第187話 湖畔で


 トランポリンで思いっきり跳ねたなら次は湖で水泳ということになり……そうして俺達はホテル側にある大きな、魚の養殖施設やら浄水施設やら、様々な施設までがある湖へと向かうことになった。


 箱型の着替え場や、同じく箱型のコインで温水が出るシャワーに、それなりに立派に作られた浴場、海の家のような横になれる畳張りの休憩所もあり、湖を水風呂代わりにしているのかサウナまであって……と、そんな風に遊泳エリアはかなり整備された場所となっていた。


 溺れる人が出ないようにと、ここから先は深くなっていることを示すブイがあったり、海によくあるような背の高い見張り台もあったり、救助の時に使うのかモーターボートも何艘かあり、救護所もしっかりと設置されている。


 救護所の隣にある管理小屋ではレジャーシートやパラソルなどなどの道具の貸し出しもしており……砂ではなく砂利浜といった様子になっている湖の浜にレジャーシートを敷いてパラソルを立てて……パラソルの下で俺は驚く程に透明度の高い湖の中を、元気に……元気過ぎる程に泳ぎ回っているコン君とさよりちゃんと、そしてテチさんをぼんやりと眺めていた。


「いやぁ……分かってはいたけど、皆勢いが凄いな。

 コン君とさよりちゃんは浅瀬で軽く流しているような感じだけどそれでもびっくりするくらいに早いし……テチさんはもうなんか、モーターボートかって勢いだし。

 ……尻尾が邪魔にならないのかなって思ったけど、むしろ尻尾を上手く振ってバランス取ったり、方向転換に使ってたり……いやぁ、獣人はんぱないなぁ」


 ぼんやり眺めながらそんな独り言を呟き……そうして俺はスマホを取り出し、そんな皆の楽しそうな姿と、本当に透明度の高い湖の景色を撮影していく。


 理屈はよく分からないのだけど、入り口側に立てられていたガイド看板によると、この湖の水は砂利浜が浄化しているというか、綺麗にしてくれているらしく……そのおかげで国内でも屈指の透明度となっているらしい。


 何処までも見通せるんじゃないかってくらいに透き通っていて……空の青さがこれでもかと溶け込んでいて。

 ただただその湖面を見ているだけでも、楽しめるくらいの絶景となっていて。


 水清ければ魚棲まずなんて言葉もあるけど、普通に小魚がいて、エビみたいなのが泳いでいる姿を見ることも出来て……いやぁ、うん、本当に綺麗な所だ。


 なんてことを考えながら十分に撮影をした俺は……スマホをしまい、ぼんやりするのを止めて……そうしてから管理小屋で借りてきた組み立て式キッチンとバーベキューコンロへと手を伸ばす。


 トランポリンでたっぷり遊んで、その上水の中であんなにはしゃいで……そろそろコン君達のエネルギーが切れ始める頃だろう。

 テチさんもあれ程の勢いで泳いでいたらすぐにお腹を空かせるはずで……そういう訳で俺は水着ではなく借りたエプロンを装着しての食事係に就任する。


 この辺りの施設は燃費の悪い獣人をメインの客としている施設だけあって、そこかしこに食事をするスペースをしっかりと用意しているのだけど……ホテル内のレストランがあの有様だっただけに、あまり味に期待することは出来ない。


 だったら自分で作ってしまった方がマシで、テチさん達もそれを望んでいて……管理小屋の狸尻尾の老管理人さんに相談してみたところ、バーベキュー用の道具と食材ならば用意があるとのことだったのでそれを使わせてもらうことにしたという訳だ。


 組み上げて使う組み立て式キッチンは、水道とホースを繋げば普通の流し台として使える程のクオリティで、バーベキューコンロも買ったら数万円はするだろう有名メーカーの高級品で、当然のようにそのための水道とホースと炭なんかも準備がしてあって……更には地面に突き立ててある杭にはコンセントまでが用意されていて……電気コンロがあればそれを使うことも出来ただろう。


