第206話 スイカの種
スイカの種はアーモンドとクルミと一緒に塩で炒めて……丸くくり抜いたスイカは、そのまま食べる用と、以前作ったフルーツポンチのように……フルーツ缶詰やフルーツゼリーと一緒に、食べる直前にサイダーを注いで食べる用に分けて用意をして。
そうしてそれぞれが入った大皿を、休憩所のテーブルに並べて、皆の分のスプーンと小皿を用意していると、畑で一生懸命に働いていた子供達がその光景に気付いてわぁっと、こちらに駆けてくる。
「まずは手洗いうがい! 汗でびしょびしょになった者はシャワールームでシャワーを浴びて着替えてからにすること!」
そんな子供達にテチさんがそう声をかけて……それを受けて子供達は手洗い場に行くなり、シャワールームに行くなりとし始める。
休憩所には洗い場などがあり、トイレもあり……そしてその奥には、キャンプ場でよく見るようなシャワールームもある。
更に昔は洗濯機なんかも置いてあったそうで……本当にキャンプ場かと思う程だ。
洗濯機は随分前に故障してしまったそうで、もう置いてないのだけど、シャワーはまだまだ現役で……そこでシャワーを浴びた子供達は、ブルブルっと体を揺らして水気を飛ばして……そして太陽の下へと出ていって、濡れた体毛を太陽光の力で乾燥させていく。
するとそんな子供達の様子を見たテチさんは、ブラシと体毛に塗るためのオイル……椿油を手に持って駆けていって、ささっとではあるがブラッシングをしていって、子供達の体毛を整え……そうしてから着替えを促す。
夏場のこの時期に仕事をするとなれば汗をかいて当たり前、シャワーを浴びるのも当然のこと、そうなれば必然着替えもする訳で……子供達はリュックに入れてもってきた着替えをささっと着て、そうしてからテーブルの上のフルーツポンチや塩炒めを小皿に盛り付け、広げたレジャーシートの上や、そこらのベンチに腰を下ろしてスプーンを構えてもっくもっくと笑顔で食べていく。
まずは普通のスイカを食べて水分補給、そしたら今度はスイカの種とナッツの塩炒めで塩分を補給して……体を落ち着かせたならシュワシュワと炭酸が唸るフルーツポンチで空腹感を癒やしていく。
フルーツポンチで口の中が甘くなったら塩分を求めてまたスイカの種を食べ始める子もいるし、フルーツポンチで満足して日陰で昼寝をし始める子もいるし……。
「うーん、スイカの種は普通に好評だねぇ。
テチさんが意外そうな顔をしていたから少しだけ心配だったんだけど……うん、問題ないようだね。
……っていうかリスって普通に、殻を割って中身を食べたりするんだし、スイカの種も当たり前に食べそうなものだけど……なんだってまたスイカの種には驚いていたの?」
ベンチに腰掛け、子供達の様子を見やりながらそんなことを口にすると、向かい合うように腰掛けたテチさんは、少しだけバツの悪そうな顔をしてから言葉を返してくる。
「この辺りではスイカの種を食べるのは体に悪いこと……と、されていたんだ。
……実椋は聞いたことはないか? スイカの種を食べるとヘソから芽が出てくるという噂を……」
「あ、ああ、子供の頃何度か聞いたことがあったねぇ。
……けどあれは丸呑みしたらって話だったし、しっかり噛んで入れば問題ないはずだよ。
……そもそもリス獣人さんは皆、どんな大きさでも種と見ればよく噛む人達だから、気にする必要はなかったんじゃないかな」
と、そう言って俺はスイカの種を食べている子供達を見やる。
スイカの種はとても小さく、子供達の歯はリスだけあってそれなりに大きく、大きい歯で小さなスイカの種一つ一つをしっかりと噛むのは大変というか、とても面倒くさいことだろう。
だけれども子供達は丁寧に……というか、噛むのが楽しいとばかりに口を細かく、せかせかと動かしていて……口の中でスイカの種は原型をとどめていないはずだ。
「あ、あぁそうか、芽が出るとなれば当然殻も残っていないといけない訳か……。
そうか……噛み砕いてしまえば芽が出ることなんてありえない訳だからな……」
するとテチさんが少し動揺したような様子でそう言ってきて……それを受けて俺は、どうやらテチさんはスイカの種の噂を……今の今まで恐れていたらしいということに気が付く。
子供の頃に噂を耳にして、恐れて……あとはもう理屈とか現実とかそんなことは考えずに恐れ続けて。
今までもスイカを食べたことはあったけど、スイカの種をどうこうしたことはなく、そのせいで今の今まで恐れることになって……そして今この瞬間、その恐れから解放された、ということなのだろう。
しばらくの間動揺していたテチさんは、小さなため息を吐き出してから気を取り直して……そうしてから大皿の上のスイカの種を一つ、摘んで口へと運んで……もぐもぐとよく噛み始める。
そうしてからごくりと飲み込んで……、
「こんなものか」
と、そんなことを呟く。
散々恐れていたスイカの種も、いざ食べてしまえばこんなものか。
おそらくはそんなことを言いたかったのだろう……それからテチさんはいつも通りの態度になって、いつも食べている煎餅やスナックをそうするかのように、気軽な態度でスイカの種を食べていく。
なんとなく、特に深い考えがある訳でもなくスイカの種を食べることにしてみた訳だけど……それでテチさんが一つ成長出来たというか、恐怖を乗り越えられたのなら良かった、ということなのだろう。
「……しかしあれだね、テチさんにも怖いものがあるんだねぇ、気持ち悪い虫とかも平気そうにしていたから無いものだと思っていたよ。
……ちょうど今は肝試しの季節でもあるし? 聞いてみたいんだけどおばけとか妖怪とか、他にも怖いものがあったりするの?」
と、俺がそんな言葉を口にするとテチさんは、こちらへ半目での冷たい視線を送ってくる。
怒っている訳ではないようなのだけど、そんなことを聞いてどうするんだと少し不満そうで……そうして頬を膨らませたテチさんは、投げやり気味に、
「まんじゅうと……実椋の料理が怖いかな」
と、そんなことを言ってくるのだった。
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