第225話 梅干しの仕上げ


 日が沈んだら倉庫に角棒と盆かごをしまい……翌日、日が昇ったらまた庭に置いて日光の下へ。


 すると段々と梅がしぼんでいって、表面に塩の粉をまとうようになって……なんとも梅干しらしい姿へと変化していく。


 翌二日三日と夏らしく晴れ渡り、理想的なくらいに梅干しは仕上がっていって……そして三日目の夕方、取り込んだ盆かごを台所へと持っていって……テーブルの上にお皿を下に敷く形で置いて、そうしたなら梅干し用の、両手で抱える程の大きさの保存瓶を、これまた相応の大きい鍋で煮沸消毒していく。


「まぁ、塩と日光で十分、煮沸消毒までしなくても良いなんて人もいるけど、長期保存するつもりならしたほうが良いだろうね。

 煮沸消毒が難しい容器ならリカー消毒で、多少味がつくかもしれないけど、噴霧した後にアルコールをしっかり飛ばせば問題ない……はず。

 消毒が終わったら梅干しを丁寧に詰めていって、その上にシソを蓋みたいにして敷き詰めて、梅酢を入れる。

 梅酢は漬け込みに使ったやつを使う人もいるし、新しく用意する人もいる。

 梅酢を入れないでタッパーとかで乾いたまま保存する人もいるし……ここらへんは好みだね。

 ハチミツで甘くしたい場合はこの段階で適量入れて、砂糖とかも同様に、コン君が言っていたように栗で風味付けしたい場合もこのタイミングだね。

 今回はたくさん作ったし、どうする? 試しにやってみる? あまり聞かない方法だから失敗しちゃうかもしれないけど」


 煮沸消毒終えて、梅干しの瓶詰めを開始し……作業を進めながら俺がそう言うと、テーブルの上にちょこんと座り、保存瓶に顔を押し付ける勢いで様子を見ていたコン君が、顔をバッと上げてキラキラとした目をこちらに向けて声を上げてくる。


「良いの!?」


「良いよー、ただしやったことのないことだから小さい瓶で、少しだけね。

 それで上手くいったら来年はもっとたくさん作って……駄目だったら来年までどうしたら良いのか改良案を考える。

 季節のことだからこそ、そうやってまた来年はこうしよう、ああしようって考えるのが面白いんだよねぇ」


 そんなコン君にそう返してから俺は、ジャム用の小さな瓶と、大きめの保存瓶と、保存用の空気抜きがついているタッパーを取り出し、テーブルに並べていく。


「今回はそれだけじゃなくて、梅酢なしの梅干し、ハチミツで甘くした梅干しも試してみよっか。

 ハチミツは……たくさん入れると不安だから少しだけにして、栗の粉末も風味付け程度に。

 こんな風に本来の製法から外れたことをすると、あっさりカビたりもするから、覚悟の上で、だよ」


 と、俺がそう言うとコン君は、こくこくと頷いて、粉末を入れる程度の作業だというのに割烹着への着替えを始める。


 そして一緒に遊びに来ていたさよりちゃんもお母さんに作ってもらった割烹着に着替えて……そうして二人に手伝ってもらいながら、新しく出した瓶の煮沸やリカー消毒を行っていく。


 流石にタッパーを煮沸する訳にはいかないのでそれはリカーで、瓶は煮沸で。


 リカー消毒のスプレー噴射はコン君達に任せて、俺は鍋で瓶を煮て……煮ながらテーブルの方を見ると、スプレーを噴射したコン君達が、そのきつい匂いにのけぞって「くぁー!」「えふん」なんて声を上げている。


 マスクもしているし、まさかあれで酔ったりはしないだろうけど、体の小さな獣人だから一応気をつけておくかと意識をやって……丁寧過ぎる程丁寧に消毒をしていくコン君達の姿が、なんとも微笑ましくて小さく笑う。


 そんな消毒が終わったならまずは、梅酢なしの梅干しから作業をしていく。


 と、言っても干した梅干しとシソをそのまま消毒したタッパーに入れるだけのことで……これに関しては特に何もなく、あっさりと終了。


 その次はハチミツで……ハチミツの瓶を用意しながらコン君達に説明をしていく。


「梅干しの作り方に色々な方法があるっていうのはコン君達にも分かってもらえたと思うんだけど、ハチミツ漬けの方法にも色々あるんだよね。

 たとえば塩を入れる段階でもうハチミツを入れちゃうとか……干し終わってからハチミツを入れるとか。

 ただハチミツを入れるんじゃなくて水で溶かしてからとか、みりんで溶かしてそれを沸騰させて、熱々の状態のまま梅干しと一緒に保存瓶に入れる人もいるね。

 梅酢にハチミツを溶かしてから沸騰させるとかもあるし……千差万別、その家々で作り方が違うんだよねぇ。

 とりあえず今回はみりんを使った方法を試してみようか、これなら保存性に関しては安心だからねー」


 なんてことを言いながらみりんを用意して、鍋に入れて……ハチミツをしっかり甘さが感じられる程度に入れたなら火を付けて、煮立てていく。


 じんわりと煮立てて沸騰させたなら、すぐに火を消して……梅干しを保存瓶に入れてから流し込む。


「うん、あとは冷めるのを待って……ついでに味が落ち着くのを待ったら完成かな。

 ちなみに地方によっては普通の梅干しに、食べる直前に砂糖とかハチミツをたっぷりかけて食べたりもするみたいだね。

 それをつまみにお酒を飲むなんて人もいるみたいだけど……梅干しは塩分が凄まじいから、そういう方法は体を悪くしちゃうかもねぇ。

 コン君達も梅干しを食べる時は、食べ過ぎ、塩分の取り過ぎに注意してね」


 なんて話をしながら保存瓶の蓋をきっちりと閉めると……コン君達は期待に満ち溢れた視線をこちらに向けてくる。


 そんなコン君達に応えるかのように、床下収納へと向かい、手を伸ばし……以前ビスケット作りに使った栗の粉末、平栗の残りを少しだけ拝借する。


 そうしたなら小さな瓶と残った梅と、更に持った平栗を前にして……さて、どうするのが良いだろうかと頭を悩ませる。


「梅干しも平栗も保存食で……混ぜたからといって極端に保存性が落ちたりはしないだろうけど……うぅん。

 さっきの話の砂糖みたいに食べる直前にかけるのもあり、梅酢に混ぜるのもあり、ただかけてそのまま保存して馴染ませるのもあり……みりんで煮込んで甘い風味付けもあり……。

 さぁて、どれが最善だろうねぇ……」


 頭を悩ませながら俺がそんな声を上げていると……コン君達はもう最初からそのつもりだったのだろう、小瓶に梅干しを入れ始め……梅酢をスプーンですくって流し込み、後は平栗を入れるだけという状態を作り出す。


 作業に夢中で俺の話を聞いていなかったらしい二人は、それらの作業を終えてからこちらに視線を向けてきて……俺が「いいよ」と言いながら頷くと、平栗の皿を持ち上げて、さらさらと小瓶に流し込んでいく。


「後は蓋をしっかり閉じて、その後に軽く振って混ぜたら、後は時間を置いて様子をみるとしよう。

 味見してみてまた梅酢を追加したり平栗を追加したり、色々出来るから、今日のところはとりあえずそれで終了かな」

 

 コン君達の作業が終わったのを見て俺がそう言うと、コン君達は二人で一緒に小瓶を持ち上げてから軽く振って……そうしてからマスクをくいとずらし、一仕事終えたと言わんばかりの良い笑顔を、こちらに向けてくるのだった。

 

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