第198話 喫茶店?


 予想外に美味しいかき氷を食べて、それが呼び水となってテチさん達の食欲がこれでもかと刺激されてしまい……そうして俺達は、この喫茶店で軽食を食べていくことにした。


 かき氷がこれだけ美味しかったのだから、メニューにつらつらと書かれた他の料理もきっと美味しいはずで……それから俺達はメニューをめくりながら、わいわいと笑顔でどれが良さそうか美味しそうかと話し合っていった。


 こぢんまりとした店の割にメニューはとても豊富で、そのどれもこれもがとても魅力的で、話し合っても中々どれが良いかという結論が出ず……最終的に俺達は、メニューの間に挟まっていた、この時間帯限定の特別メニューへと視線を移す。


「……これにしよっか」


 俺がそう言うと、テチさんもコン君もさよりちゃんも、異議なしといった表情で頷いてくれて……そうして俺はマスターに、


「おまかせセット3人分と、おまかせミニセット1人分、お願いします」


 と、注文を済ませる。


 サラダとスープ、チーズかジャムかハニーのトーストと、ドリンクがセットになったもので……獣人のお客さんを意識してか、そのどれもこれもがビッグサイズとなっていて……ミニセットは俺の分だったりする。


 いや、うん、かき氷を食べたばかりでこのビッグセットの連戦はきついし、少し歩いたとはいえ、アスレチック後のサンドイッチも残っているしで……この判断は妥当なものだったと思う。


 それならいっそ俺だけ頼まないというのも手だったんだろうけど、それはそれで何か仲間はずれみたいで嫌だしなぁ……最近はテチさん達との日々の影響か、少しだけ食べる量が増えてきているし……うん、なんとかなるはずだ。


 注文を済ませてから何分経ったか、思ったよりも早いタイミングでまず山盛りサラダと、がっつり具の入ったスープが運ばれてきて……どちらもとても豪華で美味しそうな作りとなっている。


 まずサラダ。

 ベースはリーフレタスとレタスを合わせて、中央には美味しそうな半熟卵が乗っかっていて、一口サイズのトマトとカリカリに焼いたベーコンが卵を囲んで。


 ブラックオリーブとブロックチーズまでがあって、クルトン代わりなのかブロック状にしてカリカリに焼いたパンも添えてあって……その全体にオリーブオイルとハーブ塩、それと胡椒がふりかけてあるという具合だ。


 スープはまさかのまさか、牡蠣のチャウダーで、風味豊かなミルクスープに、牡蠣、ニンジン、タマネギ、セロリ、それとベーコンがゴロゴロと入っている。


 下処理をしっかりしていて変な臭みやエグみはなく、するすると飲める味で……いや、うん、この2品がもはやメインディッシュの風格と量となっている。


「にーちゃん! 喫茶店って美味しいんだね!!」


 そんな二皿へと勢いよくスプーンとフォークを伸ばすコン君がそんなことを言ってきたりもするが……いや、違うよ、コン君、普通の喫茶店はこうじゃないんだよ、こんな一流レストランが出すような料理をおまかせセットで出してきたりはしないんだよ。


「うぅむ……ここの料理、実椋の料理と同じくらいに美味いんじゃないか?」


 更にテチさんがそんなことを言ってくれるが……違うよ、テチさん、このお店の方がうんと美味しいよ。


 多分テチさんは愛情補正で俺の料理を美味しく感じてくれているだけで……技術とかそういうのはここのマスターのが圧倒的に上だよ。


「でもここ、少しだけ量が少なめですね」


 続いてさよりちゃん。


 いやまぁ、確かに獣人的には少ないのかもしれないけど、値段を思えば立派なもので……っていうか、もうここ喫茶店じゃないよ、ここはレストランだよ。


 確か喫茶店って、法律とかで簡単な料理しかしちゃいけないってことになっているはずで……ここは獣ヶ森だからそこら辺関係ないのかもしれないけど、うん、ここはもう完全にレストランだよ。


 と、そんな感想を胸の中で呟いているとお次はトーストが……甘いものを食べたばかりだからと、皆で頼んだチーズトーストが運ばれてくる。


「おや、トーストは意外に普通な感じで……ああでも良い香りだなぁ」


 少々厚めの食パンに、バターをたっぷりと塗って削ったチーズをパラパラと乗せてトーストしたという感じで……そんな感想を口にしながら一噛みすると、たまらない良い香りが口の中いっぱいに広がる。


 ああ、うんこれ……パンも自家製で、バターも多分自家製で、チーズも自家製か、自家製じゃないにしても相当な高級品だな、これ。


 香りっていうか風味っていうか、味の深みとか噛めば噛む程出てくる旨味とか、もう何もかもが市販品とは違うというか何というか……都会の超高級レストランでも中々このレベルには出会えないんじゃないかなぁ。


 いやもう、それこそこのトーストこそがホテル内のレストランで出てくるべきもので……一体この喫茶店は何なのだろうかと驚きながらパンを咀嚼し、咀嚼しながら店内をキョロキョロと見回すと……マスターとその友人達といった様子の一枚の写真が飾られているのが視界に入り込む。


 少し前の写真なのか、この喫茶店の前でポーズを取る、今よりも若く見えるマスターの姿があって……その周囲に友人と思われる中年や初老の男性達の姿がって。


「ん? あれって……?」


 そのうちの一人に見覚えがあってそんな声を上げると、テチさん達もまたその写真へと視線をやり……そしてその人と何度か顔を合わせているテチさんとコン君が「ああ!」との声を上げる。


「ああ、やっぱりアレ花応院さんかぁ。

 何年か前の写真みたいで、少し自信無かったけど、二人もそう思うなら間違いないかもね」


 花応院さんの立場ならあのホテルに足を運ぶこともあるのだろうし……あのホテルに滞在したなら、美味しさを求めてここまで足を運ぶというのもありえる話なのだろう。


 あのホテルの味に慣れた状態で、ここの料理の美味しさを知ってしまったなら感動してしまうのだろうし……そのままマスターと友人になって、ああいう写真を撮ったりしても……まぁおかしくはないのだろう。


 毎週毎週荷物を運んでくれて、テチさんとのこととかを色々と気にかけてくれて……そして栗畑の栗の収穫を楽しみにしてくれていて。


 無事に栗を収穫出来たその時は、お世話になったお礼としていくらか送らなきゃいけないなぁと、そんな事を考えていると……奥からマスターが顔を出し、声をかけてくる。


「ん? 花応院さんのことを知っているんですか?

 ……あ、ああ、君、よく見たら人間さんかぁ……ってことはもしかして君、あの富保さんの?」


 そのマスターの言葉に……マスターの口から出てきたまさかの曾祖父ちゃんの名前に、俺達は驚き困惑し、そのまましばらくの間硬直してしまうのだった。

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