第215話 煮物


 買ったイカのほとんどをイカの塩辛にして……残り5杯となって作業をずっと、お腹空いたなとか、イカ食べたいなとか、そんな表情をしながら見守っていたコン君のために、イカ料理の支度をし始める。


 まずは一旦まな板や包丁を洗い……流し場も洗って綺麗な付近で水を綺麗に拭き取って、一旦イカの塩辛モードになっていた気持ちをリセットし……リセットしたなら、冷蔵庫から里芋と大根を取り出し、皮を剥き一口サイズに切っていき……ついでにショウガも細切りにしていく。


「煮物?」


「うん、そうだよ」


 材料から察したのか……切り分け方から察したのか、コン君がそう言ってきて、俺が即答を返すと、予想が当たったのが嬉しいのか、コン君はぐっと拳を握ってのポーズを見せてくる。


 それに笑顔を返してから作業を進め……切り終わったならどかんと大きめの鍋に醤油、お酒、みりんを適量入れてから里芋と大根を弱火でじっくりと煮ていく。


 ある程度煮てから細切りショウガを加えて……ある程度大根と里芋に火が通ったのを確認してから、イカを捌いていく。


 基本的には塩辛と同じ捌き方なのだけど、身だけは輪切りにするようにして……肝もしっかりと確保しておく。


 5杯とも捌き終えたなら身を鍋の中に入れていって……ついでに肝もイカの塩辛と同じように鍋の中に入れて、ゆっくりと菜箸でかき混ぜたなら落し蓋をする。


「こっちも肝をいれるんだねー」


「うん、コクが出るし、イカとの相性が抜群だからねぇ……ちなみに皮も風味になるから、煮物の時は皮を剥かないようにね。

 それとイカは身のほとんどが水分だったりするから煮る時は水を少なめにするか、入れないかにして……煮るのも3分程度にすること、あんまり長くすると変に煮えちゃって、固くて味濃くていまいちになっちゃうからね」


 コン君の言葉にそんな言葉を返し……返しながら鍋を睨んでイカの煮具合をしっかりと確かめる。


 良い具合になったら火を止めて落し蓋をしたまますこし冷まして……というか、後はもう食べる時までそのままにしておけば、味が染み込んだ美味しい煮物となってくれるはずだ。


「よし、これであとは……味噌汁と野菜のおひたしでも作ったら夕飯は完成かな」


 作業を終えてそんなことを言ってから、もう一度道具や流し台を洗っていっての片付けをしていると、いつもの椅子で鍋の方をじぃっと見やったコン君が口の中によだれを溜め込み始めたのかジュルリと音を立て始める。


「……流石に煮た直後はまだ味が染みてないから、もうちょっとだけ待ってね」


 そんなコン君に声をかけるとコン君は……ぐっとよだれを飲み込んでから台拭きを取って、流し台で綺麗に洗ってから絞り……今のちゃぶ台を拭くべく、テテテッと駆けていく。


 そうやってコン君と二人で夕飯の準備をしていると、テチさんが帰ってきて……良い時間となっての夕食の時間となる。


 炊きたての山盛りご飯と、野菜何種かのおひたしと、大根の葉の味噌汁と、大きな器にごろっと入れたイカと里芋と大根の煮物。


 なんとも和風でシンプルとなった夕食で……和食党のお家の子であるコン君としては食べ飽きたラインナップだと思うのだけど、それでも期待しているのか、座布団にちょこんと座りながらまだかまだかと、ソワソワとしていて……そんなコン君のためにも配膳をささっと終わらせて、自分の席に座り……手を合わせて「いただきます」と声を上げる。


 すると二人からも「いただきます」との声があがり……二人の箸は真っ直ぐにイカの煮物へと伸びていく。


「おー……ショウガ入りも美味しーんだねー、うちはイカの煮物はイカだけでショウガも大根も里芋もいれないからなー」


 そしてまずコン君がそんな感想を口にして……テチさんは一言「うまい」とだけ言って、バクバクと勢いよく大根、里芋、ご飯という順番で食べていく。


「ショウガを入れるか入れないかは好みかもしれないね。

 ただこう、ショウガも健康に良いって言われているからさ、少しでも機会があれば食べるようにしたいなと思っているんだよね。

 それと大根と里芋だけじゃなく、コンニャクとかを入れても美味しいかもね。

 さっきも言ったようにイカは水分がほとんどで、煮物にするとその水分が外に出てくるんだけど……ついでに風味や旨味も出てくるからさ、それをただの煮汁にしちゃうんじゃなくて、里芋や大根、コンニャクに吸わせてそっちでも味わっちゃうって感じかな。

 大根だけ、里芋だけ、コンニャクだけって組み合わせでも美味しいと思うよ」


「へぇー……あ、ほんとだ、大根も里芋も美味しい」


 コン君にそう返すとコン君は、大根や里芋にも箸を伸ばしてその味を堪能し……またイカを食べてホカホカと湯気を上げるご飯を口に中に流し込んでいく。


 その間もテチさんは黙々と食べていて……そんな二人の食べっぷりを見てから俺も、まずはおひたしを食べてから、煮物へと箸を伸ばす。


 スーパーが良いイカを仕入れてくれていたのか、旨味が強く歯ごたえもしっかりしていて、それでいて臭みも少なくて美味しくて。


 これならイカの塩辛も良い仕上がりになるだろうなぁと思いながら大根や里芋にも箸を伸ばし……うん、どちらも美味しい。


 良いイカでないとここまで良い味にはなってくれないので、本当にあのスーパーは良い品を仕入れてくれるなぁと感謝しながら食べていって……自分の分を食べ上げたなら、少し腹を休ませて……それから台所へと向かう。


 うちの食欲魔神達はまだまだ健在……良いイカが良い具合に煮上がってくれたからか、今日はいつもより食欲を爆発させていて、そんな二人のためのおかわりを用意し始める。


 と、言っても煮物はそこまで多くない。


 いや、この時期の大ぶりのイカを5杯+野菜ってのはとんでもなく多い量で、作りすぎたかな? ってくらいの量なんだけど、しかし今日の二人の食欲はそれを軽く上回らんばかりの凄さで……もしかしたら足りないかもしれない。


 明日の朝食くらいにはなるだろうと思っていた量なのだけど……うん、これは今夜で全滅かもな、なんてことを考えながら新しい器に盛り付けて、それを居間へと持っていき……二人用の茶碗を回収し、それに可能な限りの大盛りにご飯をもりつける。


 ご飯なら、ご飯なら十分な量がある。

 ご飯をたくさん食べさせれば全滅は避けられるかも……なんて考えで大盛りにしてみたのだけど、二人の食欲はそれさえも食べきってしまって……結局、煮物もご飯も味噌汁さえも、綺麗さっぱりと食べ上げられての全滅となるのだった。

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