第190話 養殖

 

 湖畔の管理人さんがまさかの議員さんだったという驚愕の事態がありつつも……基本的に俺達はお客様な訳で、無関係の立場にいる訳で……すべきこともなく出来ることもなく、それからは普通にバーベキュータイムを楽しむことができた。


 用意したお肉を全部食べあげて、野菜もきっちり食べあげて……お腹を膨れさせた皆でレジャーシートの上に寝転がってゆったりとした食後休憩を取って……。


 それから俺は洗い物や片付けに勤しみ、テチさん達はまた湖で思いっきり泳ぎ……洗い物と片付けを終えた俺も軽くテチさんと一緒に泳いで楽しんで……日が沈み始めたのを見て帰還の準備を始めて。


 何処かへ行ってしまった管理人さんは未だに戻ってきておらず、仕方無しに借りた道具は管理人小屋の前に丁寧に並べておいて、その旨を知らせるメモ書きを一応小屋のポストに投函もしておいて、そうしてから俺達はホテルに帰る……前に、少し離れた場所にあるというスーパーへと向かうことにした。


 このスーパーは普段遣いするような何処にでもあるようなものではなく、ホテルのお客さんや観光客を狙ったものとなっていて、まさかの2階建ての広々とした店舗を構えていて……品揃えも普通のスーパーとは一線を画したものとなっていた。


 まず入って視界に入り込むのはお土産物コーナーで……スーパーの大半を占めているそこを通り過ぎると次に見えてくるのが地場産野菜のコーナーで……その次が養殖魚のコーナーで……。


 今さっき俺達が泳いだばかりのあの湖では養殖業も盛んなんだそうで、バーベキューで食べたサクラマスや、以前食べたフグなどなど、様々な魚が湖に作られた生簀か、湖の側に作られた養殖工場で育てられているんだそうだ。


 養殖に関してはあまり詳しくないのだけど、湖の水や温泉の水なんかを上手くすると、海の魚でも結構な種類を育てられるんだそうで……そうやって獣ヶ森中で消費されている魚を生産しているんだそうだ。


 それらの魚は扶桑の木の力なのか、どれもこれもが大きく美味しく育っていて……もし仮にその魚を門の外に輸出したりしたら結構な稼ぎにもなりそうなのだけども、そんな風に輸出する程の生産量はまだまだまかなえていないそうだ。


 これからもっと生簀が増えて養殖工場が増えていけばそうなる未来もあるかもしれないとかで、結構な力を入れての事業拡大や研究が進められていて……そんな養殖場の側にあり、観光客への宣伝の窓口でもあり、ホテルの調理場などなどそれなりの需要があることもあってか、鮮魚コーナーもまた結構な規模となっていた。


「へぇ……普段行っている方のスーパーじゃ見かけない魚もちらほらといるんだなぁ。

 ……ほ、ホタテとタコ?

 ホタテの養殖って北海道とか寒いとこでやっているイメージだったけど……そしてタコって養殖出来るんだねぇ。

 ……あ、カニとエビまでやっているんだなぁ」


 どこかの市場近くにある販売所のように、氷と鮮魚が入った発泡スチロールケースを並べるといった陳列法をしているコーナーを見やりながら俺がそんなことを言うと、低い位置に陳列されているからか、足場なしに中身を覗き込めるコン君とさよりちゃんが俺の側へと駆け寄ってきて、ケースの中を興味津々といった様子で覗き込む。


 するとタコやカニといった生命力の強い鮮魚達がうごうごと蠢いてみせて……それを見たコン君とさよりちゃんはその目をきらきらと、いつになく輝かせる。


 更には俺の隣で静かに立っていたテチさんも、身を乗り出して好奇心でいっぱいといった表情でタコ達を長め始めて……そうしてから三人同時に、こちらへと食欲に満ちた視線を向けてくる。


「え、あ、うん……。

 動いているのを見てかわいいとか面白いとかじゃなくて、食べてみたいってのが先なんだね」


 そんな三人の視線に対し俺がそう返すと三人は……顔を見合わせてから頷き合い、コン君が代表する形で声を上げてくる。


「にーちゃん、かわいいとか面白いとかよりも、美味しそうが一番だよ!

 こんなに大きくて新鮮で、活き活きしてるとか、もう美味しそうしか考えられないよ!!

 ……えぇっと、なんかもう、あれだよ、あれ! 今日の晩ごはんに良いと思うよ、オレ!!」


 喋っている途中で食欲を抑えられなくなってしまったのか、最後の方で物凄く雑な言い方となってしまっているコン君に苦笑した俺は……コン君達が特に視線を向けている、カニ、エビ、ホタテ、タコを眺めて考え込む。


 これらを使った料理……か。


 シンプルに美味しいのはただ焼いて、塩か醤油で食べるという形だけども……それだとお昼にやったばかりのバーベキューと大差が無い訳で。


 いくらなんでもお昼と夕飯で同じ料理というのはなぁ……と、考えに考えて「うぅん」と唸り声を上げる。


 するとテチさんもコン君もさよりちゃんも、美味しいご飯が食べられないのかと、不安そうな顔をこちらに向けてきて……そんな顔に後押しされる形で、まだ一度も試したことのないレシピが、頭の奥底から押し出されてくる。


「ああ、アヒージョがあったか。

 ほら、前に作ったコンフィみたいな感じで、油で煮る料理で……タコのアヒージョは王道だし、エビとホタテやキノコや野菜と一緒に似ても美味しくなるし、カニなんかはカニ味噌ベースでカニの身を煮るっていう、特別で濃厚な風味のアヒージョを味わえるんだよね。

 夏場に食べる料理じゃないんだけど、ホテルの部屋なら空調も効いているし……熱い料理でも構わないならアヒージョにするけど、どうかな?」


 押し出されて来たレシピをそのまま口に出して説明すると……三人は同時に目をきらりと輝かせて、そして口の中でじゅるりと音を立てて、そうしてからこくりと頷いてくる。


 それを受けて俺は……エプロンと三角巾姿の店員さんに声をかけて、必要な量の注文を済ませる。


 簡単な下処理をしてもらって、全部まとめて発泡スチロールに詰めてもらって……それらの作業が終わるまでの時間を使ってささっと他のコーナーへと移動して野菜やハーブ、各種調味料も買ってきて……発泡スチロールは俺が抱えて、それ以外の品物が入った買い物袋はテチさん達に持ってもらい……そうして俺達はまっすぐにホテルへと向かって歩いていく。


 このスーパーには2階があってそちらにはまた別の商品もあるそうなのだけども、せっかく活きの良い材料が手に入ったのだからと、余計な寄り道はせずに気持ち早足で……受付のスタッフさんとの挨拶も適当に済ませて部屋へとまっすぐに。


 必要な道具があることはしっかり確認済み、必要な調味料も野菜も海鮮もしっかりと買ってある。


 ならばあとは料理だと部屋に到着した俺達は……手洗いうがいを済ませて、簡単に着替えを済ませてから、我が家のものとは比べ物にならない豪華で便利なキッチンへと向かうのだった。

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