第218話 お肉とお野菜


 タブレットで様々な習い事が出来るとなって、さよりちゃんは凄まじいまでの早さでタブレットを使いこなすようになり、習い事も驚く程の上達をしていった。


 獣人の反射神経がそうさせるのか、それとも子供の頃から働ける学習能力がそうさせるのか、その両方か……翌日にはタブレットが反応しきれない早さで操作するようになり、タブレットの処理速度さえも考慮した操作や演奏をするようになり……獣人の子供達には仕事以外にもこうやって、様々なことに挑戦させるのも良いのかもしれないなぁ、なんてことを思ってしまう。


 思ってしまうが、反射神経や学習能力は大人になる際に失われてしまうものらしいし、その喪失感や、人間の体で生きていかなければならないというギャップなんかで苦しむこともあるらしいし……獣人ではない俺がそこら辺のことをあれこれと言ってしまうのも良くないかと、何も言わないことにした。


 そんな俺のすぐ側ではテチさんがその様子を見ている訳で、子供の教育に関しては人一倍真剣なテチさんであれば色々と考えてくれているはずで……余計なことをしなくても問題ないはずだ。


 そういう訳で何日かが過ぎて、ついに明日、畑で働いてくれている子供達に色々と食べさせてあげると約束した日になるとなって……俺は用意した食材や道具の最終確認をしていた。


 湖畔のキャンプ場からは本格的過ぎる鉄板と、それ用の器具をいくつか借りられたし、椅子やテーブルなんかも問題なし、食材もしっかりとスーパーが配達をしてくれて、全く問題なし。


 下拵え出来るものはしておいて、それ以外は倉庫の冷蔵庫にいれておいて……後は明日、朝から準備したら問題無いだろうとなって……昼の少し前。


 今日は休日ということで皆家に居るし、何か凝った料理でもしようかなぁと居間でぼんやりとテレビを見ていると……居間の隅で寝転がりながら仲良くタブレットで勉強をしていたコン君とさよりちゃんが、そんな俺の態度から何かを察したのか同時に声を上げてくる。


「お肉食べたい!」

「お野菜食べたいです!!」


 その声を受けて俺は顎に手を当てて「ふーむ」と声を上げる。


 二人共最近勉強や習い事を頑張っているし、出来ることなら願い事を叶えてあげたいが……。


「ちなみに、どんなお肉が食べたいとか、どんな野菜が食べたいとかあるかい?」


 そう考えて問いかけると二人はまたも同時に、


「ハンバーグ!」

「ほくほくしたお野菜が良いです!」


 なんて声を返してくる。


 ハンバーグとホクホク野菜か……と、しばらく考え込んだ俺は、それならばと立ち上がり、台所に向かって必要な材料の準備をしていく。


 玉ねぎ、人参、ジャガイモとそれと他にも……なんて感じで台所のテーブルに野菜を並べていると、コン君とさよりちゃんが同時に駆けてきて、流し台にちょこんと二人で並んで座って……俺はそんな二人に「すぐに出来るからねー」なんて声をかけながら準備を進めていく。


 そうして材料が揃ったなら、まずは野菜を切っていく。


 玉ねぎ、人参、ジャガイモをみじん切り、というか、食感をしっかり感じられる程度の、小さめのサイコロ状に切っていって、添える用のキャベツ、人参は千切りにしていく。


 千切りのキャベツと人参はボウルに入れて隅に避けておいて……サイコロ状にした野菜をフライパンで炒めていく。


 しっかり炒めて火が通ったなら大きいボウルに入れて、出来るだけ薄く広く、平らになるように広げていく。


 そうしたならしばらく放置して粗熱を取り……そのボウルにひき肉を入れて、パン粉を入れて、生卵を入れて……塩、コショウ、ナツメグを少しだけ入れたなら、しっかりと練っていく。


「ナツメグは多すぎると中毒症状を起こしちゃうから、入れすぎないようにね」


 なんてことをコン君達に教えてあげたりしながら、練っていって……練ったなら形を整えて右手から左手に、左手から右手にポンポン投げて空気を抜いて……しっかり空気を抜いたならフライパンを用意し、適度に熱したら油を引いて……そこに整えたものをそっと置いて、しっかりと焼き色をつけていく。


 両面に焼き色をつけたならフライパンに水を入れて蓋をして、じっくりと蒸し焼きにしていく。


 肉に火が通るのはもちろんのこと、野菜がしっかりホクホクになるまで蒸し焼きにしたなら、出来上がった野菜ゴロゴロハンバーグをお皿に盛り付けて……添えるように千切りにしておいたキャベツとニンジンをそっと添える。


 ハンバーグを焼いたフライパンにはハンバーグから脱落した野菜がいくつかゴロゴロとしている訳で……その野菜も肉汁も捨てないでそのまま赤ワインを投入、ついでにケチャップ、中濃ソース、出汁粉を入れて、アルコールを飛ばしながら煮詰めていって……木べらでもってフライパンにこびりついた肉汁なんかをしっかりと剥がしていく。


 確かデグラッセとか言うんだったか……これもしっかりと美味しさの元になるので丁寧にやって、良い感じにとろみがついたら、それをソースとして脱落した野菜と一緒にハンバーグにかける。


「これでホクホク野菜ハンバーグの完成っと。

 昔、テレビで野菜嫌いの子供に、野菜が分からなくなるくらい小さく刻んでハンバーグに混ぜて食べさせるーなんてのをやっていたんだけど、野菜を好きになってもらうなら、やっぱりこれくらいしっかりと野菜の美味しさを味わえる感じにしなきゃなーって、そんな思いつきで作ったハンバーグなんだよね。

 そしたら蒸し焼きにするからなのか、野菜がもうホクホクで食感が楽しくて、甘みも旨味もしっかり出ていて、それでいてハンバーグとの相性も良くていくらでも食べられる美味しさになったんだよねぇ。

 今回はホクホク野菜ってことで入れなかったけど、小さく切ったピーマンを入れても食感とあの独特の味が良いアクセントになってくれるよ」


 なんて話をしながら人数分の盛り付けを終わらせて、コン君とさよりちゃんのお腹が同時にグ~となるのと、二人の口からジュルリと音がするのを耳にしながら、野菜ハンバーグがあるといくらでも食べられてしまう炊きたてご飯を少し多めに盛り付けて、野菜の端材なんかで簡単に作った味噌汁も添えて……二人の希望をしっかり叶えたランチの完成、居間のちゃぶ台へと配膳していく。


 すると匂いを嗅ぎつけたのかテチさんが自室から居間へとやってきて……驚く程の速さで居間へと向かい、ちゃぶ台を台拭きで拭いて配膳を手伝ってくれていたコン君とさよりちゃん達と一緒に席につき……最後に俺が席についたなら、皆はもう待っていましたとばかりに手を合わせて、俺の方を見て掛け声を待ってくる。


「いただきます!」


 そうなったらもう余計なことを言ったりやったりしている場合ではないだろうと考えた俺がそう言うと……皆は凄まじい勢いで『いただきます!』と返してきて、自分達の箸を掴んで野菜ハンバーグへと襲いかかるのだった。

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