第199話 マスターの話


 しばしの間、硬直してから俺は……マスターに、


「曾祖父ちゃんとどういう関係だったんですか?」


 と、問いかけた。


 するとマスターは柔らかく微笑んで、曾祖父ちゃんと花応院さんが初めてこの店に来てくれた時のことを静かに語りだした。


 曾祖父ちゃんと花応院さんは何かの用事があってあのホテルに来ていたらしく、その頃からホテル周辺の食事は微妙な味で、それから逃げるようにしてこの店へとやってきたらしい。

 

 その頃この店はまだ喫茶店らしい喫茶店で、サンドイッチとかトーストとかそのくらいの、いわゆる軽食を出す店だったのだけど、それでも曾祖父ちゃん達は美味い美味いと喜んでくれて……それからここで美味しい食事を出すのは商機なのではと考えるようになり、あれこれと凝った料理を出すようになっていったらしい。


 すると曾祖父ちゃんと花応院さんがこの辺りに用事がある度に寄ってくれるようになって、あれこれと会話するようになって……そうしてマスターと曾祖父ちゃん達は写真を撮って飾るくらいの仲になったんだそうだ。


 ……曾祖父ちゃんの家の押入れの中にはいくつかのアルバムがあったけども、もしかしたらその中にも何枚か、マスターの写真があったのかもしれないなぁ。


「というか、そうするとホテル周辺の料理の味って、随分前からあんな感じだったんですねぇ」


 マスターの会話が一段落した所で俺がそう言うと、微笑みから苦笑へと表情を変化させながら言葉を返してくる。


「そうだねぇ、もう随分前からあんな感じになっているみたいだねぇ。

 ……まぁ、こんな狭い森の中だと時たま、あんな風におかしな方向に暴走することがあったりするんだよね。

 外の常識に触れられないというのが理由の一つで、それともう一つ……外の人達に嫉妬してしまうのもあるのかもね。

 外の良いホテルのレストランともなれば、国内はもちろん国外のお客さんにも来てもらえる訳で、たくさんの人に食べてもらえて、たくさんの人に喜んでもらえて……何故自分達はそう出来ないのかと妬ましく思ってしまうのかな。

 そうなってしまうと誰しもおかしな考えに支配されて、おかしな方向に行っちゃうからねぇ」


「なるほど……。

 しかし、それでたまのお客さんにあんな料理を出すことになっているようじゃぁ、本末転倒って感じもしますね。

 もしあのホテルに、外の人が好きに来られるようになったとしても、あの料理じゃぁなぁ……。

 補助金の存在も今回は悪い方向に働いてしまいましたねぇ」


 マスターの言葉にそう返すとマスターは、苦笑から苦々しい顔になって言葉を返してくる。


「そうだねぇ、補助金は他の部分でも悪さしているしねぇ……。

 あの補助金って本当にホテルの周辺っていうか、ホテルに付随しているような施設だけに出ていてさ、たとえばこの店とかは対象外なんだよね。

 ここはまぁ……結構離れているからマシなんだけど、場合によっては道を挟んで向こうは貰えてこっちは貰えないとか、そういうのもある訳で、そうなると……こうね、近所の人とかはあそこに行こうって気持ちにならないこともあるんだよね。

 逆に補助金を貰っている人達は、ある種のあぶく銭があるものだから、あそこのレストランや大浴場、レジャー施設なんかにもちょくちょく行くみたいなんだけど、それ以外の人は……って感じでね。

 まー……たまに来る外の人を歓迎するために、補助金を出してでも維持する必要があるっていうのは分かるんだけどねぇ」


「あー……なるほど……なるほど」


 マスターにそう返して俺は、なんとも残念な話だなぁと胸中でため息を吐き出す。


 地元の人に嫌われているというのは商売において、致命的とまでは言わないけどもかなりのダメージとなる。


 ちょっとした噂で一気に売上が減ったり、アルバイトとして働いてくれている人に社員がパワハラを行い、その被害者と家族友人から悪評が一気に広まり、その社員をクビにした上で謝罪するまで売上が減り続けたりした、なんてことまであるらしい。


 場合によってはそれが致命的なダメージとなって、閉店倒産なんてことにもなる訳で……特に人の感情が激しく動く、お金の問題の時にはより一層気をつける必要があるんだけどなぁ。

 

 何故それに気付くことが出来なかったのか、今の今まで放置していたのか……。


 税収が安定しているというか謎の財源があるというか、お金に余裕があってどかどか補助金が出せると、そうなってしまう……のかなぁ。


 そこら辺に関しては詳しくないというか、完全な専門外なのでなんとも言えないが……うぅん、本当に残念な話だ。


 ……だけどもまぁ、俺に出来ることはないし、しょうがない。

 あの議員さんが上手い具合に話を進めて、状況を改善してくれることを願うしかないだろう。


 俺のような素人の出る幕はなし、下手に手出し口出しして、余計な責任を負ってもアレだし……今の俺はただの観光客で、俺が優先すべきは栗畑とテチさんとの家庭をしっかり守ることだ。


「あっはっは、いやぁ富保さんにそっくりだねぇ」


 と、そんなことを考えていると、突然マスターが笑い出し、そんなことを言ってくる。


「え? な、なんですか? 曾祖父ちゃんがどうかしたんですか?」


 突然のことに驚きながら俺がそう返すと、マスターは笑いながら俺の疑問への解答を口にする。


「富保さんもそうやってあれこれ考えて、考えた上で何も言わずに黙り込んでいたよ。

 余計なことを言えば、変な口出しをしたら責任を取る必要が出てくると、そう考えていたようだね。

 自分が守るべきはあの家とあの畑と家族で、余計なことをする余裕は無いとかなんとか。

 いやぁ、顔立ちは全然似てないひ孫さんだけど、表情と考えていることは一緒みたいで思わず笑っちゃったよ、ごめんね」


 そう言うマスターの声は、さっきまでよりも弾んだものとなっていて、少しだけ親しみを込めたものとなっていて、まるで親戚のおじさんかと思う程に柔らかくなっていた。


 そして表情もまた柔らかいものとなっていて……マスターは「ごめんごめん」と繰り返しながらひらひらと手を振って奥へと戻っていく。


 そんなマスターを見送って……そして俺達がそんな会話をしていた間、ずっと食事に夢中になっていたテチさん達の顔を見て、なんだかなぁと頭を掻いていると……マスターが奥から戻ってきて、人数分のアップルパイが乗せられた大皿と人数分の小皿をコトンと、テーブルの上に置いてくれる。


「笑っちゃったから、お詫びのオマケ。

 シナモンたっぷりで美味しいよ、今お湯を沸かしているから、準備が整ったら紅茶も淹れてくるね」


 そしてマスターはそんなことを言ってきて、良い笑顔を見せてきて……俺達はマスターにお礼を言ってから、小皿にアップルパイを取って、食後のデザートと洒落込むのだった。

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