第185話 やっぱり……


 大浴場は広く豪華で、サウナもヨモギやレモンオイルを垂らした水で蒸してくれるという凝ったもので。


 水風呂は泡風呂のようになっていて、大浴場内にある休憩所では裸のままドリンクを購入し飲むことまで出来て……そんな大浴場での入浴をコン君と二人でたっぷりと楽しみ……そうして翌日。


 いつもの布団とは全く違う大きく深く沈むベッドの上で目を覚ますと……全身がじっとりと汗で濡れていることが分かる。


 この部屋の空調は24時間つけっぱなしで、常に快適な温度に保ってくれるというものなのだけども……俺の体にもふっと乗っかっているテチさんの尻尾はかなりの熱を放っていて、空調からの風の効果を完全に打ち消してしまっている。


 テチさんの体は新陳代謝が良いからかとても熱い。

 特に寝る時には顕著で、計ったことはないけども、37度は確実に越えているだろうという体温をしている。

 そんな体温をもっふりとした毛で覆ったとなると、それはもうえらいことで……どうやらそれが一晩中、俺の体の上に乗っかっていたようだ。


 そしてそんな俺の隣にはパジャマ姿で熟睡するテチさんの姿があり……そんなテチさんを起こさないように、そっとベッドと尻尾の合間から体を引き抜く形でベッドから脱出した俺は、着替え片手にバスルームへと向かい……水シャワーでさっと汗を流す。


 汗を流すついでに体を冷やして、ついでに顔も洗ってしまって髭も剃ってしまって歯磨きもしてしまって、さっぱりとしたならタオルで水気を拭き取って着替えを身にまとい……そうしてからテチさん達がいつ起きてきても良いようにと準備を始める。


 今は6時で……朝食の開始時間は7時で、その間に起きてもらって目を覚ましてもらって……着替えなどの準備をしてもらう必要がある。


 寝起きは悪くないほうだけども、それでも起きてすぐ動ける訳ではないテチさんのために熱々のコーヒーの準備をし、コン君達にはオレンジジュースで良いかと製氷機の中の氷の確認などをし……そうこうしているうちにまずコン君とさよりちゃんが目を覚まし……パジャマ姿で枕を抱きしめながらトボトボとリビングへとやってくる。


「おはよう、コン君、さよりちゃん」


 と、そんな二人に声をかけたなら二人を順番に食事用のテーブルの椅子に座らせてあげて、その目の前にオレンジジュースと氷をなみなみと入れたコップを置いてあげる。


「それを飲んで元気をチャージしたら、顔を洗っておいで」


 慣れない環境で寝たせいか、まだまだ眠気が残っているらしい二人にそう声をかけると、二人はうつらうつらとしながらも本能的にオレンジジュースに口をつけて……その美味しさで目が冷めたのか、両目をぱっちりと開けてから勢いよく飲み始める。


 ごくごくごくと飲んで……カランと音を立てる氷さえも口の中に放り込んで。


 そうして頬の袋に氷を溜め込んだなら、


「おはよう! ミクラにーちゃん!」

「おはようございます!」


 と、元気な挨拶をしてくる。


 それに俺が笑顔で応えると二人は椅子から飛び降りタタタッと駆け出して……洗面所へと向かい、バシャバシャと水音を立て始める。


 そうやって洗顔というか毛繕いというか、まぁそんなものを済ませたなら、ホテル備え付けのふかふかのタオルで顔をごしごしと吹きながら、自分達の部屋へと駆け込んでいく。


 駆け込んだなら元気に楽しそうにわーきゃーと声を上げながらの着替えを行い……二人のそんな騒ぎを受けてか、ようやくテチさんが目を覚まし……パジャマ姿で着替えやらと抱えながら俺が立つ台所へとやってくる。


 そうして台所の前にあるカウンターによりかかり、そのカウンターにコーヒーを置いてくれと無言の仕草で要求してきて……俺が淹れたてのコーヒーを置くとテチさんは、まだまだ熱いはずのそれを一気に飲み干し……そうしてからバスルームへと向かい、シャワーやら着替えやら、身支度化粧などを行い始める。


 テチさんがそうしている間に着替えを済ませたコン君達がやってきて……二人のために驚く程に大きなテレビをつけてあげて、子どもでも楽しめそうな情報番組にチャンネルを変えてあげて……テレビ前のソファーでコン君達がその番組を見ながら大人しく待っていると、着替えなどを済ませたテチさんがリビングへと戻ってくる。


「じゃぁこれから朝食……な訳だが、朝食もホテルのを食べるのか?

 実椋の手料理では駄目なのか?」


 そして戻ってくるなりそんなことを言ってきて……俺はコーヒーカップなどの片付けをしながら言葉を返す。


「んー……駄目ってことはないけど、まだ全部のレストランに行った訳じゃないし、朝食は美味しいかもだし、とりあえず一度は行ってみても良いんじゃないかな。

 パンフレットのメニューを見た感じ、そこまで悪くはなさそうだったし……」


 焼き鮭や冷奴、ご飯に味噌汁といった定番の組み合わせから、バケットとビーフシチュー、イクラ丼や海鮮丼、カレーといった重めのメニューまで網羅していて。

 バイキング朝食という訳にはいかないが、それでも写真を見る限りかなりのクオリティで……きっと美味しいはずだからと、そう言葉を続けてテチさんのことを俺が説得すると、テチさんもコン君達も、とりあえず一度行ってみるということで納得してくれる。


 そうしたなら皆で一緒に部屋を出て……エレベーターを使って移動して、朝食を出しているレストランへと向かい……何人かの客、やっぱりスタッフなのかな? といった感じの人々と一緒に食事を摂る。


 俺は軽めの和食セット、テチさん達はがっつりカツカレーやビーフシチューを食べ……食べ終えたなら歯磨きなどをするために部屋に戻る。


 そうして皆で一緒に歯磨きをして、出かける準備をして……準備を終えたところで俺はテチさん達の視線に負けて口を開く。


「いや……うん、なんか……うん、ごめんね?

 朝食ならそこまで外れないはず……と思っていたんだけどなぁ。

 まさかの濃いめ塩味……隠し味のつもりなのかカレーとビーフシチューにもがっつり味噌が入っていたし……うぅん、醤油ならまだしも味噌て。まさかの味付け過ぎたね。

 ……お昼は外で食べるとして……夕飯は、うん、俺の方で何か考えておくよ」


 するとテチさんもコン君もさよりちゃんまでが良い顔になってくれて……元気いっぱいになってくれて。

 そうしてそんな元気いっぱいの三人に引っ張られる形で俺は、ホテルの部屋を出て……そのままホテルを出て、いろいろなことを忘れて遊ぶべく、ホテルの外にあるレジャー施設へと足を運ぶのだった。

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