第224話 梅の土用干し
梅入り調理用パックを全部出したなら、次に準備するのは竹かごだ。
竹かごの中でも平たく大きく、盆かごと呼ばれているものを取り出して……その下に平皿を置いた上で、テーブルの上に並べていく。
並べ終えたならエプロンをつけて手を洗い、アルコール消毒液でもって手の消毒をし……盆かごもリカー、アルコール度数の高いお酒をスプレーすることで消毒をする。
盆かごには先々口の中に入るものを置く訳で、盆かごに使った消毒液が口の中に入る可能性はかなり高い訳で、少し勿体ないけども、こういう部分に気をつけるのは大事なことだと思う。
同じくリカーで消毒をした菜箸でもって調理用パックの中の梅を、盆かごの上に丁寧に、お互いがくっつかないように一定間隔を開けて並べていく。
「パックの中の梅酢はまた使うから、出来るだけパックの中で梅に付いた梅酢を切るようにして……パックの中にゴミとか手とかが入っちゃわないように気をつけてね。
梅に関してはすっかりと柔らかくなっているから、潰しちゃったり破いちゃったり、傷つけないように気をつけて、時間をかけて丁寧に並べていこう」
作業を進めながら俺がそう言うと、リカーで消毒したシリコントングを構えたコン君とさよりちゃんがこくりと頷いて……同じくシリコントングを構えたテチさんも少し遅れてこくりと頷く。
梅酢に漬けた梅は本当に柔らかくなるので、不慣れな人が菜箸を使うと、パックに入れた瞬間とかに梅を突いてしまって、梅を傷つけてしまうというのはよくあることだった。
それを防ぐには慎重に丁寧に作業を行うか、先端が柔らかくなっているシリコントングを使うという手がある。
トングなら挟んで持ち上げて、竹かごに並べるのも簡単で……いまいち自信がないというテチさんも今回はシリコントングだ。
コン君とさよりちゃんのトングは子供用の小さいもので、重いものを持つのには向いていないけども、梅くらいの小さいものであれば問題なく掴めて……小さく軽い分だけ持ちやすく、コン君達の小さな手でも楽々扱えるようだ。
そんな訳で4人で丁寧に盆かごの上に梅を並べていって……作業がある程度進んだところで、飽きたという訳ではないのだろうけど、静か過ぎたのが嫌だったのか、コン君が口を開く。
「そう言えばシリコンって、何なの? プラスチックの仲間?」
その言葉に対し、最初に返したのはさよりちゃんだった。
「えぇっと……正しい名称は確かシリコンゴムって言うんですよね、だからゴムみたいに樹液から作ってるんじゃないのかな?」
「プラスチックだとすると石油製品ということになるが……だけどこのシリコントング、実椋が何度か料理に使っていたよな?
炒め物とか茹で料理とかで……プラスチックなら溶けてしまってそうだが……」
次に返したのがテチさんで、その後に三人は一斉に俺の方へと視線を向けてくる。
それは俺なら答えを知っているだろうと期待してのもので、いやいや、そんな風に期待されても困るよと苦笑した俺は……以前の仕事で何度か、精密機器に使うシリコンを扱っていたことを思い出し……その資料に書いてあったことを思い出して言葉にする。
「シリコンはケイ石って石から作られたものだね。
あれこれと加工したらシリコンになるんだった……はずだよ。
加工の仕方で性質が変わるとかで様々な製品に利用されていて、これは調理用のシリコントングだから、熱に強く、体に害にならないものを使っているはずだね。
ケイ石は他にもセメントとか乾燥剤のシリカゲル、ガラスの原材料にもなっていて、そこら辺で当たり前に見かける身近な素材だったりするねぇ」
すると三人は「へぇー」「なるほど」「ガラスにもか」なんて言葉を口にして……それをきっかけにしてワイワイと盛り上がりながら作業を進めていく。
そうやって梅を並べ終えたなら、今度は梅と一緒に調理パックに入れておいた、シソも広げて並べていって……破らないようにしながら、出来るだけ広げて並べたなら、一旦庭に向かって、盆かごを並べるための場所を用意していく。
「まさか地面にそのまま置く訳にはいかないから、何かをかごの下に置くのが通例だねぇ。
