第227話 ピザトーストと囲炉裏の話


「さーて、今日のピザトーストはどんな具にしようかねー」


 あれからすぐにスーパーへと向かい、クーラーの聞いた涼しい店内の中をショッピングカートを押しながら移動し……セール品のチェックなどを終えた俺がそう言うと、カートの子供席とカゴの中に器用に座ったコン君とさよりちゃんが声を返してくる。


「具っていつものじゃないの? 玉ねぎピーマンソーセージ!」


「でもでも出かける前に好きな具って言ってましたし、いつもとは違うんじゃ?

 ……本当に私達の好きなのでいいんですか?」


 そんな二人に俺はこくりと頷いてから言葉を返す。


「いつものでも良いし、好きなのでも良いし……自分達で食べるものなんだから定番とか気にせずに好きにしたら良いと思うよ。

 明らかに美味しくなさそうな組み合わせとか、食べ合わせが悪そうな組み合わせならストップかけるけど……とりあえずこれが良いってのを言ってくれたらこっちで検討するよ」


「んーんー……もし実椋にーちゃんならどんなのにするの?」


「せっかくの機会ですし、何か変わり種のアイデアとかありませんか?」


 すると二人はそう返してきて……俺は少し悩んでから言葉を返す。


「そうだねぇ……変わり種というならまだ少しだけ残っているイカの塩辛を使うとかかなぁ。

 イカの塩辛に水菜とかを和えて……火を通すと固くなっちゃうから、チーズを乗せたパンだけをまず焼いて、その上に水菜和えの塩辛を乗せる。

 そしたらそこに刻んだ大葉をちょんと乗せて、ゴマをふりかけたら完成、とか。

 シンプルにマヨコーンなんてのもありだね、マヨネーズにコーンに……ガーリックで風味をつけるか、パセリとかで軽くしても良いだろうし。

 後はチーズを下に敷いてからキャベツ、じゃがいも、玉ねぎ、ピーマンで野菜たっぷり乗せてのシャキシャキピザトーストも悪くないかもな、上にカツオ節乗せてお好み焼きソースかければお好み焼き風にもできるね」


 するとカートの上に座っていた二人は、目をくわっと見開き、口の中でじゅるりと音を立てて、こちらのことをじぃっと見つめてくる。


 見つめて見つめて……ただ見つめて……どれが良いとか食べてみたいとか、リクエストは無いのかな? と、俺が首を傾げていると、口の中に溜まったものをごくりと飲み込んだコン君が、両手をわちゃわちゃと振り回しながら元気な声を上げてくる。


「塩辛! 塩辛美味しそう!

 でもマヨコーンも美味しそう!! ガーリックマヨコーン!!」


「わ、私はお野菜のが気になります、ソースとチーズって合うんですかね!?」


 続いて目を輝かせたさよりちゃんも声を上げてきて……俺はそんな二人に、


「じゃぁ、全部作ってみようか」


 と、声をかける。


 すると二人はぱぁっと笑顔を咲かせて、器用に立ち上がり、ささっとカートから下りていって……そうして、俺の前をちょろちょろと動き回り、野菜売り場はあっちだと指差して、早く行こうと急かしてくる。


 流石にスーパー内で走る訳にはいかないので、それなりの速さでカートを押していって……足りない野菜やパン、ソースなんかを買い足して、そうしたなら会計を済ませて、二人にも小さな袋で軽い荷物を持ってもらって……三人並んで家までの歩道を歩いていって……真夏の日差し降り注ぎ、蝉しぐれがそこら中から聞こえてくる道中、コン君がふいに、歩道沿いにある民家へと視線をやって、じぃっと見つめ始める。


 その民家は我が家と同じ茅葺屋根となっていて、茅葺屋根の中央に煙突代わりの小さな窓がついていて……そこからもくもくと白い煙が上がっていて、そんな煙を見つめたコン君が、質問を投げかけてくる。


「にーちゃん、あの家って、火事とかじゃなくて、薪とかで火つけてるんだよね。

 なんだっけ、お家の中でバーベキューみたいのするの、囲炉裏っていうんだっけ?」


「ああ、うん、恐らくそうだろうねぇ、他に室内であれだけの煙を出すようなことはないはずだからね。

 茅葺屋根は茅の隙間から排気することもあれば、ああいう窓から排気する場合もあるし、いかにも煙突って感じの、煙突で排気することもあって……内部の作りの違いでそうなっているんだろうねぇ」

