第212話 素麺


 素麺の茹で方は凄く簡単だ。


 お湯を沸騰させ、麺を入れて、再沸騰したら、火を止め蓋をして4・5分放置。


 麺が茹で上がったら氷水を張ったボウルに入れて一気に冷やし……流水で洗ってヌメリを取る。


 あとは一口分手にとって丸めてザルに並べるか……氷水を張った器に入れるかはまぁ、それぞれの好みと言う感じなのだろう。


 ザルはそんなに大量には持っていないし、今日は外で食べるということで氷水が良いだろうとなって、コンロでお湯を沸かしながら器と氷を用意したのだけど……何しろ人数が多い、相応の準備をしていない。


 冷蔵庫の製氷機の氷だけじゃぁ全然足りないぞ……となったのだけど、今は夏、子供達にアイスドリンクを出すこともあるだろうと思って、倉庫の冷凍庫でも結構な量の氷を作っておいたので、それも全部使うことにして、ありったけの器を軽く洗って準備をしていって……湯が湧いたなら素麺を茹でて、茹で上がるまでにささっと薬味を……大葉にネギ、ミョウガに海苔を刻み……下ろしショウガと梅肉を用意して、麺が茹で上がったならささっと氷水を入れた器に移し、それが終わったならさっさと庭へと持っていく。


 庭では何枚ものレジャーシートを敷いた子供達が、自分で使う分の箸とタレ用の器と……足りない分の代用品、背の低いコップを軽く洗った上で、手に持って素麺の到着を待っていて……そこに素麺と薬味を配膳していく。


 すると早速とばかりに子供達が素麺をすすり始め……俺がすぐに足りなくなるだろうからと台所に向かい、次の素麺を茹で始める。


 そうこうしているうちにスーパーに、天ぷらだけでなく追加の麺ツユと薬味を買い出しに行っていたテチさんとコン君達が帰ってきて……子供達のレジャーシートに大量の天ぷらが、エビ天、かき揚げ、各種野菜天、ゆで卵天にショウガ天なんてものまでが並べられていく。


 すると子供達が一斉に湧き立ち、天ぷらに殺到し……天ぷらと一緒に素麺もまた一気に消費されていく。


 うんうん、分かるよ。

 美味しいんだよね、天ぷらがあると……素麺が凄く。


 他にも魚の塩焼きと一緒に食べるなんてのも面白くて、大学の頃の夏休みのレジャーで流しそうめんと塩焼き鮎を食べた時なんかは面白い美味しい組み合わせだと笑ったものだ。


 なんてことを考えながらも素麺を茹でていって……手洗いを終えたテチさんとコン君とさよりちゃんも手伝ってくれるようになって……そうやって皆で家の中に積み上がっていた素麺を一気に茹でていく。


 全部の素麺を茹でて、器という器と氷を使い尽くして、庭のレジャーシートにいくつもの器を並べたなら……俺達も箸と器と麺ツユと、薬味の入った小皿を用意してから庭に向かい……縁側に腰掛けて、素麺を元気にすする子供達の様子を眺めながら、ゆっくりと自分達の分をすすっていく。


 原材料は小麦粉と塩と植物油と至ってシンプルで、シンプルながらつるっとした独特の食感がたまらなくて。


 乾麺だからか保存も効いてある種の保存食であるとも言えて……料理法も様々だ。


 こんな風に茹でても良いし、茹でた上で肉そぼろなんかを乗せて食べても良いし、揚げて餡をかけて中華風に楽しんでもいいし……ラーメン風、パスタ風、鍋にいれるとか、春巻きやオムレツに入れちゃうとか、シンプルだからこそ色々な料理にすることが出来る。


 ただ茹でて麺ツユですするだけだと、飽きが来ることもあるけれど、そこに薬味が入るとその飽きもどこかへと飛んでいってくれて……薬味の組み合わせなんかでも色々楽しめるし、麺ツユに大量のすりゴマを入れて、濃厚なゴマダレにして、素麺に絡むゴマの風味と薬味を楽しむというのも悪くない。


 そこに天ぷらもあるともう腹がいっぱいになるまで箸が止まることはなく……実際にレジャーシートの方では、お腹をぷっくりと膨らませて、大満足といったような表情になった子供達が、そのままコロコロと寝転がり……なんとも言えない幸せそうな表情を浮かべている。


「……あれが人間の子供なら食べ過ぎだって心配になるんだけど、獣人の子供だとあっさりと消化しちゃって、何の問題も無いんだからなぁ……」


 そんな光景を見て俺がそう声を上げると、テチさんがモグモグと口を動かし、ごくりと飲み下してから言葉を返してくる。


「私達からすると、あのくらい食べてくれないと逆に心配になってしまうがな。

 育ち盛りで、体力を使う夏で、しかも仕事の後となったら、食べて当然……多少意地汚いくらいがちょうど良いって感じだな。

 ……今ではそんなことする子は居なくなったが、昔のリス獣人の子供は、いつでも食べ物を食べられるように頬袋に食べ物を入れたまま日々を過ごしていたらしいぞ?

 実椋の言う保存食の、保存場所がそこだった訳だな。

 ……まぁ、それはあくまで昔の話で、テレビとかで人間の文化に触れるようになると、流石に行儀が悪いとなって今はやらなくなったがな」


「ほ、頬袋が保存場所……かぁ。

 動物のリスの方は巣とか餌の保存場所に運ぶために頬袋を使うんだっけ?

 ……頬袋の中だと腐りにくいとか、唾液の酵素がどうこうとか、そういうのがあったりするのかな?」


「さぁな……だがまぁ、今の獣ヶ森なら、食べるものに飢えるということはまず無いし、頬袋に溜め込むよりも、冷蔵庫や棚にしまっておく方が良いからな、もしそんなことをしている子を見つけたら叱るようにしているよ。

 ほら、そこ!! 美味しいからって天ぷらを頬袋に詰めるんじゃない! 素麺と一緒に今食べた方が美味しいんだから、今食べてしまいなさい!」


 そんなことを言いながら目ざとく頬に天ぷらを詰め込んでいた子を見つけて、そんな声を上げるテチさん。


 するとその子がビクリと背を震わせてから頬袋を縮めて、モグモグモグモグと懸命に口を動かし始める。


 ついでに他の子の何人かも、こっそりと頬に詰め込んでいたのだろう、モグモグモグモグモグと口を動かし始め……テチさんは眉尻を下げて困ったような表情をし、小さなため息を吐き出す。


「ただの素麺とスーパーの天ぷらでこれなんだから、全く……。

 以前の鍋の時は平気だったんだがなぁ……今度、実椋が焼きソバとかを作る時は気をつけないとだな」


 ため息の後にそんなことを言ったテチさんは、箸を動かしたっぷりの素麺を口の中へと送り込む。


 そうして頬をいっぱいに膨らませてもぐもぐと口を動かして……俺の数倍の勢いで素麺を食べていく。


 ……テチさんにも頬袋があったら同じことするんじゃないかなぁと、そんなことを一瞬思う俺だったが、怒られないうちにそんな考えをささっと捨て去って……目の前の素麺に意識を集中させるのだった。

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