第226話 お酒のあれこれ
一通りの梅干しの詰め込み作業が終わったなら、長期保存をするつもりの大瓶にシールを張る。
そうしたならそこに漬け込んだ年月日を書いて……書き終えたなら両手で抱えて、倉庫へと持っていく。
するとコン君とさよりちゃんは俺が何をするつもりなのか、説明するまでもなく理解してくれて、何も言わずに割烹着をささっと縫いでからついてきてくれて……そんなコン君達と一緒に倉庫の保存棚へと向かい、四つ並んでいるコンフィの瓶の隣に、梅干しの瓶を置く。
「うーむ、ようやく五つ目か、棚を埋め尽くすには程遠いなぁ」
置いてから一歩後ずさり、棚全体を眺めながらそう言うと、棚へと駆け上がって瓶をじぃっと眺めたコン君が言葉を返してくる。
「このでっかい棚を埋め尽くすかー……こうやって手伝ってみると、すげー大変だってことが分かるー。
……それをじーちゃんは毎年やってたんだねぇ……じーちゃんはどんな保存食をここに並べてたんだろ?」
「あー……そうだねぇ、梅干しとか色々な漬物とか、子供が遊びに来た時のためのフルーツのシロップ漬けとか。
それと曾祖父ちゃんはあれだね、前に棚を見に来た時にも言ったけどお酒だね、お酒。
梅酒に杏酒、リンゴに柚子にイチゴに……自分で飲むもんだからもう節操なしだったね。
フルーツ酒は作る事自体はとても簡単で、腐ったりすることもほぼほぼ無いから、いくらでも量産できちゃって、あっという間に棚を埋め尽くすんだよね。
だけどまー……俺はそこまで飲まないし、市販のビールとかで十分だし……お酒はいまひとつ保存食感がないんだよねぇ……決して悪いものではないんだけどさ」
「あー、そうだったなー、じーちゃんお酒大好きだったもんなー。
お酒かー……オレは飲めないからなー。
お酒はえぇっと……アルコールだから腐らない?」
「そうだね、アルコール消毒なんてものがあるくらいに殺菌力が高いから腐らない。
いやまぁ、お酒の病気とかもあって、それで駄目になることはあるから絶対じゃぁないんだけど、普通に保管していれば腐るものではないね」
「ふんふんふん……アルコールは作るの? 買うの?」
「買うよー、買ったお酒に梅を漬け込めば梅酒、フルーツならフルーツ酒。
お酒は勝手に作っちゃいけなくて、許可とか色々必要で……設備も色々揃えないと出来ないものだねぇ。
勝手に作ったお酒は密造酒って言って、かなーり厳しい罰則があるから絶対にしちゃ駄目だよ」
俺がそう言うと、コン君はこくんと首を傾げて……コン君を追いかけて棚の上に登ってきたさよりちゃんが、コン君に変わって疑問を投げかけてくる。
「ご飯とかお菓子とか、保存食とか梅酒とかは作って良いけど、お酒は駄目なんですか?」
それに対して俺は、こくりと頷いて……その理由をコン君達にも分かりやすく説明するにはどうしたら良いかと考えて、順番を組み立ててから言葉にしていく。
「うん、そうだよ。コン君達は税金を知っているかな?」
「知ってるー、消費税とか」
「知ってます、国に払うお金ですよね」
「そうだね、そして払うべき税金を払わないことは脱税と言って、これが犯罪なんだよね。
そしてこの脱税っていう罪は金額にもよるんだけど、とても重いもので……テレビのニュースにもなったりするんだよ、見たことないかな?」
「あるかもー?」
「あるかもしれないですけど、よく覚えてないです」
「うん……でまぁ、お酒にも税金がかかっているっていうか、お酒の値段のかなりの部分が税金で……言い方を変えるとお酒っていうのは、飲むために税金を払わなきゃいけないものなんだよね。
税金を払ってようやく飲んで良いものを、自分で作って飲んだり売ったりしちゃうっていうのは、払うべき税金を払ってないから脱税……重大な犯罪って訳だね」
「ふぅん……こっそりやってもおまわりさんが調べにきちゃうのかな?」
「お酒を買ってないのに、なんで酔っ払ってるんだって、見つかっちゃうのかも?」
「昔なんかは酒造……お酒を作っているとこが、お酒作りに失敗してお酒を捨てることになっても、捨てるお酒の分の税金を払わなきゃいけなかったとかで……お酒は捨てちゃって売れなくて、お金は入ってこないのに、税金だけは払うみたいな、そのくらい厳しいんだよねぇ」
「えぇ!?」
「捨てるのに、お金取られるんですか!?」
コン君とさよりちゃんはそう言って……大口を開けて唖然とする。
まぁ、今は税務署が調査して、監督のもと廃棄すると還付されるとか、色々な救済策があるようなんだけども……そこら辺を説明してもややこしくなるだろうから、追々……コン君達がもう少し大きくなったら、教えてあげることにしよう。
今大事なのは、密造酒作りがそれだけ大変なこと、お金の関わる重大なことだと理解してもらうことだからね。
……そもそも、ここら辺の法律が獣ヶ森に適用されるのかとか、そこら辺のことはまだよく分からないしなぁ。
「まぁ、そういう訳だから、作ったりは絶対に駄目、お酒を買ってそれに梅や果物とかを漬け込む、梅酒やフルーツ酒程度にしておこうってことだね。
コン君達が大人になって飲めるようになったら、お祝いに好きな果物のフルーツ酒を作ってあげるし、作り方も教えてあげるから……その時はテチさんと一緒に飲んで楽しもうか」
そんな二人を見やりながら俺がそう言うと……棚の上に並んで立った二人は、大口を開けたままこちらを見て、まだまだ驚きが抜けきらないといった表情でこくりと頷く。
その様子はなんとも面白いやら可愛いやらで、思わず吹き出しそうになってしまうが……口を手で抑えてぐっと堪える。
そうして俺が肩を揺らしていると、大口を開けていたコン君が、すっと口を戻し「あれっ?」と声を上げて……少しの間があってから言葉を吐き出す。
「お酒って勝手に作っちゃいけなくて、作ったら犯罪で……梅酒とかお酒に果物を漬け込むのは良くて……。
でも確か御衣縫のじっちゃんが、なんかお酒作ってたような……?
どぶろく? だっけ……?」
「よし! そろそろ台所に戻ろうか!」
密造酒の代名詞というか、誰でも簡単に作れてしまう酒の名前が出てきた所で、俺はそう言って話を打ち切る。
「あれ? どぶろくは良いの? あれ? あれ??」
「今日は二人の好きなご飯作ってあげるよー! ハンバーグが良いかなー! ナポリタンが良いかなー! それともオムライスかな、ピザトーストかなー?」
更に続くコン君の言葉に俺は大きな声でそう返して……そうしてコン君とさよりちゃんの興味をご飯の方へと誘導する。
コン君とさよりちゃんが好きな料理の名前を羅列して、二人のことを台所へと必死に誘導して……そんな俺のことを不思議そうに眺めていたコン君達だったけども、俺がピザトーストに好きな具を乗せて良いとか、いくらでも焼いてあげるとか、なんなら今からスーパーに材料を買いに行こうなんてことまで言うと、それでようやく気持ちを切り替えてくれたようで、それから二人は玄関の方へと軽快なスキップで向かってくれるのだった。
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