 電源もあって水道もあってこんなにも至れり尽せりとなると、アウトドアとはなんぞやと思ってしまう訳だけども、管理人さん曰く、最近の有料キャンプ場はどこもこんな感じ……らしい。


 地面に突き立ててある杭なんかは、他のキャンプ場で使われているものをそのまま流用しているんだそうで……いやはや、最近はキャンプ場でも便利になっているものなんだなぁ。


 なんてことを考えながらキッチンとコンロの準備をしたなら……まずはバーベキューソースを作るべく、コンロに炭を入れて火の支度をし……そうしてから鍋の用意をする。


 管理小屋では食材の他に調味料なんかも売っていたのだけど、塩と砂糖とコショウに、醤油に味噌、料理酒に下ろしニンニク、おろしショウガといった基本的な調味料しかなく、バーベキューソースなどの調味料一つも置いてなかった。


 マヨネーズとかケチャップとかソースとかも無く……設備は整っているのになんでそんな、バーベキューのための必須アイテムが無いのかの答えは、管理人さんの、


『え? 魚や肉や野菜なんて焼いて塩を振ればそれで十分でしょ?』


 という言葉が全てを物語っていた。


 いや、うん、炭火で焼いたならそれだけでもう美味しいんですよ?

 うん、塩だけでも十分、唸る程に美味しいんですよ?


 でもだからって、全部塩にしなくても良いじゃないとか、折角良いコンロがあるんだからバーベキューソースがあっても良いじゃないとか、色々と言いたくなった俺だったけども……まぁ、うん、管理人さんに文句を言っても仕方ない。


 なければないで自分で作れば良いだけだという訳で……コンロの網の上で温めた鍋に薄く油を敷いてから、刻んだ玉ネギを炒めていく。


 しっかりと良い色になるまで炒めたならオレンジジュースを投入し、軽く煮込む。


 ソースとかそこら辺の調味料があればそれらを使ったんだけども、無いのだからしょうがない、オレンジジュースでもちゃんと味を調整したら良いソースになるはずだ。

 軽く煮込んだなら醤油を入れて、塩コショウで味を整えて……多すぎない程度に下ろしショウガも入れておく。


 後は料理酒を軽く入れて……とろとろになるまで煮詰めたなら完成、これまた管理小屋で借りてきたミニボウルの中に完成したソースを流し込む。


 流し込んだなら鍋を軽く洗って……また玉ネギを炒めて、ついでに刻んだセロリも良い風味を与えてくれるので追加して炒めて……今度はトマトジュースを投入する。


 焼いても美味しくなさそうだからという安易な理由でトマトは用意しておらず、当然のようにトマト缶もなく、ケチャップもないとなったら仕方ない、トマトジュースで代用するしかない。


 結構な塩味がついているジュースなので塩は入れず、醤油は少なめ、コショウはたっぷりいれてこちらには下ろしニンニクを入れて……そして何故かあった瓶入りバジルを投入する。


 何故、何故マヨネーズやケチャップが無くて、バジルを初めとした結構な種類のハーブはあるんだよと、突っ込みたくなったが……うん、まぁ、うん、何も言うまい。

 あったおかげでトマトソースの風味がビシッと締まったのだから、文句を言う所ではないはずだ。


 そうしたなら料理酒を入れて煮込んで……またとろとろになったらボウルに流し込んで、これで二つのソースが出来上がったことになる。


 ソース二種類に塩コショウとハーブ。

 これだけあればとりあえず形になるはずで、それなりの種類の味を作り出すことが出来るはずで……とりあえずではあるものの、満足した俺は、本格的にバーベキューに使う食材の準備をしていく。


 野菜は火が通りやすいよう、食べやすいように切って……肉の下処理をし、魚の下処理をし。


 肉や魚は手で触れるたびしっかり手を洗って、道具なんかも別々にして……それぞれが触れ合わないように、別々のトレーで、離した場所に置いて管理しておく。


 下処理が終わったなら、ソースと調味料で下味をつけていって……そうやって俺はテチさんとコン君達が戻ってくるまでの間に、バーベキューの準備を完了させるのだった。

 

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