第217話 習い事は……
さよりちゃんが習い事をしたいが、どんな習い事をしたら良いか分からないとの相談をしてきて、それに自分でやりたいと思うものを選んでみたらどうか? と、助言をして……翌日。
今日もまた早朝、コン君より来るよりも早くさよりちゃんがやってきて、
「その、私なりに習い事を色々模索してみたんですが、今の小さな体では出来る習い事がとても少なくて道具も全然なくて……このままだと何も出来そうに無いのですが、何か良いアイデアはないでしょうか?」
と、そんな相談を持ちかけてきた。
さよりちゃんが言うにはピアノにせよ習字にせよ、そこら辺の道具は全て、獣ヶ森であっても大人基準で作られていて……子供用のものはまず無いといって良い程に少なく、獣人の子供でも扱えるようなオモチャならいくらかあるのだけど、オモチャなんかでは到底習い事は出来ない……というものだった。
言われてみると確かにピアノはもちろんのこと、ペンと違って軸の太い筆なんかをコン君やさよりちゃんの手で持つのは難しそうで……俺はそこら辺までには考えが至らなかったなぁと深く反省する。
反省しながら頭を悩ませ、頭を掻きながら考えに考えて……そうしてあることを思いついた俺は、
「ああ、あれならなんとかしてくれるかも」
と、そんな声を上げてから、さよりちゃんには居間で待ってもらうことにして、自分だけで自室へと向かう。
自室に向かったなら壁の向こうから持ってきた荷物が押し込んであるダンボールを取り出し、その隅に押し込んでおいた電子書籍なんかを読む用に買ったタブレットを取り出し……ついでに充電コードも引っ張りだして、居間へと持っていく。
居間へと持っていったなら、まずは画面についている埃をウェットティッシュで拭き取ってから電源コードを接続して充電を開始して……ついでにWi-Fi接続の設定もして……アプリストアへと接続する。
「確か良いアプリがいくつかあったはずで……ああ、うん、有料だけどこのくらいならまぁ構わないか」
なんてことを言いながらタブレットを操作して、何個かのアプリをダンロードしたなら、それを居間のテーブルにおいて……さよりちゃんの前へとすっと差し出す。
少し厚めの座布団にちょこんと座って静かに待っていたさよりちゃんは、首を傾げながらもタブレットの画面を覗き込み……そうしてから「あっ!」と声を上げて、俺の方を見てタブレットの画面を見て、また俺の方を見てと、落ち着かない様子を見せる。
「あ、あのあの、これってつまり、アプリで習い事をしてみたらどうかって、ことですか?」
嬉しいのか、それとも困惑しているのか、上ずった声でそんなことを言ってきて……そんなさよりちゃんに俺は笑みを返しながら口を開く。
「うん、ピアノに習字、それとそろばんのアプリだね。
ピアノなんかはやっぱり本物で、鍵盤を叩いたりペダルを踏んだりしながら練習しなきゃいけないんだろうけど……それはまぁ大人になってからするってことで、それまではこれでも良いんじゃないかなって思ってさ。
アプリなら鍵盤やそろばんの大きさも自由に設定出来るし、筆を持たずにタッチするだけで良いし……それにほら、このピアノアプリだと楽譜が設定したテンポで画面に流れてくるから、一人でもやる気さえあれば結構な勉強になると思うんだよね」
なんてことを言いながらピアノアプリを開き、さよりちゃんの手でも演奏できそうな大きさに調整をし……自由に演奏し、演奏した音が音符として楽譜に記録されるというモードを起動してあげると、さよりちゃんは目をくわりと見開き、耳をピコピコと動かしながら、そぉっとタブレットに触れて、演奏をし始める。
「本物と違ってアプリの利点は音量調節が出来るってことかな。
タブレットの脇についているボタンで……そうそう、それそれ、それで調整出来るから、静かにしたい時はそれで出来るだけ音量を小さくすれば、迷惑とか気にせずに演奏できちゃうね」
と、俺がそう言っている間にさよりちゃんは、タブレットの音量調整だけでなく、器用に操作をしての鍵盤の大きさ調整までし始めて……自分に合った音量、大きさにしたなら、後はもう夢中で、よそ見もせず言葉も発さずに演奏をし続ける。
自由に演奏できるモードに飽きたなら、練習モードを起動し、演奏の基礎なんかを音声解説で学んでいって……学びながら画面に表示される楽譜通りに演奏するモードなんかも楽しみ始める。
その意欲と学習速度たるや驚く程のもので……たったの30分でさよりちゃんは、演奏に向いていないだろうリスの手で、淀みのない演奏が出来るようになっていく。
初心者向けの曲はあっさりと卒業し、中級者向けの曲に取り掛かり始め……そうしていると目を覚まし、身支度を終えたテチさんがやってきて……集中して演奏をするさよりちゃんを見るなり大体の事情を察したのか、静かに微笑み、邪魔をしないように部屋の隅に座布団を置いてそっと座り……何も言わずにさよりちゃんのことを見守る。
テチさんがそうやって見てくれるなら、俺は朝食の準備でもしてくるかと、出来るだけ静かに音を立てないように、さよりちゃんを邪魔しないようにしながら立ち上がり……これから来るだろうコン君の分と合わせて、4人分の朝食の支度をしていく。
菜っ葉のおひたしにかつお節をふりかけて、アサリと長ねぎの味噌汁を用意して、メインは焼き鮭、冷奴とヒジキの煮物も添えれば、うん、中々の朝食となってくれる。
支度が終わったなら配膳をしていって……さよりちゃんの邪魔にならないようにしていって、大体の配膳が終わった所でコン君がやってくる。
「きーたよ!!」
事情を知らないコン君はいつも通りに元気な挨拶をして、その声を受けて限界まで研ぎ澄まされていた集中から開放されたさよりちゃんは、そこでようやくテチさんやコン君が側にいること、朝食の準備が整っていること……自分が結構な時間、ピアノアプリに夢中になってしまっていたということに気付く。
そうしてさよりちゃんは恥ずかしげに俯いて、その耳をペタンと伏せるけども、そこでタブレットを覗き込んだコン君が元気な声を張り上げる。
「あ、なんか音楽聞こえると思ったらさよちゃんがこれで演奏してたんだー!
すっげー、テレビに出てる人みたいだったよ!!」
そんなコン君の言葉がどういう風にさよりちゃんに届いたのかは分からないけど、とにかくさよりちゃんはすっと顔を上げてくれて……そうして今までに見たことのないような満面の笑みを浮かべるのだった。
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