第204話 ちゃっかりしてる人


 対決と言って良いのかよく分からない、料理対決を終えて翌日。


 俺達はホテル一階にあるお土産屋さんやモールを巡り……そうして両手いっぱいの荷物と一緒に我が家へと帰還した。


 事前に連絡してあったのもあって、コン君のご両親とさよりちゃんのご両親が我が家の前で子供達の帰還を待っていて……その姿を見るなり、山盛りのお土産と共にコン君とさよりちゃんが突撃していき、それぞれの家族でのハグやお土産話が始まって、そんな微笑ましい光景を横目で見やりながら俺とテチさんは、閉まっていた雨戸を開けて荷物を置いて、すぐさまにリフォーム後の我が家を確認していく。


 基本的な外見や構造は以前のまま、特に変わった様子はない。

 茅葺屋根も外見としてはそのまま……なのだけど、それは表面だけというか飾りのような形になっていて、その下にはしっかりと防火材で作られた屋根が隠れているらしい。


 いざ茅葺屋根が燃えてしまっても、その屋根が家を守ってくれるとかで……同じく壁にも防火材や断熱材が埋め込まれていて、窓までが耐火用のものに変えられている。


 森で火事があってもその窓であれば、歪みはするかもしれないが割れることはなく、割れないので火が家の中に入ることもないそうで……その性能はどこかの街であったという大火事で証明済みなんだそうだ。


 壁や屋根に使われている防火材も同様なんだそうで……うん、油断する訳じゃないけどこれで、安心出来る状態になったと言って良いだろう。


 更にはキッチンや風呂の近くには火災報知器が設置されていて……家の周囲には防火林、のような植木がなされていて……それだけでなく柱や階段などにも補強材が入れられていて、地震の揺れにも強くなっているらしい。


 そしてオマケというか何というか、トイレもお風呂も湯沸かし器なんかも最新のものとなっていて……この短い期間でよくもここまでやってくれたものだなぁと感心してしまう。


 その分だけ費用の方は結構なものとなってしまったけども……まぁ、これからテチさんと一緒に住んでいく家なのだから、このくらいは必要経費のうちだろう。


 ……父親からもらったお金もしっかりと使わせてもらったしね。


 そうした確認を終えると、コン君とさよりちゃんが、家族に会ったことによりホームシックになってしまったというか、自分の家が恋しくなってしまったのだろう、すぐに家に帰りたいとぐずり始めて……そうして家族と一緒にお土産の話なんかをしながら帰っていった。


 俺達もなんだかんだと疲れが溜まっているというか、我が家でしか取れない、なんとも表現しづらい疲労がモヤモヤと全身を覆っていて……新しくなったお風呂に入っていつものパジャマに着替えて、後はもう何もしないで一日ゆっくりすることにして……そうして翌日。


「きーたよ!」

「きましたー!」


 と、いつもの元気な声を上げながらコン君とさよりちゃんが遊びに来て、いつもの日常が始まっていく。


「……ああ、そろそろ追肥の時期だから、追肥をする時は実椋にも見に来てもらうぞ。

 そう言う勉強もしておきたいんだろう?」


「追肥……つまり肥料を栗畑に足すってことか、うん、了解」


 テチさんの言葉にそんな風に返して―――。


「セミの声がうるさくなったねー! 朝になるとセミがわーって鳴いて起こされちゃうから、この時期は早寝しないとなんだよー」


「へぇー……俺はセミよりも鳥の声で起きちゃうかなぁ」


 コン君の言葉にそんな風に返して―――。


「あ、今日はどんな料理するんですか? 作り方とレシピ、教えて下さいね」


「うん、良いよ。

 と言っても今日はそんな特別なものじゃなくて、はっさくの爽やかジャムでも作ろうかと思ってねー」


 さよりちゃんの言葉にそんな風に返して―――。


 夏らしい暑さと、山らしい爽やかな風が吹き抜ける中、居間のテレビを見やりながら皆で麦茶を飲んで……ホテルでの日々はそれはそれで良かったのだけど、やっぱりこっちの方が良いなぁと、そんなありきたりなことを思って……。


 そうして皆でいつもの時間を過ごしていると、ちゃぶ台の上でブブブと振動するスマホの画面を見たテチさんが、首を傾げながらテレビのリモコンを手にとって、チャンネルを変える。


