普通のハチミツより好き!」


「……思ってたより美味しくなっててびっくりです」


 そしてそんな感想を口にしたコン君とさよりちゃんは、先程以上の笑みを浮かべて……それから俺の作業へと視線を移す。


 と、言ってもまぁ、大したことはしていない。

 更にハニーナッツを一旦取って、食べやすいようにナッツをスプーンなんかで叩いて砕いて、それからパンに乗せてゆっくりと広げて……後はトースターで普通に焼くだけ。


 獣人だからと、子供にしては少し多めの二枚ずつをトースターに入れてスイッチを入れて……それが終わったなら冷蔵庫へと向かいながら口を開く。


「シナモン入りの場合は、薄切りリンゴとか薄切りバナナとかをパンに乗せて、その上にハニーナッツをかけて、それからトーストすることでアップルパイ、バナナパイ気分で楽しめたりもするね。

 他にもチーズ、クリーム、アイスなんかを一緒に盛り付ける人もいるけど……そこまでいくと流石にカロリーが心配だから俺はしないかな。

 あとはトーストした後に、ミントとかハーブの葉っぱを乗せて爽やかにしたり、キウイ、イチゴ、ブルーベリーとかを乗せたりする人とかもいるね。

 まー……何にしても糖分カロリー多めだから食べ過ぎには注意だねぇ……たくさん食べるつもりなら、食べる前にサラダとかを食べておくと良いかもしれないね」


 なんて説明をしながらキュウリ、レタス、ワカメ、トマト、アボガドを冷蔵庫から出して洗って切って……盛り付けたなら薄味ドレッシングをかけてサラダにする。


 それとコーンスープも用意して……後は牛乳とヨーグルトで良いだろうと、用意したそれらを居間へと運び、配膳し……そして最後に焼きたてのハニーナッツトーストを配膳する。


 するとコン君達は物凄い勢いで居間へとやってきて席について、


『いただきます!』


 と、そう声を上げて……先程の俺の話を意識しているのか、ハニーナッツトーストにがっつたい気分をぐっと抑えて、まずはサラダを食べていく。


 サラダを食べ終えたなら牛乳を飲んで一息つき……それからトーストを掴んで大きく口を開けて……齧り付いたなら目を大きく見開いてから何も言わず、ただただ夢中で口を動かし続ける。


 噛んで噛んで飲み込んで、また齧りついて噛んで。


 熱されたことでより甘くなったハニーナッツとパンのたまらない組み合わせを堪能し、あっという間に一枚をぺろりと食べ上げたなら、感想を言うつもりだったのか、それとも他のことを言うつもりだったのか、こちらへと視線を向けて……そしてちょうど俺が食べようとしていた梅干しのことを凝視する。


「あ! 梅干し! 作りたてのやつ! 俺も食べたい!」


「私も!」


 凝視しながらそんなことを言ってきた二人に苦笑した俺は……、


「流石にハニートーストと梅干しは相性が悪すぎるから、お昼ごはんの時にね」


 と、そう言って……困惑半分不満半分といった様子のコン君達に凝視されながら、梅干しを口の中へと放り込むのだった。

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