第七章 レモネード、梅干し、そして栗

第205話 夏の畑


 家に戻っていつもの生活に戻って……レイさんの姿をテレビで拝むことになった俺達は、さすがの商売根性だなぁと、そんな会話をしながらクリ畑へと向かった。


 畑は夏の日差しを浴びて青々とした葉が広がっていて、夏だけどもそこまで蒸し暑くない爽やかな風が通っていて……そしてこれまた青々としたイガグリがそこかしこの枝で育ち始めていた。


「おおーー! クリだ、イガグリだ!

 そっかぁ……夏にはもうイガグリになるんだねぇ……これが秋になったら茶色になって食べ頃になる訳かぁ」


 畑の世話をしていたのは主にコン君達とテチさんで、俺は特に何をしたという訳でもないのだけど、それでもそうやって育っている実を見ると感慨深いものがあり、思わずそんな声を上げてしまう。


「まだまだこれから……もっともっと膨らんで、もっともっと美味しそうな香りがし出したら収穫時だな」


 それに対しテチさんがそう返してきて……そして俺の足元でウズウズとしていたコン君とさよりちゃんはリュックを俺に預けてタタタッ駆け出し、そこらの木に登り、枝の上に立ち、周囲を見回し、深呼吸をし……イガグリのことをじっと眺めたりし始める。


 ずっと家を離れて畑に来ることが出来ていなかったためか、そうやって木に登ることが楽しくて楽しくて仕方ないらしく、枝から枝へと飛び移ったり、枝の……コン君達の体重を支えられるギリギリのところまで駆けてみたりと、大はしゃぎが止まらない。


 そんなコン君達のことを眺めながら俺達がいつもの休憩所へと向かい、肩にかけたり背負ったりして持ってきた大荷物をテーブルの上に置いていると……ザワザワと賑やかで元気さに満ちた声が聞こえてきて、リスの子供達がこちらへと駆け寄ってくる。


「せんせー、ひさしぶりー」

「テチ姉ちゃんひさしぶりー!」

「元気だったー?」


 なんてことを言いながらテチさんの足元に駆け寄り、テチさんは一人一人名前を呼びながらその頭を撫でていって……そうやって点呼を終えたなら、自分が不在の間に何かあったかとか、クリやクルミの様子はどうだったか? なんて話をし始める。


「なんにもないよー!」

「いつも通りー」

「レイ兄ちゃんのお菓子が美味しかった!」

「今年は虫もすくなーい!」


 すると子供達がそんなことを言い始めて……そしてひときわ体格の良い男の子がこんなことを口にする。


「セミは多いけどねー、いっぱい駆除したよ!」


 それを受けてテチさんは「よくやった」とそう言ってその子の頭をよしよしと撫でて……俺は小さく驚きながらテチさんに声をかける。


「テチさん……セミってもしかして害虫なの?」


 するとテチさんと子供達は一瞬きょとんとしてから、何を言ってるんだと言わんばかりの顔になり……そうしてテチさんが子供達の頭を撫でながら言葉を返してくる。


「実椋、セミが何を主食としているか知っているか? 木の樹液だ。

 木の樹液を吸うためには当然木に穴を開ける訳で、そこから菌などが侵入して病気になることもあるし、樹液を吸われ過ぎれば当然だが木が弱ることもある。

 何年か前だったかは忘れたが、トンネル向こうのリンゴ園でセミが大量発生した時は悲惨だったぞ? 木が弱って実も小さくなって、結局その年は収穫なしだ……その上、木の治療や植え替えでかなりの費用がかかったらしい。

 稲やサトウキビの樹液を吸ってひどい害をもたらすセミもいるし、セミは立派な農園害虫だぞ」


「あ、あぁー……言われてみれば……。

 そうすると……今くらいの時期の子供達はセミの駆除が主な仕事になる、のかな?」


「そうだな……もう少しすると私達の最大の敵である、栗の実に卵を植え付けるあの憎んでも憎みきれない害虫達の時期になるが、今はセミなどの樹液狙いの害虫の駆除が主になるな。

 数がいなければセミの被害は大したことにはならないのだが……それでも逃してしまえば卵を産み、幼虫が地中で木の根から樹液を吸うからな……可能な限り数を減らしたい所だな。

 ちなみに、駆除したセミは言ってくれれば食材として―――」


「結構です!!」


 テチさんの爆弾発言にそう返した俺はそれで話を打ち切り、テチさんは子供達へ仕事開始の合図をし、子供達が仕事をするために畑の方へと駆けていったのを見送ってから……流し場へと移動して作業をし始める。


 まずはネットに入れてえっちらおっちら担いできた、倉庫の冷蔵庫でしっかりと冷やしてきた4個のスイカを流し場において、そのうちの一つ、特別大きなスイカを水道水で洗ってから、これまた持ってきたまな板の上に置き包丁でざっくりと切り、スプーンでその実を出来るだけ円形になるようにくり抜き、ガラスの器に移していく。


 夏の獣ヶ森は、山の上の方にあるだけあって、そこまでは……門の向こう程は暑くはならない。

 気温が30度を越えることなんて滅多にないし、爽やかな風が吹くし、避暑地と言って良いくらいには過ごしやすい場所だろう。


 だけれども今畑で頑張っている子供達のように体を動かせば、当然汗をかくし、子供達は毛皮で覆われている分暑がりだし……そんな状態で汗を掻き続ければ脱水症状を起こしてしまうしで、大変なことになってしまう。


 そういう訳で夏の水分補給は、獣ヶ森でも変わらず大事なこととされていて……頑張って働いてくれた子供達の乾きを、美味しく癒やしてあげるのも保育士の仕事のうち……であるらしい。


 今日はスイカとスイカのデザートがメインで、これはそのための作業で……ついでにスイカの種もしっかりと、フォークなんかでちょいちょいと突いて集めていく。


「……種なんて何に使うんだ?」


 そんな俺の様子をすぐ側で眺めていたテチさんがそう声をかけてきて……俺は作業を進めながら言葉を返す。


「スイカの種って実は栄養たっぷりの良い食品だったりするんだよ。

 そのまま食べちゃうと殻を消化出来なくてアレなんだけど、殻を砕くか剥くか、それか炒めて食べやすくしてバリバリ噛んじゃえば栄養満点、夏バテ防止にもなるらしいよ?

 だから今日は塩を振って炒めて、塩分補給が出来るスナックみたいな感じにしようかなって。

 ただまぁ4個のスイカの種くらいじゃ子供達が満足できる量にはならないから、市販のアーモンドとクルミを砕いたものを混ぜて、ミックスナッツみたいな感じにしてみるつもりだよ」


 するとテチさんはこくりと頷いて、俺の真似をしてかフォークを構えて……そうして俺のすぐ隣に……体が触れ合うようなところに立って、スイカの種取り作業をしてくれるのだった。

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