第210話 肥料とかの話
翌日。
今日は畑で珍しい……たまにしかやらない作業があるとのことで、テチさん達と一緒に畑へと向かう。
そうして畑に到着すると、何人かの青色の作業服姿のリス耳の男性が畑で待っていて……脇に置いてある袋をポンポンと手で叩き、しっかり用意しておいたぞと、そんなことを言外に伝えてくる。
その袋には肥料や活力剤との文字が書かれていて……今日はそれを使って、栗への肥料やりの作業をするそうだ。
「基本的に獣ヶ森の栗は放っておいても実を成らせてくれるのだが、それでもたまには肥料をやる必要があって……しっかりと肥料をやればやるほど実が大きくなり、美味しくなるからな、今年は全くやっていないし、去年も少ししかやっていなかったし……そろそろ良い時期だろう。
他にも肥料をあげておけば、実が大きくなるだけではなく新枝がぐんぐんと伸びて……新枝が力強く伸びてくれると、寄生害虫に寄生されにくくなるのでな、根が元気に栄養を吸うこの辺りの時期になったら肥料をやるかどうか、検討するようにした方が良いだろうな」
その光景を見やりながらテチさんがそう言って……手にしっかりと軍手をはめてから、小さなスコップを片手で構えて見せてくる。
コン君もさよりちゃんも、他の子供達も軍手をしてスコップを構えていて……点呼が終わったなら、皆が一斉に駆け出し、栗の木の側でそっと、丁寧に穴を掘り始める。
俺もまたテチさんが用意してくれた軍手をはめてスコップを用意しながら、そんな皆の様子を見て真似をしようとして……そこでふと気になったことがあった俺は、それをそのまま言葉にする。
「……根本ではないんだね?」
コン君達が穴を掘っているのは、木の根元ではなく、木からかなり離れた……木の枝の先端の真下辺りで、そんな俺の言葉に対してテチさんは、笑みを浮かべながら言葉を返してくる。
「ああ、根本ではない。
栗の根は先端の方がよく栄養を吸うからな、先端がある、枝先の真下辺りに、根を傷付けないように気をつけながら浅い穴を掘るんだ。
穴を掘ったらそこにいるホームセンターの職員達が肥料を穴に流し込んでくれるから、あとは穴を埋め戻せば良い」
「なるほど……。
……それで、えぇっと……ホームセンターの人達が手伝ってくれるっていうのは、一体どういう契約になっているの?」
「んん? いや、契約と言うか……ただそういう買い方をしているだけの話だ。
袋単位で買うのではなく、使った分だけ……畑に埋めた量だけのお金を払う。
あそこにある袋は私達のものではなく今もホームセンターの所有物で……その中身だけを分け売りみたいな形で売ってもらうんだ。
たまにしか肥料やりをしないから袋で買って余らせても困るし……富保のこだわりで特別に高いものを使っているからな、高級品を無駄にしないための工夫というやつだ。
それだけの高級品をこれだけ広い畑に撒くとなれば総額は結構なことになるからなぁ……ホームセンター側もニコニコ笑顔で手伝ってくれるという訳だ」
テチさんがそう言った瞬間、作業服の男性達は揉み手で露骨な笑みを浮かべてきて……それに軽く頭を下げて応えた俺は「な、なるほど」と、そう言ってから畑へと向かい……テチさんの指導を受けながら作業を行っていく。
夏の日差しの下だけども、栗の木の枝が上手く日差しを遮ってくれていて、その上心地よい風が拭き続けているので暑くはなく……作業をしていると軽く汗ばむ程度の日和で、作業自体も柔らかな土をそっと掘り返すだけで良いので、疲れるということもない。
根っこを傷付けないようにと神経は使うけども、テチさん曰く、根はもう少し深い所に生えているとかで……過剰に掘りすぎたりしなければ、傷つけるようなことはまず無いそうだ。
「仮に傷付けてしまったとしても、樹木医から預かった薬を塗って藁でも巻いておけば問題無いだろう。
……ああ、薬で思い出したが、剪定も枝を強く伸ばすためには必要な行為でな、冬になって葉が落ちたらやるからそのつもりでいてくれよ」
慎重に作業をしている俺を見てか、テチさんがそんなことを言ってきて……俺は集中力を切らさないようにしながら、ゆっくり言葉を返していく。
「なんで剪定は冬に……ってああ、そうか、葉が落ちた方がやりやすいからか」
「やりやすいというか、落として良い枝を見つけやすいというか……まぁ、葉が邪魔にならないというのも理由になるな。
剪定をしておけば残った枝が強く伸びるしな……ちなみにだが剪定で落とした枝は大事に保存しておくぞ」
「……なんでまた?」
「そうやって切った枝を冷蔵庫で大事に保存しておいて、春になったら接ぎ木、あるいは挿し木で新しい木にするんだ。
まー……中にはたくさん実が成った枝のほうが良い木になるとかいうジンクスを信じて、剪定した枝ではなく、わざわざそういう枝を狙って落とす者もいるが……私達はそういうやり方はしないかな。
ちなみにだが栗の実はその年に生えた新枝に生えるものだから……枝の先端をうかつに触って折ったりは絶対に駄目だ、それはもう犯罪みたいなものだ、そこに成る実を全滅させるようなものだからな」
そう言って一旦言葉を切ったテチさんは、穴掘りの途中だというのに、スコップで地面に絵を描き……熱が入ってきたらしい説明を続けていく。
「話を挿し木に戻すが……挿し木をして根付いて、一本の木となったら『切り戻し』と言う作業をする。
真っ直ぐ上に伸びた幹を切って、上には伸びないようにして、左右に枝が伸びるようにして、左右に伸びた枝も切り戻し……そこから更に枝が分かれるようにする。
そうした上で有望な枝だけを残して剪定をして……三年そうした作業を続けたら、ようやく一人前の木になる訳だ。
それでもまだまだ小さい木で、実も小さいが……味と栄養のある実が成るようになる。
これを毎年欠かさずやって……栗の木が減らないようにする訳だな。
どんな栗の木でもいつかは老いて枯れるものだし……老いて実が成らなくなった木は伐ってしまうこともあるし、いつ病害や災害が起こるかも分からないからな、可能な限り木は増やしていった方が良いだろう。
剪定などで枝を切ったならそこに薬を塗ったりして、菌などがそこから入らないようにする必要があって……そういう訳で樹木医からいくつかの薬を預かっているという訳だ」
熱と力の込もったその説明を、メモを取りながらふんふんと頷いていると……そこにホームセンターの職員さんがやってきて、袋を構えて無言の圧をかけてくる。
どうやら他の木への肥料やりは大体終わったらしく、後は俺とテチさんが穴を掘っていた木だけのようで……俺とテチさんは慌てて、慌てながらも慎重に穴を掘り……するとすぐに肥料がザザザっと流し込まれていく。
それを確認したなら掘った土を下に戻して、スコップで軽くなでて表面を整えて……それで作業は終わり。
一通りの作業を終わらせた俺達は、ゆっくりと立ち上がり……そうしてから背中に手を当ててぐいっと背中を伸ばして……それなりの時間の作業で凝り固まった背中を強引に、柔らかくしていくのだった。
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