第196話 まさかの再登場


 サンドイッチを食べ終えて、お茶をゆっくり飲んで……そうしてさて、これからどうしようか、更に遊ぶか、どこかに食事に行くか、それともホテルに戻って何か作るかなんてことを話し合っていると、がさりと音がして、誰かがこちらへとやってくる。


 木々の合間で木の葉を踏んで……木の陰に隠れてこちらをじぃっと見つめてきて。


 それは大体15歳くらいと思われるリス耳を頭に乗せた男の子で……近所の子なのか隠れたまま視線だけをこちらに向けてくる。


「えぇっと……?」


 その視線に対し視線を返した俺がそう声を上げるとその子は、驚いたのか何なのか、ダダダッと駆け出して……木々の向こうへと走り去ってしまう。


「うーん、近所の子がいつもみたいに遊びに来たけど、知らない人がいて驚いちゃったのかな?」


 それを見てそう言葉を続けると、テチさんが「あー……」とそう言ってから言葉を返してくる。


「あのくらいの年齢でここに遊びに来たということは無いだろうな。

 見ての通りすっかりと大人の……人間に近い姿になっていて、あの体の感じだともうここで遊べはしないだろう。

 ……あのくらいの年頃になると色々と、心が不安定になるからな、それで懐かしい……子供だった頃の思い出の場所にやってきた……とかその辺りだろうな」


「えぇっと……その不安定というのは思春期的な感じのこと、なのかな?」


「思春期と言えば思春期なのだが……人間の思春期とはまた別物になるだろうな。

 つい数年前までは獣人らしい、コン達のような姿をしていたのに、それが突然体が大きくなり始めて、毛が抜け始めて、まるで別人かと思うような顔が鏡に映り込むようになって。

 今まで出来たことが出来なくなって、あれこれと考え事が増えるようになって、悩むことも多くなって……と、獣人はどうしてもその時期、不安定になってしまうんだ」


「あぁー……そうか、ただ成長するだけの人間と違って獣人は外見とか身体能力の大きな変化があるんだもんねぇ」


 と、そう言って俺はコン君とさよりちゃんを見る。


 二人はまだまだ子供で、その見た目はリスとそう変わらなくて……それが数年後にはテチさんのような、他の大人達のような姿になる訳で。


 つい先程見せたような、アスレチックを駆け回るような身体能力も、畑の木々を軽々と登るような体の軽さも失われる訳で……多感な思春期の時に、そうしたはっきりとした体の変化があるというのは、俺が想像しているよりも大変なことなのだろう。


 ……というかアレだ、こんなに可愛いコン君達が、ちょっと小生意気なさっき見たような少年の姿になってしまったら、俺の心も不安定になってしまうかもしれない、大きなショックを受けてしまうかもしれない。


「ちなみに、あのくらいに成長していると問題はないんだが……もう少し若いというか、成長具合が中途半端な時は大変なんだぞ。

 毛が抜け始めて体が変わり始めて、抜け毛やらの肌荒れで全身痒いやら成長痛で全身痛いやら。

 場合によっては成長しかけ、毛抜けかけの半端な姿で人前に出なきゃいけなくなるし……それが嫌で成長しきるまでは引きこもってしまう子も出てしまう程なんだ。

 顔の半分だけ毛が抜けてるとか、まばらに毛が抜けてるとか、毛が抜けてるのに獣の面影が強く残ってしまってるとか、成長具合は人それぞれだからなぁ」


 あれこれと考えている所にテチさんがそう言葉を続けてきて……コン君をじぃっと見つめた俺は更にあれこれと考え込んでしまう。


 子供の成長、それ自体は嬉しいことなのだけど、その変化の仕方はなんというか……衝撃的だ。


 いや、一番衝撃を受けるのは本人なのだろうけど、それでもきっと俺は驚いてしまうに違いなく……いずれ生まれるだろうテチさんとの子供も、そんな風になるのかと思うと、気が気じゃないというか、どうしても心がざわついてしまう。


 と、そんなことを考えて渋い顔をしていると、気にした様子もなくあっけらかんとした表情をしたコン君が、いつも通りの元気な声を上げてくる。


「それでもオレは早く大人になりたいかなー!

 大人になったらきっと色々なことが出来るようになるしー、ミクラにーちゃんみたいに料理とかも出来るようになるはずだし!

 この手と体じゃやっぱ出来ないことも多いからなー……早く色んな、美味しいご飯とか作りたいよ!」


 元気な声を上げてぎゅっと目をつぶっての笑顔になって……そんなコン君をさよりちゃんは、うっとりとした表情で見つめて「うふふ」なんて声を上げて静かに笑う。


 微笑ましいと言ったら良いのか、大人びていると言ったら良いのか。


 立派な夢を語るコン君共々、いつかはこの二人も大人になるんだなぁということを実感させられる。


 大人になって、俺と並ぶくらいの身長になって、器用にあれこれこなすようになったコン君と一緒に台所に並ぶというのも、悪くないのかもなぁと、そんなことを考えて……そうしてそのまま、次の予定をどうするかなんて話し合っていたことを忘れて、皆との雑談を楽しんでいく。


 他愛の無い、それでいていくらでも話せるような、どうでも良くて楽しい、他人から見ればどうでも良いくらいに中身のない会話。


 そうして結構な時間を過ごしていると、またも音が聞こえてきて……さっきの少年が戻ってきたのかなと思えば、まさかのまさか、湖畔の遊泳エリアの管理人さんが……この辺りの区の議員さんらしいあの人が姿を見せる。


「やぁ、知人から貴方達がここにいるって聞いてね、話を聞きに来たんだよ。

 どうだい? ここ、楽しかったろう? なのにここあんまり人が来なくてねぇ……また外の人の視点でのアドバイスとか貰えるとありがたいんだけど」


 姿を見せたかと思えばそんなことを言ってきて……俺は「はぁ」と生返事をしてから……少し前につぶやいた言葉をそのまま管理人さんに向けて口にする。


 このアスレチックはとても良いもので、リス獣人の子供が来たなら間違いなく楽しめるものなのだけど、ここら以外のリス獣人にそもそも存在を知られていないようだから、まずは広告を出して周知を徹底すべき。


 そうすればここに来る客が増えるはずだし、ここに来るついでにホテルに泊まろうだとか、食事をしていこうって人も増えるはずだし……他にもこういったアスレチックが、たとえばクマ獣人用とか、犬獣人用とかがあるなら、そちらも合わせて宣伝していくべき。


 ……と、そんな感じのことを。


 すると管理人さんは、


「そうかそうか、なるほどね、いやはや助かったよ」


 と、そんなことを言って……以前と同じようにスマホを取り出し、何処かに通話をしながらこの場から立ち去っていくのだった。

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