第200話 コン君のアドバイス


 喫茶店で美味しいアップルパイと、それによく合う紅茶をたっぷりと楽しんで……それから近くを散歩し、公園を見つけたらそこで遊び……遊びに遊び、獣人パワー全開で遊び倒してからホテルに帰り……温泉にゆっくりと浸かったなら部屋に戻って夕食を済ませぐっすりと眠る。


 それからの日々は概ねその繰り返しとなっていて……自炊するか喫茶店で食事をするかを繰り返し、以降ホテルのレストランで食事をすることは一度もなかった。


 あの管理人さんが色々と動いてくれてはいるようだけど、その結果が出るのは相当先のことだろうし……流石にあの味を二度三度というのは厳しいものがある。


 料理の味を除けば部屋も良いし、温泉周りに関しては一切文句ないし……毎日温泉とよもぎ蒸しに入っているおかげか体調はすこぶる良く、毎日が驚く程の快眠で、贅沢な湯治旅をしているかのようだ。


 そんな日々の中でちょくちょくレイさんからの連絡が来ていて、畑の様子とかリフォームの様子とかを知らせてくれていて、時折写真なんかが送られてきて、子供達やタケさん達と楽しくやっている様子を伺うことが出来た。


 平和で穏やかで、特筆することも無いって感じで時間が流れていき、後少しで家に……リフォームが完了した家に帰ることになるんだなぁと、そんなことを感じ始めたある日の昼食時。


 流石に外で遊ぶのにも飽きてきて、ホテルでゆったりと過ごすことが多くなってきて、大浴場でダラダラしきった上で部屋に帰る途中……部屋まで後少しという所の廊下に見覚えのない随分と高そうなスーツを着た50歳くらいといった感じの男性が立っていて……その人が突然、名刺を差し出しながら話しかけてくる。


「わたくしこういう者でして、少しだけお時間をちょうだいしてもよろしいでしょうか?」


 その名刺にはこの男性の役職が、このホテルのマネージャーさんであることが書いてあり……ホテルのマネージャーってどんな仕事をする人だったかな? と軽く首を傾げた俺は、テチさんやコン達に「どうかな?」と声をかける。


 するとテチさん達は「構わない」「問題ないよー」「おまかせします」とそう言ってくれて、俺は軽く頷いてから言葉を返す。


「はい、まぁ、構わないですけど……」


 するとマネージャーさんは「ではこちらに」とそう言って、俺達の部屋よりも少しだけエレベーター側にある部屋へと俺達の案内してくれる。


 するとその客室と思われる部屋には、部屋備え付けのテーブルと人数分の椅子を使っての席が用意されていて、花瓶に入った花だけでなく、お茶とお茶菓子までが用意してあるその席に少し驚きながら、促されるままに席につく。


「それでは早速本題に入らせていただきます。

 今回お時間を頂いたのは他でもありません……お客様方のレストランの利用率についてお伺いしたいことがありまして―――」


 席につくなりマネージャーさんはそう話を切り出してきて……長く回りくどく続いたその話を要約すると、どうしてレストランを使ってくれないの? と、そんなことを聞きたいようだ。


 ホテルの部屋にはアンケート用紙があり、アンケートの回答を待っても良かったのだけども、お客様……つまりは俺達がアンケート用紙を無視する可能性や、変に気を使って嘘を書く可能性もあり、直接その辺りのことを確かめたくなったようだ。


 せっかくのお客様にこんな風に迷惑をかけるのは本意ではなかったとかで、時間分の報酬という訳ではないのだけど、帰りの際にお礼をかねてのいくらかのギフトを用意してくれるそうで……迷惑でなければぜひともその辺りのことを教えて欲しい、とかなんとか。


 深刻そうに顔にシワを寄せ、そして少しだけの申し訳なさを眉で表現し、少し堅すぎるくらいに堅くて真面目なマネージャーさんに、さて、なんて返したものかな……? と悩んでいると、お茶菓子をカリコリと食べ、あっという間に食べ尽くしたコン君が、忌憚のなさ過ぎる意見を口にする。


「だってご飯が美味しくないんだもん」


 するとマネージャーさんは……一応の自覚はしていたらしく、苦笑をしながら言葉を返してくる。


「……わざわざ自炊をしたほうが良いと思うくらいに、ですか?」


「うん! だってミクラにーちゃんのご飯美味しいもん!

 家でも毎日作ってくれるし、パーティとかでテレビで見たようなご飯作ってくれるし、一番美味しいご飯だよ!

 美味しいだけじゃなくて栄養とか健康とかも考えてくれるし、飽きないように工夫とかしてくれるし……すっぱいだけのここのご飯はもういいかなー。

 ……あ、お菓子は美味しいよ!」


 と、コン君がフォローになっていないフォローをすると、マネージャーさんはがっくりと項垂れる。


 まぁ、市販品のお菓子以外は駄目と言われてしまえば、そうなってしまうのも仕方なく……そんなマネージャーさんに深く同情していると、そこでようやくというか何というか、ど忘れをしてしまっていた『ホテルのマネージャー』が何をする人であるかということを思い出す。


 総支配人。

 ……フロアマネージャーとか、アシスタントマネージャーとか、確か色々な種類があったはずだけどこのホテルのマネージャーですと名乗るとなると、総支配人という意味になったはずだ。


 つまりはこのホテルを管理し、経営方針を決定し、全ての業務を統括している人な訳で……こりゃまた随分な大物が出てきてしまったなぁと、冷や汗が額に浮かぶ。


「レストランで出されるものはそれぞれのレストランに任せきりで、ルームサービスに関しましては出来るだけわたくしの方で管理していたのですが、レストランからの影響は避けられず……そうこうしているうちに補助金の見直しという話まで出てきてしまいまして……。

 このままではいけないと思ってはいるのですが、一体どこから手を付けたら良いのやら……」


 俺が冷や汗を浮かべる中、総支配人はそう言って、苦々しい顔となり……そしてそんな総支配人を気遣ってなのか、コン君がとんでもない言葉を口にする。


「じゃーご飯作ってる皆にミクラにーちゃんのご飯食べさせれば良いんだよ!

 美味しいの食べさせて、これくらい美味しいの作ってって言えばそれで解決でしょ!

 あ、料理マンガとかだとこういう時って料理対決とかするよね? にーちゃん、そういうのやってみない?」


 子供らしいというか、無邪気というか、大人ならまず出来ない発想をコン君はあっさりと口にして……そして俺と総支配人は、何と返して良いものやら困り果て、そのまましばらくの間、黙り込んでしまうのだった。




――――お知らせです


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