 突然のその行動に俺達が首を傾げていると、テチさんもまた首を傾げたまま、ゆっくりと口を開く。


「いや、あるれいからメールでな……地方チャンネルを見ろってさ。

 このチャンネル、選挙の時と災害の時以外は何も放送してないんだが……一体何なんだろうな?」


 そんなテチさんの言葉通りテレビには、青い背景に『獣ヶ森地方専用チャンネル』という白い文字があるだけの光景が映り込んでいて……それをなんとなしに見やりながらレイさんの悪戯かな? なんてことを考えていると、突然ザザッと音を立てながら画面が乱れ……そして俺達が泊まっていたあのホテルの姿が映り込み、あのマネージャーさんの声でのナレーションが始まる。


 その内容は……要約してしまうとホテルの宣伝だった。


 ホテルにはこれこれこういう施設があります、こういう遊びが出来ます、ホテルの周囲にはアスレチックもあってお子さんも楽しめます。

 更に不評だったレストランの料理も改良が始まり、どんどん新しい味が作られています、外の料理もどんどん再現します。


 世界中の料理をいずれは楽しめるようにしますので、ぜひぜひ足を運んでください。


 と、まぁそんな感じの内容だ。


「あー……うん、昨日の今日でこれはマネージャーさん頑張ったねぇ」


 その放送を見やりながら俺がそんなことを言うと、テチさんとコン君、さよりちゃんはなんとも曖昧な表情で曖昧な声を返してくる。


 ……まぁ、つい最近まで居た場所で、その映像のほとんどが見たことのあるものばかりとなれば、興味が沸かないのも当然か。


 そんな中で、


『―――更に当ホテルでは、デザートに力を入れていくことになり、フルーツパーラーなどを新しく作るだけでなく他にも―――』


 なんてナレーションが始まると状況は変わり、色鮮やかで美味しそうなフルーツの光景には目を引かれたのか、コン君とさよりちゃんが良い食いつきを見せて、テチさんもまぁまぁ興味ありそうな表情となり……そしてフルーツパーラーなら変な味にもならないだろうし、行ってみたいかもなぁ……なんて、俺がそんなことを考えたタイミングで、テレビにとんでもないものが映り込む。


『そして本格パティシエ監修のデザートビュッフェや、充実したお土産デザートも用意いたします!

 獣ヶ森唯一のパティシエである、こちらの栗柄あるれいさんは独学で外のお菓子作りを学び―――』


 なんてナレーションで紹介されたレイさんの良い笑顔……。


 エプロン姿で店員さんと一緒にピースサインを構えて、見たことのないようなとびきりの笑顔で……。


「……レイさん、あのまま帰ったと思っていたら……そうか、マネージャーさんに自分と自分のお店のことを売り込んでたのか……」


 その笑顔を見ながら俺がそんなことを呟くと、まずテチさんがちゃぶ台に突っ伏して、微動だにしなくなる。


「すっげーーー! レイにーちゃんテレビに出てるー!!」


 次にコン君がそんな元気な声を上げる。


 そしてさよりちゃんは驚きが大きかったのか、両手を口に当てながら無言となっていて……そんな中で俺はレイさんの商魂のたくましさに感心しながら……曾祖父ちゃんが使っていた、未だ存命中のビデオデッキにビデオテープを入れて、無言のまま録画ボタンをカチリと押し込むのだった。




――――お知らせです。


この作品、獣ヶ森でスローライフが、まさかのアメリカで英語版として書籍化することになりました!


タイトルは『So You Want to Live the Slow Life? A Guide to Life in the Beastly Wilds』


イラストレーターは猫月ユキさんで、実椋とテチさん、コン君も……挿絵も表紙もとても素敵に描いていただきました!


発売日は2月28日

英語版ですので当然中身も英語ばかりでして……買ってくださいとも言い辛いのですが、電子書籍サイト等で購入自体は出来るそうなので、英語読める! とか 挿絵気になる! とか、思っていただけたならチェックしていただければ幸いです。


尚、日本語版の書籍化の権利は私の手元にある状態でして、これで日本語版が出せなくなるということではなく、打診などがあれば日本語版は日本語版として出せる状態になっています。


今の所そういうお話はないのですが……出版社さん、いかがでしょうか!


と、そんな宣伝もしつつ

書籍化したということでこれからも一段と気合を入れて頑張っていきますので、応援していただければ幸いです!


そして表紙を近況ノートに掲載させていただいております

そちらを見ると、実椋、テチさん、コン君の姿を見ることが出来ますので、ぜひぜひチェックしてみてくださいな!

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