第203話 料理勝負の結末
レイさんと一緒に食事を作って皆で楽しんで……俺達がそうしている間にマネージャーさん達がどうしていたのかは……その後にマネージャーさんからの報告を受けて知ることとなった。
俺の料理を食べたのはマネージャーさん、何人かのシェフ、何人かのスタッフと、何人かの子供達。
子供達はマネージャーさんの家族や親戚の子を集めたとかで……そうして試食会が始まると、子供達はすぐにこのホテルのシェフが作った料理から距離を取り、俺達が作った料理だけを食べるようになったそうだ。
その際シェフ達は子供なんかにこの料理は理解出来ないとか、そんなことを言っていたようだが……子供は子供で味覚が鋭いものだし、獣人としての力が色濃く残っているので嗅覚にも優れているし、大人よりも美味しいものに敏感で正直で……その時点で答えは出ていたようなものだった。
言ってしまうと俺の料理はプロで通じるようなものではないと思う。
個人経営の食堂とかそのレベルだったら通用するかもしれないけども、こんな立派なホテルで出せるようなレベルじゃない。
材料とか味の組み立てとか、それ以前の問題で……例えば肉のここに包丁を入れておくと柔らかくなるとか、よく味が染みるとか、魚ごとにさばき方をこう変えた方が良いとか、この魚はこういう風な包丁の入れ方をする必要があるとか、こうすると臭みが消えるとか……野菜の扱い方も果物の扱い方も、何もかもが修行などでしっかりと基礎を学んできたプロの知識と技術に敵うようなものじゃぁない。
今回作った料理のレシピを渡して、その通りに作ってくれと頼んだなら、シェフ達の方が圧倒的に美味しく、完成度の高いものに仕上げるはずだ。
だというのに子供が俺の料理を選んだということは、そもそも味の組み立てが……方針が間違っているということで、そこに気付いて欲しいなと思いながら作ったのだけど、シェフ達はそこら辺に気付くことなく、あれこれと理屈と言い訳を並べ始めたらしい。
そんなどうしようもない言葉の数々にマネージャーさんは一つ一つ反論し、誤解や間違いを指摘し、どうにかシェフ達に現実を受け止めてもらおうとしたようだけど、それでもシェフ達は反論し続け……挙句の果てにこんなことを言ったそうだ。
『そうは言うが、これを作ったのは所詮素人だろう? いくら子供達が美味しい美味しいと言ったって、相手が素人の料理じゃお話にならないよなぁ』
何を今更言っているのか、それを言い出すなら勝負の前に言い出すべきじゃないか。
それはそんなことを思ってしまうような言葉だった訳だけど……しかし残念なことに、全く意図していなかったのだけども、あの場には……俺の側には、立派な店を構えるプロの姿があったのだった。
『今回森谷さんの料理を手伝った栗柄あるれいさんは、トンネルの向こうで店を構え、相当に繁盛させているプロだそうですよ』
レイさんはプロの料理人ではなく、プロのパティシエで……嘘は言っていないだけの詭弁に近い言葉だったが、それでもマネージャーさんはそんなことを言って……そしてその言葉はシェフ達の心に深く突き刺さったようだ。
シェフ達にとってはこのホテルがある辺りが獣ヶ森の中心であり、都会であり……獣ヶ森の外れにあたる俺の家がある辺りや、レイさんの店がある辺りは田舎も田舎、ド田舎と言っても良いくらいの場所であるらしい。
そんな田舎に店に構える野郎に、子供の舌相手とはいえ負けたとなれば、それはもうプライドが傷つくレベルの話で……シェフ達は大慌てとなったそうだ。
『栗柄さんが手掛けたのはサラダとデザートだそうで……特にデザートには力を入れていたようですよ』
ここまで来るともう、マネージャーさんの言葉は詐欺師のそれに近かった。
レイさんが何のプロであるかを言わずに、デザートに力を入れていたなんてことを言ってしまうなんて。
レイさんがデザートに力を入れるのは当然のことだ。
デザートこそがレイさんの本領、我流ながらに本気で勉強し、研究し……生計を立てられるまでに磨き上げたプロの技なのだから。
そんなことを知らずにシェフ達は田舎のプロに負けられるかとデザートを作り始め、子供達の前に次々と並べていったのだが……子供達の反応は芳しく無かったそうだ。
それよりもレイさんが作った……こういう流れを想定でもしていたのか、他の料理と比べ物にならない程多めに作ってあった『白桃のジェラート、黄桃の切り身乗せ』とでも言うべきデザートだけを子供達は食べ続け……完食し、もっともっと食べたいと声を上げて……シェフ達がいくらデザートを作っても、レイさんのデザートそっくりなものを作ってみても、一口食べてそれで終わりという有様だったようだ。
このホテルのシェフ達もある種の我流で料理の腕を磨いてきたのだろうけど……レイさん以外にパティシエがいないというこの獣ヶ森の中で、どれだけデザートに力を入れてきたのかは……まぁ、察することが出来るだろう。
お茶菓子や売店の菓子は門の向こうのものを輸入したものとなっていて……レストランでさえ市販のアイスを盛り付けてお客さんに出すなんてことをしていて。
彼らがそれ相応の腕と経験のあるプロの料理人であることは間違いないので、見様見真似というか、こんな感じに作っているのだろうと想像しながらある程度のものを作ることは出来るのだろうけど……それこそ素人レベル、俺が作ったのと大差ない出来になるのだろう。
素人レベルであり、それでいて酸っぱさを足すという変なこだわりがあって……そんな状況でレイさんより美味しいデザートを作れなんてのは、まずをもって無理な話だろう。
そうして料理勝負は、なんとも反則に近い形で俺達の勝ちということになったそうだが……マネージャーさんによると、それでもシェフ達はまだ自分達の方針が間違っているとは認めていないそうだ。
所詮子供の舌だとか、デザートだけの話じゃないかとか、たまたま美味しくなっただけだろうとかそんなことを言って……。
それはなんとも呆れる話で、レイさんに対する侮辱とも言える言動だった訳だけども、そんな話を聞いたレイさんの反応は、からから笑って適当に手を振るという、あっさりとしたものだった。
『なんだ? 実椋、不思議そうな顔してんな?
いやいや、お前、そんな風に頑固に凝り固まってる連中がすぐに考えを切り替えたりなんてする訳ねーじゃんか、たとえお前が圧倒的に美味しい、度肝を抜くような料理を作ったとしても連中は同じような反応をしたはずだ。
ただまぁ、それでもちょっとしたクサビを打てたっつーか、しこりを残せたっつーか……連中の心をモヤモヤで覆う事はできたはずさ。
で、2・3日もするとそのモヤモヤが大きくなって、あれ? もしかして自分達って間違ってたのかも? って思うようになって……ようやく試行錯誤が始まる……んじゃねぇかな。
まー、それでも頑固に我を貫くやつは貫く訳だけど……ま、そこら辺はマネージャーさんが上手くやるはずさ』
あっさりとした態度でそんなことを言って、部屋の中にあった良いワインを何本か持ってきた鞄に押し込んで……そうして今回のMVPであるレイさんは、明日の仕込みがあるからと、からからと笑いながらホテルを後にしたのだった。
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