第194話 アスレチック
翌朝。
皆でほぼ同時に起きて、朝食やら身支度やらを終えて……冷蔵庫に足しておいて欲しい食材の注文書を書き、洗濯に出す服の整理をし、部屋をスタッフの皆さんが掃除しやすいようにと軽く片付けて……それから俺達はホテルを後にし、コン君達が付近の地図を眺めていてたまたま見つけた『リス公園』なる場所に足を向ける。
リス公園という名前だと、まるで小動物のリスがいる公園のように思えるけども、獣ヶ森の中でリス公園と言うと、リス獣人が遊びやすいように作られた公園という意味になるらしい。
獣人の子供はその種族によって体の大きさが違い、手の形が違い、足の長さが違う。
更にはどんな遊びを好むかも違うんだそうで……公園、遊具を作る際にはそれ相応の工夫が必要となるんだそうだ。
そんな工夫のされたリス公園は我が家の近所にもあるそうなのだけど、この辺りの……ホテルからちょっと離れた、森の中にあるそれは比べ物にもならない規模となっているそうで……そこでどうしても遊んでみたいとの声をコン君達が上げて、そうして俺達はお弁当やらスポーツドリンクやら、着替えやらを用意してのお出かけモードとなったという訳だ。
今日の主役はコン君とさよりちゃん、俺とテチさんは保護者モードに徹し……体力の回復に務めることにした。
ホテルでの生活はまだまだ続く、毎日エンジン全開では、すぐに回復する子供と違って大人は疲れが溜まってしまう。
そういう訳で歩行速度もゆっくりめで、周囲の光景やよく晴れた青空を楽しみながら足を進めていって……そうやってホテルからそれなりに距離を取り、森の中の遊歩道を進んでいくと……何と言ったら良いのか、全くの予想外の光景というか、これは果たして公園と言って良いのかという規模の代物が視界に入り込む。
それを出来るだけ簡単に説明するのであれば、一つの大きなアスレチック施設……ということになるだろう。
登るための場所なのだろう、ロープで編んだ網があり、ボルタリングを思わせる突起のある部分があり、ターザンロープと呼ばれる滑車付きのロープがあり、そこから落下した子どもを受け止めるためのネットがあり。
トンネルのような部分、窓のような部分、一番上には望遠鏡付きの、天守閣のような部分があり……タイヤが吊るされているゾーンがあって、梯子に吊橋、側の木に吊るされた足場とも接続していて……それらを使って奥へ左右へと移動できて、移動した先にはまた別のアスレチックがある。
「でっかぁ……!!」
上に高く、奥に深く、左右にこれでもかと広がっているそれを見て、俺は思わずそんな声を上げる。
窓やトンネル、吊橋なんかは明らかにリス獣人の子供に合わせた小さなものとなっているのに、それらが合わさった全体像は、俺が子供の頃に遊んだ日本最大級との売り文句のものよりも明らかに大きくなっている。
大人の体でも攻略に苦労しそうなそれを見て、俺の足元のコン君とさよりちゃんはぽかんとした表情で大口を開けていて……俺がそんな二人に声をかけようとすると二人は、その目をギラリと……今までに見せたことのないような色で輝かせてから、背負っていたリュックを投げ出し、凄まじい勢いでもって駆け出す。
そして二人が見せたのは、まさにリスのような、リスにしか見えない野生の本能全開の動きだった。
ズババババッ! とアスレチックを駆け上がり、窓付きの小部屋にすっと入り込み、そこから顔を出してきょろきょろと周囲を見渡して……すぐに小部屋から出てきてズババババッとアスレチック内を駆け回る。
ただの壁にしか見えなかった部分にも、ここからでは見えない突起と言うか引っかかりがあるのか、まるでヤモリか何かのように壁に張り付くことができ、縦横無尽に動き回り……その仕草や表情、耳や尻尾の動きが完全にリスのそれとなっている。
「実椋、ああなった子供達はしばらくは戻ってこないから、そこの休憩所で休むとしよう」
そんなコン君達の様子に見入ってしまっている俺に対してテチさんがそう声をかけてきて……投げ出されたリュックを拾い上げた俺は、コン君達をチラチラと見ながらアスレチック地帯の隅にある、屋根付き、炊事場付き、コインシャワーにコインランドリーまである、お高いキャンプ場で見かけるような休憩所へと足を向ける。
「えぇっとテチさん、コン君達のあれは一体……?」
休憩所に入ったならベンチに腰掛けて、手にしていたのと背負っていたリュックを置きながら、尋常ではない様子のコン君達について尋ねると、テチさんは事も無げな様子で水筒を取り出し、コップにお茶を注ぎ込みながら言葉を返してくる。
「私達獣人はほとんど本能を失っているとはいえ、全くない訳ではない。
特に獣の姿に近い子供の頃にはそれが強く出ることもあり……リス獣人好みの遊び場を前にして、思わず本能を剥き出しにしてしまった……という感じかな。
まぁ、我を忘れている訳ではなく、そうした方が楽しいからあえて本能に身を任せているという感じで、遊び疲れたり飽きたりしたなら元に戻るから、それまではここで待っているとしよう」
「あ、ああ、そういうこと……なんだ。
それはまたなんとも凄いというか、驚いたというか……。
まぁ、うん、それだけ夢中になる程、楽しんでいるってことなんだろうし……今日はコン君達の好きにやらせてあげるとしようか」
テチさんにそう返した俺は、テチさんが入れてくれたお茶を一口飲んで……そうしてからほっと息を吐きだし……改めて周囲を見る。
管理小屋はあれど管理している人の姿はなし。
でもしっかりと手入れされていて、掃除もされていて……それだけでかなりの費用がかかるはずなのに、入場料なんかを払う必要もなく入り、利用することが許されている。
それ程に素晴らしい施設だというのに、利用している子供の姿はなく……ここもまた税金によるゴリ押し運営がされているんだろうなぁ。
いやはや、なんとももったいないというか、なんと言うか……。
子供達のために税金で赤字運営するというのは、全然悪いことじゃないんだけども、そこを子供が利用しないというか、知らないというのがなんとももったいない話だ。
リス公園なのにリス獣人のコン君達も、大人で保育士のテチさんすら知らないなんてのは全くの論外で……この辺りの町のリス獣人には知られているのかもしれないけど、ここを観光地とするならそれこそ、獣ヶ森中のリス獣人に知られていないとお話にもならないような……。
……と、そんなことを考えた俺は思わず、
「広告とか出したら良いのになぁ」
なんて言葉を口にしてしまうのだった。
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