 

 俺がそう返すとコン君は、首を大きく傾げてから更に質問を投げかけてくる。


「ってことはあの家、囲炉裏で火を付けてるんだよね、夏なのに。

 こんなに暑いのに……火なんか付けたら汗だくになっちゃうんじゃない?」


 その質問を受けて改めてその家のことを見た俺は……軒先で、今日は大した風も吹いていないのに大きく揺れてりんりん揺れる風鈴を見て……あることを思い出し、それを口にする。


「あー……多分、だけど、ああやって風を呼び込んでいるんじゃないかな。

 囲炉裏に火を付けるとね、家の中に風を呼び込むことが出来るんだよ。

 囲炉裏の火で温められた空気が上に行って、屋根や窓から排気されて……排気された分、外から涼しい風が入り込む、対流って言うんだったかな。

 よく見てみると庭の辺りに水を撒いているみたいだから、それで風が冷やされて更に涼しさが増しているのかもね。

 ……確か対流を効率よく行うための、夏だけ開ける窓があるとかなんとか……そんな話も聞いたことがあるねぇ。

 風を呼び込むだけじゃなくて、火と風の力で湿度も下がるから……ドライ冷房みたいな効果があるのかもしれないね」


「火を付けると涼しくなるの……? 冬は暖かくなるんだよね……?? 冬も涼しくなっちゃうの???」


 更に大きく首を傾げながらそう言ってくるコン君、もう少しするとこてんと横に転んでしまいそうだ。


「冬の時は夏用の窓を閉めたり、雨戸を閉めたりして、風が入り込まないようにするんだろうねぇ。

 囲炉裏は灰の中に熱がこもるとかで、そこからじんわり熱が床に広がって、床暖房みたいな効果があるとかなんとか……。

 流石に囲炉裏であれこれした経験は無いから、聞いた話ばかりになっちゃうけどね」


「夏は涼しくて冬はあったかいの!?

 そんで、囲炉裏ってバーベキューみたいのも出来るんだよね! すげー……!!

 ……にーちゃんの家では出来ないの?」


 俺がそう返すとコン君は、傾げていた首を戻しながら元気にそう言って……俺は首を左右に振ってから言葉を返す。


「昔はあの家でも囲炉裏を使っていたんだろうけど、少なくとも俺が子供の頃には使っていなかったっていうか……床も天井も囲炉裏の無い形に改築しちゃっていたからね、更にそこからリフォームをした今の家では出来ないだろうねぇ。

 囲炉裏ってただ灰を置く場所があれば良いだけじゃなくて、火花が飛び上がるのを防ぐ四角い網目になっている火棚っていうのが必要で、排気と対流のための高い天井が必要で……道具や薪も必要だし、灰が散るもんだから掃除も大変だしで、そう簡単ではないんだよね。

 そして当然というかなんというか……冷房としても暖房としても、最新の電化製品にはかなわないからねぇ。

 ……我が家で言うなら、夏はクーラーなしの扇風機だけ、冬は暖房なしの電気カーペットだけ……って感じになるんじゃないかな」


「……あ、うん、そっか。

 クーラーなしは無理かな、うん……囲炉裏ってなんかこう、炭火でご飯が美味しいって聞いたから、ちょっと残念かなー……」


 最近ずっとクーラーの中で暮らしているコン君としては、クーラー無しの生活は考えられないようで、耳をぺたんと垂れさせて、尻尾も力なくしょげさせて、テンションの低い声でそう返してくる。


 以前バーベキューグリルで炭火料理をふるまったから、そのことを思い出したというか……あの独特の、香ばしくて風味高い、炭火で焼いた料理をまた食べたくなったのかもしれない。


「……まぁ、囲炉裏は無理だけど、バーベキューグリルとか、あとはもっと簡単なのだと火鉢とか、そういうので炭火を使えば擬似的な囲炉裏端料理は楽しめるかもね。

 火鉢だったら曾祖父ちゃんが持っていたはずだし、家の中を探せば見つかるんじゃないかな?」

 

 そんなコン君を元気付けるために俺がそう言うと……垂れてた耳としょげてた尻尾をピンと立たせたコン君は……すぐにでも火鉢を探したいとばかりに駆け出して、真夏の暑さの中……いつにない猛ダッシュを見せつけてくるのだった。

 

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