第201話 まさかの援軍

 

 コン君が言い出した料理対決云々の話は、コン君がどういうつもりで言ったにせよ、子供の言うことというか冗談の類だと、少なくとも俺はそう思っていたのだけど、マネージャーさんにはそうではなかったようだ。

 

 なんとあの後、何人かのレストラン関係者にその話をしてしまい……そしてまぁ、なんとも驚いたことに、話を聞いた関係者のほとんどが、乗り気になってしまったらしい。


 料理漫画などの料理対決のように勝った負けたの話ではなく、結果がどうなったとしても何があるという訳でもなく、ただ参考に素人の俺の料理を食べてみる、というだけの話でもあるので、当然と言えば当然なのだけども……断っても全く問題のない話でもある訳で、それをまさか受けてしまうとはなぁ……。


 それならいっそこちらから断るという手もあったのだけど……マネージャーさんが必死になって懇願してきたのと、お礼としてお土産用ギフト券やこの辺りの名産品である養殖魚の加工品セット、それとコン君達好みの玩具をプレゼントしてくれるとなって……個人的に欲しいと思っていた品が結構あったのもあって、なんとも断りづらくなってしまっていた。


 ……そういう訳で結局、料理対決のような何かをやることになってしまったのだけど、一流のプロに素人の俺が一体何を食べさせたら良いのだろうかと、なんとも困り果ててしまう。


 テチさんは、


『そんなに困ることか?』


 なんてことを気軽な態度で言っていたけども、まさか適当な料理を出す訳にはいかないし、かといってこの状況下で俺に出来ることなんて限られているし……。


『手作りジャムとかがある我が家なら違ったかもしれないけど、ここじゃぁどうにも出来ないかなぁ……』


 と、そんな言葉を返した俺は悩みに悩み……そのままその日を終えることになるのだった。



 そうして翌日。


 料理対決……というかプロのシェフの皆さんに料理をお出しするまで後数時間となって、リビングのソファに体を預けながら「どーしたものかなー」なんて声を上げていると、誰かが部屋のドアをコンコンとノックしてくる。


「はーい?」


 ルームサービスとかは頼んでなかったはずだけど、一体誰が来たのだろうか? と、そんなことを考えながら、ドアへと向かって開けると……まさかのまさか、満面の笑みを浮かべた見慣れた人物の姿が視界に入り込む。


「よ! 配達に来てやったぜ!」


 と、そんな声を上げたなら肩に下げたクーラーボックスをこれみよがしに見せつけてきて……、


「れ、レイさん!? どうしてここに!?

 と、とりあえず中にどうぞ」


 と、一体何を配達しにきたのか、まさかのレイさんの登場に俺は困惑しながらも、とりあえずそう言って、部屋の中に入るようにと促す。


「っかー! 良い部屋泊まってるなー!

 オレもそのうち泊まりにきたいもんだねー!」


 部屋に入るなりそんな大声を上げたレイさんは、まっすぐ台所に向かい……台所の流し台にクーラーボックスを置いて、その蓋をトントンと手で叩く。


「とりあえず適当に持ってきてやったぜ、それと御衣縫さんの畑で採れた夏野菜も入れといたから、サラダなんかも作れるんじゃねぇかな?」


 叩きながらいつもの軽い調子でそんなことを言ってきて……俺は首を傾げながら言葉を返す。


「えぇっと……もしかしてテチさんから話を聞きました?」


「おう、昨日電話でな! 義弟が困ってるとあれば、配達車を走らせるくらい訳無いさ、家の鍵も預かってたしな。

 という訳で、冷蔵庫の中にあったジャムの瓶と倉庫のコンフィの瓶を持ってきてやったぞ……ここら辺が無いってんで困ってたんだろ?

 後はさっき言ったように御衣縫さんの畑で良い夏野菜が育ってたんで、お願いして採れたてのをちょいちょいっと頂いてきたぞ、採れたての野菜はそれだけで美味いからなぁ……これだけありゃぁ実椋の本領発揮! いつもの味以上のもんを作れるんじゃないか?」


「あー……まぁ、はい、そうですね。

 わざわざ運んでもらってありがとうございます……」


「なんだなんだ、元気ないな?

 もしかしてお前……変な責任感で悩んだりしてるのか?

 ……いやいや、今回の話、実椋には何の責任もないし、失敗したとしてどうって話でもないんだし、適当にやれば良いじゃんか。

 そもそもホテルがそんな状態になってるのは、そのシェフ連中とマネージャーのせいなんだしなぁ……料理人の端くれみたいなもんのオレから見ても何やってんだかなって感じだよ、まったく。

 ……そういう訳だからあれこれと気にしないで、とかてちとコン達にいつものように美味しいものを食わせてやれば良いのさ、そのついでにそいつらにも食わせてやって……そんで素人の、普段通りの自炊のほうがこんなにもマシなんだってことを見せてやりゃぁ良い。

 それを受けてどう思うか、どうするのかは向こうの勝手だしな、何も変わらないとか悪化したとか、そんなことになっても別に実椋が気にすることじゃねーよ」


 と、そう言ってレイさんはからからと笑い……笑いながら俺の肩をバンバンと叩いてくる。


 そうこうしていると、リビングでテレビを見ていたテチさんとコン君とさよりちゃんがやってきて、レイさんに挨拶をしたり、クーラーボックスの中を覗き見たりして……そして今日の夕飯が楽しみだと、そんなことを口々に言い始める。


 そしてそんな光景を楽しそうに眺めたレイさんは……それとなく俺の腕を掴み、台所の隅へと引っ張っていって、そうして小声で話しかけてくる。


(ちなみにだけど今回の件のお礼ってどれくらい貰えるんだ?

 確かギフト券とかも貰えるんだよな? それがその、結構な額っていうか、ちょっと分けてあげても問題ないなーってくらいの額ならさ、オレも色々お土産買って帰りたいし、ちょっとだけ分けてくれないか?

 ああ、もちろんタダとは言わねぇよ? 実椋の手が足りないようなら料理でも買い出しでも手伝うし……何ならオレの本業であるデザート作りだってやってやるさ。

 ……どうだ? 中々悪くない話だろ?)


 そう言ってからレイさんは、なんとも良い笑顔を浮かべて、その歯をキラリを輝かせてきて……その笑顔を見ていると、どうしてだか肩の力が抜けてきて、今まで悩んでいたことがなんとも馬鹿らしく思えてしまう。


 そうして開き直り……まぁ適当にやれば良いかとそんなことを考えた俺は、レイさんに(手伝ってください)と小声でそう言って……頭の中であれこれとレシピを組み立てるのだった。

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