第188話 湖畔バーベキュー


 存分なまでに泳いだならこちらへと戻ってきて……用意しておいたタオルで水気を拭いて、そのまま着替え用のボックスへと移動して。


 そうしてテチさんとコン君とさよりちゃんは俺が用意しておいたテーブル前の椅子へとちょこんと座る。


 そのテーブルの側にはバーベキューグリルもしっかりと用意してあり……赤々と熱を放つ炭のおかげで準備万端、いつでもバーベキューを開始出来る状態となっている。


 そうしたならグリルの網に油を塗って……まずはそこに切り分けて、薄っすらとソースを塗った野菜を並べていく。


 ニンジン、タマネギ、ピーマン、キャベツ、ジャガイモも薄切りにして……それらが焼けるまでの間に焼き用おにぎりや、ソース漬けにしたお肉、串に刺してたっぷりと塩を振った魚の準備をしていく。


 お肉は主に牛肉で、以前にも食べた養殖サクラマスで。


 どちらもお高い一品となっているだけあって脂の乗りがよく、焼く前からもう美味しいということが分かるような気配を漂わせている。


 それらが入ったトレーをテーブルに並べていると、テチさんとコン君達は野菜よりもそちらを先に食いたいと……先というか肉と魚だけを食べていたいと、そんな表情を向けてくるが、そんな暴食は許さないということで一切無視して……焼けた野菜を使い捨ての紙皿の上に山盛りにして皆の席へと配膳していく。


「飲み物はそこのクーラーボックスの中にあるジュースかお茶で。

 野菜はこれだけじゃなくて、たーっぷりと用意してあるのでおかわり自由だよ」


 配膳しながらそんな言葉を口にすると、コン君なんかは特に渋い顔をするが……文句を言いはせずに、仕方なしといった態度で焼き立ての、ちょっとだけ焦げ目のついた野菜に箸を伸ばし……そうして口の中に入れるなり、ハッと目を見開き、信じられないとでも言いたげな面白い顔を見せてくれる。


 確かにそれらはただの野菜だけども、この施設で用意しているような高級品……いつも俺がスーパーで買っているような、セール品の野菜とはひと味もふた味も違う代物だ。


 それに薄っすらとはいえ手作りソースを塗ってある訳で、更には炭火でじっくりと焼いたのだから美味しいのは当たり前で……元々テチさんもコン君もさよりちゃんも、野菜嫌いという訳ではないので、紙皿の上に山盛りとなった野菜は、あっという間にその胃袋の中へと消えていく。


 そのあまりの速さに驚きながらも俺は、おにぎりを網の上に乗せ、サクラマス付きの串をグリルの串用スペースに突き立て……そして最後に丁寧にお肉を並べていって、それらから滴る汁が、真っ赤になって熱を放つ炭へと垂れてじゅうじゅうとたまらない音を上げる。


 ごきゅり。


 野菜を食べ尽くした食いしん坊三人衆の喉から、そんな音が放たれる。


 いやいや、何もそんな、聞こえるような音を立てる程によだれを垂れ込まなくてもと思ってしまうが、三人の視線はグリルへと一点集中……まばたきも無しに向けられていて、どうやらたっぷりと遊んだことによる反動で、食欲が暴走気味となっているらしい。


 そんな三人のためにと、まずは軽く火を通すだけでも十分な……薄切りにしておいた牛肉を取り分けてあげて、三人がその肉をあっという間に食べ尽くしてしまう間に、更にお肉を網の上に並べての量産体制に移行する。


 分厚く切ったステーキ、簡単に丸めたハンバーグ、ブロック状に切り分けて串に刺した牛串に……たっぷりのハーブとソースと一緒にアルミホイルで包み込んだ包み焼き。


 それらを用意するうちに醤油タレや味噌タレ、塩コショウニンニクという味付けをした焼きおにぎりの下側……網に接している辺りが良い感じな焼き色を付けはじめ……それを見てコン君達が沸き立つ中、俺はいやいや、まだまだこれからだとトングで掴んでおにぎりをひっくり返し、もう片側にじっくりと炭火を当てていく。


