第184話 いまいち

 

 きっちりと正装をして向かったレストランには驚いたことに何人かの先客の姿があった。


 近所の人なのか、このホテルに勤めている人達なのか……ホテルが望む本来のお客様ではないようだけど、それでも客は来ているようで……そんな中で本来のお客様である俺達は結構な優遇をしてもられた。


 良い席で、良い料理を真っ先に用意してもらって。

 ほとんど待つことなく不快な思いをすることもなく……テーブルマナーについても分からない部分は丁寧に教えてくれたので、全く問題なく食事を進められて……そうして部屋に帰ってきて、そそくさと着替えを終えて、レンタルした服をハンガーにかけ直して。


 そうしてからため息を吐き出したテチさんの第一声。


「いまいちだったな」


 続くコン君の第二声。


「あ、やっぱり? なんかこー……味しなかったね!」


 そしてさよりちゃん。


「あ、なんだろこれってなってたの私だけじゃなかったんですね、流石にお店の中じゃ言えませんでしたけど……。

 しかも量が全然足りなかったです」


 それを皮切りに高級レストランのかなり立派な料理の悪口大会が始まってしまい……あまりの状況にいたたまれなくなった俺が、フォローのための言葉を口にする。


「い、一応あれはあれでお客さんのために作った料理なんだよ。

 量が足りないのは、あれを食べられるくらいの立場に出世して、その分だけ年をとって、胃腸が弱くなった人達向けにしてあるっていうか、美味しいものを一口ずつ食べて、体調を悪くすることなく満足出来るようにしてあるっていうか、そんな感じな訳で……。

 それと味が薄かったのは、素材の味を活かしているのと、全体的に塩分とか糖分に気を使っているというか、そういう感じの結果があれで―――」


「え、でも、ミクラにーちゃんならお砂糖お塩少なめでも、あれより美味しいご飯作れるでしょ?」


 すると普段なら俺の言葉の途中で口を挟んできたりはしないコン君が、思いっきりに口を挟んでくる。


「いや……まぁ……うーん、俺のはあくまで家庭料理であって、こういうお店で出す料理じゃないからなぁ。

 美味しく出来るというかコン君達の口に合うように作れるってだけで―――」


「じゃぁ実椋ならあの変なスープに漬けられていた牛肉があったならどんな料理をするんだ?」


 今度はテチさんがそう口を挟んできて……俺は少し考えてから、最高級黒毛和牛の味と柔らかさと風味を思い出しながら言葉を返す。


「シンプルに焼くかな。

 溶岩プレートを使って塩コショウか、岩塩プレートを使ってコショウだけか。

 お高いお肉であればある程、ステーキが一番美味しく食べられるからね。

 溶岩プレートか岩塩プレートで焼くとびっくりするくらいに柔らかくて、旨味がぎゅっと詰まったステーキになるから、後は多すぎない程度のコショウさえあればそれで完成させられるんだよね。

 そもそもあのスープがおかしいんだよ、なんでトマトメインなのに更にそこにお酢と柑橘系を入れちゃったんだろうね。

 酸味なら強く出しても良いかと思っちゃったのかな? 酸味は酸味で胃や食道を傷つけるからあんまり……」


 と、そこまで言ってしまってから俺は我に返る。


 我に返って周囲を見回してみると、テチさんもコン君もさよりちゃんも、ステーキの味を想像したのか、口の中でじゅるりと音を立てながら、やっぱり美味しくなかったんだねと、そんなことを言いたげな視線を送ってきていて……俺はそれに負けてがっくりと項垂れる。


「いやー……まぁ、美味しいのもあったんだよ、うん。

 あのちっちゃなテリーヌとかさ……後はサラダとか。

 ただ全体的にこー……突飛だったよね、味が。

 塩と砂糖と使わずにやろうと変な工夫しているっていうか……客が少ないせいで変な方向に先鋭化している感じっていうか……。

 ま、まぁ、うん、食事できるとこは他にもあるみたいだし、そっちに期待するとしようよ」


 項垂れたままそんな言葉を口にすると、テチさん達は「そうだな」「そうだね」「そうですね」と、そう言ってくれて……そうしてから一斉に洗面所へと向かい、歯磨きをし始める。


 もう日が暮れて夕食も一応終えた。


 となれば歯を磨いてお風呂に入って、あとは寝るだけ。


 そうなると大浴場行きかなーと、そんなことを考えていると、歯磨きを終えた一同が……着替えとタオルを抱えた入浴モードでリビングへと戻ってくる。


 そうして一同はまだ準備してないのかとそんな視線を俺に向けてきて……俺は慌てて駆け出して、歯磨きを終わらせ……寝室へと移動して大浴場行きの準備をする。


 バトラーさんから一階二階にあると聞いていた大浴場。

 一階と二階両方にあるのかと思っていたけども、レストランに行く途中で見かけた大きな階段を見るに、どうもそうではないらしい。


 その大きな階段は二階の床をぶち抜く形で下がっていて……一階に降りてから確認してみると上がっていて……その階段は一階と二階の真ん中辺りで合流しているようで。


 その先にあるという大浴場エリアはどうやらこことは別の建物というか、その階段と通路で繋がった別館のような場所にあるようだ。


 その別館は一階と二階とくっつけたというか、そのくらいの高さの建物となっていて……それだけの高さと広さを利用した、立派な施設となっているらしい。


 プールと言うか、泳いでも構わない入浴スペースまであるそうで……エステにマッサージにサウナ、寝湯足湯に岩盤浴といろいろな楽しみ方が出来るらしい。


 子供達にとっても大人にとっても、遊べて楽しめて癒やされるだろうそこに行くのは、正直結構楽しみで……着替えやらを詰め込んだ鞄の中に入れて置いた、持ち運びが簡単な小さな鞄を取り出した俺は、それに必要なものを詰め込んでから、テチさん達が待つリビングへと駆けていく。


 そうしたならカードキーやら財布やらをしっかりと持って……入浴時間などの確認をしっかりとした上で、部屋を後にし、エレベーターへと向かう。


 そうして二階まで降りたならエレベーターを出て、あの大きな階段を下っていって……それから俺達はどんな風呂だろうかとか、風呂から上がったら何を飲もうかとか……マッサージはどうしようとか、何時まで楽しもうかとか、そんなことを語り合いながら、大浴場エリアへと足をすすめるのだった。

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