知り合いなんかは脚立を広げて地面に倒して、その上に盆かごを並べてたりもしたけど……梅酢が下に垂れて脚立が錆びたりしそうだし、あまりおすすめは出来ないかな。
一番簡単なのが木材……角棒を二本並行に置いて、その上に竹かごを置くとか、新聞を縁側に敷いて、その上に並べるとかだね。
盆かごに染みた梅酢は盆かごの中央に集まってから下に垂れる感じだから、今回みたいに盆かごの下にお皿を置いておけば、新聞敷いて縁側でも問題ないと思うんだけど……縁側だとどうしても影になる時間があるから、今日は庭に角棒を並べる方向で行こう。
無いとは思うけど誰かが蹴飛ばしたりして角棒がずれちゃうと大変だから、大きめの石とかブロックとかで角棒をしっかり固定しておくと安心だね」
なんてことを言いながら二本の角棒を庭に置いて、適当な大きさの石で固定して……それからそこに梅とシソが並べられた盆かごを並べていく。
爽やかな風と、真夏らしい暑い日差しと、何匹いるかも分からないくらいの蝉しぐれと。
その中で並べていって、並べ終えたら盆かごに軽く触れて安定しているかを確かめて……それが終わったなら家の中に戻り、窓をしっかりと閉める。
「いやぁ……10分も出てなかったのに、暑かったねぇ」
窓を締めた俺がそんなことを言いながら振り返ると、コン君もさよりちゃんも、テチさんまでもがクーラーの前に立って冷風を存分なまでに浴びていて……10分程度でも駄目かぁと思わず苦笑してしまう。
それでもまぁ、クーラーの風を数十秒も浴びていれば、暑さを忘れられるようで……数十秒後、テチさんとさよりちゃんは座布団の上に腰を下ろしてテレビを見始め……そしてコン君は俺がいつまでも窓際にいるのが不思議に思えたようで、こちらへと駆けてくる。
「どーしたの?」
そしてこちらを見上げながらそんなことを言ってきて……俺は庭の盆かごへと視線を移しながら言葉を返す。
「いや、こうやって梅が日光を浴びているとこを見るのがなんだか楽しくてね。
日光を浴びて水分が飛んで、ついでに殺菌もされて……水分が飛んだ分、味とか旨味が凝縮されて美味しくなる訳で……今まさにそれが目の前で行われているっていうのが、不思議っていうか興奮するっていうか……保存食好きにとってはたまらない瞬間なんだよね。
しばらくすると梅の表面に塩が浮いてきて、粉を吹いたようになってくるのも面白いかな」
「そっかー、今梅はおひさまを浴びてどんどん美味しくなってるとこなのかー」
俺の言葉にそう返したコン君は、窓にべたーっと張り付いて窓の向こうを見ようとするが……外の熱気で暑くなっている窓を嫌がってすぐに離れて……窓から距離を取りながら窓の向こうを見やる。
「三日間干すっていってたけど……夜とかはどうするの? 夜のあのまま?」
そうしながら更に質問を投げかけてきて……俺は倉庫の方を指差しながら答えを返す。
「いや、日が沈んだら倉庫に角棒ごとしまうつもりだよ。
人によってはそのままにして、夜露にあてた方が美味しくなるとか柔らかくなるって言うんだけど……俺としてはそこまで違いを感じないから、倉庫にしまっちゃうかな。
夜露に当てて美味しくしたい、柔らかくしたいならそのまま外に出しておくか……夜露代わりにスプレーで水をちょっとかけてみるのも良いかもね。
それと夜の間は梅酢の中に戻すなんて人もいるから……まぁ、うん、そこら辺はそれぞれの好みになるんだと思うよ。
干したあと梅酢に戻す人もいれば、戻さずに保存容器にしまう人もいるし、新しい梅酢を用意するなんて人もいるし……砂糖やハチミツで甘くするとか、本当にやり方は様々だねぇ」
その答えを聞いてコン君は「なるほど」とそう言ってから頷いて、腕を組んで首を傾げてしばらく考え込むような素振りを見せて……そうしてから、
「オレが梅干し作りする時は、栗の粉いれて栗の香りがする梅干しにしてみたいなー!」
なんてことを口にし……それに俺が「それも良いかもねぇ」と返すとコン君は、いつにない満面の笑みをこちらに向けてくるのだった。
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