「に、にーちゃん! もう普通の、焼いてないおにぎりでいいから食べさせてよ!」


 するとコン君がそんな悲鳴に近い声を上げてくるが、それでも俺は、


「ここは我慢だよ、折角のバーベキューなんだから!」


 との言葉を返して、調理を続行する。


 そうこうしているうちにまずは牛串に良い感じに火が通り……そして焼きおにぎりも良い香りを立て始めての焼き上がりとなり、焼き串二本と焼きおにぎり二個ずつを、待ちきれずに今にも立ち上がって襲ってきそうな態度を見せている三人の前へと配膳していく。


 配膳した瞬間、三人の手は串に伸び、ソースに漬け込んでおいた牛肉へとかぶりつく。


 ジュースのおかげで柔らかくなり、味もしっかりと染み込み、そもそも高級なお肉なこともあって、柔らかさも旨味も脂身も極上で……かぶりついた三人は、そのあまりの美味しさからか、まさかのまさか、かぶりついたまま硬直するという、今までに見せたことのない姿を見せてくる。


 そのまま一気に食べ尽くしてしまうと思っていた俺は、そんな三人を見て驚き唖然とし……そして硬直していた三人は、口の中に広がる肉汁と炭火のたまらない香りと、手作りソースの味を存分に堪能してから再起動し……がっつくのではなくゆっくりと、その極上のお肉を堪能するモードへと移行し始める。


「ま、まさかの光景が……!

 三人の暴走気味の食欲に勝つ程の牛肉だなんて……!」


 そんな独り言を口にしてから、自分の分の牛串を皿に取り分けた俺は、三人を魅了したそれへとかぶりつく。


 すると予想していた通りの方向性ではあるものの完全に予想の上を行く、高級ステーキハウスでもここまでのものは食べられなかったぞという味が口の中に広がり……色々と調味料が足りない中で、ここまでのものが出来るとはと、心の底から驚愕する。


 柔らかさも脂身もそうだけど、とにかく旨味が強く、舌にというか味覚中枢にがつんと訴えかけるパワーがあって……。

 それは以前におにぎりの具として食べた、獣ヶ森産のサクラマスを思わせるというか、似たような旨味があって……。


 恐らくこの牛肉は獣ヶ森産の、扶桑の木の影響? を受けた肉なんだろうなぁと、そんなことを考えながら咀嚼し……飲み下し、そしてすぐに次の一口へと移行する。


 そうやってテチさん達と一緒になって夢中になっての食事をし、そうしながらもしっかりとグリルでの調理を進め……焼き上がった品をどんどんと配膳していって、湖畔でのバーベキューを存分に堪能する。


 そうして用意をしておいた食材の、半分以上を食べた辺りで……この辺りの管理人さん、すぐ側の小屋で働いている、作業着姿のネズミと思われる耳を乗せた初老の男性が、何か用事でもあるのかこちらへとやってくる。


「な、なぁ、アンタ達……さっきから随分と、その良い香りをさせているみたいだが、もしかしてその肉……っていうかその料理って、普通の味付けなのかい?

 酸っぱい訳でも塩辛い訳でもないのかい? そのー……こんなことを言っちゃなんだが、一口で良いからそれ、分けてくれないかい?」


 やってくるなりそんな……何だかよく分からない事を言ってきて、よく分からないながらも道具や食材の準備など、あれこれと手伝ってくれたという恩もあるので俺は、


「ええ、構いませんよ」


 と、そう言って自分用の牛串を一本、管理人さんへと手渡す。


 すると管理人さんはそれを勢いよく……初老の男性とは思えない勢いで食べ尽くして、そうしてからしばらくの間、口の中に残る味を堪能でもしているのか、目をつむったまま硬直してしまうのだった。

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