第213話 まさかの……
素麺を食べ終えて……それではい、おしまいとなれば良かったのだけど、子供達の食欲は一段と刺激されることになり、焼きソバなどなども絶対に食べたいとの声を上げ始め……そうして今週末の日曜日に色々な料理を出してのパーティを開くとの約束をすることになった。
素麺に関しては正直、俺の料理の腕どうこうは全く関係しないもので……麺そのものと、市販のめんつゆと薬味と、市販の天ぷらが美味しかったというだけのことなのだけども、それでも子供達にとっては特別に美味しく感じられたようで……おそらくは皆で一緒に、笑顔でワイワイと食べるという状況がそうさせたのだろう。
だけどもそんなことを説明しても子供達は理解出来ないだろうし……俺の作ったご飯を食べたいと言ってもらえていること自体は嬉しいことだし、それならばまぁ、ちょっと頑張って料理をするくらいは何でもないかと、そう思っての約束だ。
そういう訳でその日のうちに湖畔のバーベキュー場に連絡をして、鉄板を貸して欲しいとのお願いをし……レンタル料を払って自分で取りに来るならばOKとの返事をもらって……翌日。
俺は早速料理の下準備をするために、コン君と一緒にスーパーへと向かっていた。
今日はテチさんもさよりちゃんも畑で仕事をするそうで久しぶりに俺達二人だけでの買い物となり……いつものようにカートにコン君をちょいと乗せてスーパーの中をゆっくりと歩いていく。
そうして鮮魚コーナーに着いたならじぃっと、今が旬のイカを凝視し……品定めをしているとコン君が声を上げてくる。
「にーちゃん、もうイカ買っちゃうの?
日曜はまだまだ先だし……今買っちゃうと新鮮じゃなくなっちゃうんじゃない?」
その言葉を受けて俺は、コン君の方に視線を移しながら言葉を返す。
「ああいや、今日買うのは焼きイカ用のイカじゃなくて、イカの塩辛用のイカなんだよ。
以前テチさんが好物だーって言っててね、夏になったら作るよって約束してて……イカの塩辛は蒸したジャガイモに乗せて食べると美味しいからねー……ちょうど良いタイミングだし、皆の分も作ってあげようかなってね」
「へぇー、イカの塩辛かー。
オレも結構好きだなー、かーちゃんがご飯に合うのを作ってくれるんだー。
……確か作るのに何日かかかるから……それで今日買うのかー。
えぇっと……イカの塩辛ってどうやって作るの?」
「ああ、イカの塩辛は……まぁ、気をつけることが色々とあったりするんだけど、作るだけならとっても簡単かな。
イカの身をちゃんとした処理をして切り分けて……それにイカの肝の中身と塩を一緒に混ぜて、よーくかき混ぜて、冷蔵庫で寝かせたらそれで完成。
イカの種類や産地によって手間が変わってくるんだけど、大体の流れはそんなものだね」
「思ったよりも簡単……!
えぇっと、それで気をつけることって何?」
「まずは鮮度、鮮度が匂いと味にダイレクトに影響するし、基本火を通さないで食べるものだから、鮮度が落ちているイカは使えないね。
それと稀にだけどアニサキスって寄生虫がいることもあるから、目視とかで注意するとか、完成したら一度冷凍しちゃうとか、そういうのも必要になってくるかな。
あとはー……産地によって匂いがきついこともあって、その場合は身と肝を塩漬けにして一晩放置しておくって手もあるね。
そうすると臭みが抜けるんだけど……臭みの無いイカならそれはしなくても良いかな。
あとは塩だけじゃなくてイシリっていう、イカで作った魚醤を使っても美味しくなるね」
「へぇー……かーちゃんが作ってくれたのは臭いことはなかったなー。
かーちゃんが色々頑張ってくれてたんだなー」
「まー……イカ独特の臭さが良いなんてことを言って、あえて臭くする人もいるけどね。
俺は臭くないほうが好きだからしっかり鮮度の良いのを選ぶつもりで……それで今じっと見てたって訳だね」
「なーるほどー!
そんでそんで、オレ、ジャガイモと一緒に食べたことないんだけど、ジャガイモに合うもんなの?」
「うん、よく合うよ。
北海道の方では屋台とかでジャガイモ蒸してそれにバターとかイカの塩辛乗せて売ってたりして……北海道はジャガイモもバターもイカも美味しい所だからたまんない美味しさだよ。
他にもフライドポテトをこう……大きめに切って作って、塩をかける代わりにイカの塩辛をかけたりしても美味しいね。
バジルとの相性も悪くないから、バジルを上からふりかけても良いし……うん、話していたら食べたくなってきちゃったな。
……話しながら見ていたら良さそうなイカも何杯か見つかったし……とりあえず今日は買えるだけ買って、家に帰ったらイカの塩辛を皆の分まで作るとしようか。
ああ、それと焼きソバに使う野菜も今日、出来るだけ買っておきたいから、この後見に行くからね」
と、俺がそう言うとコン君は「はーい!」と元気に返事をしながら頷いて……俺が選ぶイカのことをじぃっと、目を見開いて観察し始める。
そうやってコン君なりにどんなイカが新鮮なのかを学ぼうとしているのだろう……何も言わずに観察し続けて、その間に俺は店員さんに注文をし、選んだイカを発泡スチロールの箱に詰めてもらう。
詰めてもらって氷も入れてもらって、しっかりとガムテープで密封してもらったなら、レジに提出する支払い表を受け取って、野菜コーナーへ。
子供達がどれだけ食べるかは以前の鍋パーティで十分に理解している。
今回もまたその時のようにたくさん食べてくれそうで……まずはジャガイモをダンボールまるごと、それからキャベツやニンジン、タマネギなんかをカートのカゴの中にゴロゴロと詰め込んで……そうしたならレジへと向かう。
レジで支払いを済ませたなら駐車場へ、駐車場にはまたレイさんから借りた配達車があって……それに野菜の入った袋や発泡スチロールを詰め込んで……と、そこで店名入りエプロン姿の男性が、スーパーの方からこちらへと駆けてくる。
駆けてきて近付いてくると、その胸元にある『店長』とのネームプレートが視界に入り込み……その店長さんが、まずはニコニコ笑顔で名刺を差し出して来ながら名乗り……それを受けて挨拶を返すと今度は、細長い用紙の束をこちらに差し出してきながら口を開く。
「森谷様、いつもご贔屓の程ありがとうございます!
いつもいつも大量に購入していただいているようで……そんなお客様のご愛顧にお応えしたいと思い、このようなものを用意させていただきました。
こちらは注文書となっておりまして、注文書に内容を書いてFAXして頂きますと、商品の方、用意させて頂いた上でお宅まで配達させていただきますので……はい。
もちろんお値段の方も勉強させていただいて……はい、はい、何かパーティとかそういった御用で入用でしたら、二日前にでもご連絡いただければ、可能な範囲で用意させていただき、当日朝7時からの指定時間配達をさせていただきます」
今までのパーティや、ジャム作りや。
普段の買い物やら何やらで大量購入を繰り返した結果、どうやら俺は、珍しい人間というのもあってか店員さんに顔を覚えられるような存在になっていたようで……その結果、店長さんがまさかの営業をかけてきたという訳で……。
そうして俺は苦笑し、コン君はキラキラと目を輝かせながらの笑顔を浮かべ、店長さんはニコニコとどこまでも営業スマイルを浮かべ続けて……そのスマイルに負けた俺は、注文書を受け取った上で、
「よろしくお願いします」
と、そんな声を苦笑したまま、返すのだった。
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