第六章 リフォーム、ホテル、レストラン
第176話 夏が近付いてきて
お爺さんやお婆さんにワイン煮込みのタッパー詰めを送った結果は、大好評の大成功というものだった。
好評すぎておかわりを求められたもしたけど……流石に連日ワイン煮込みは大変すぎるので、そこはレシピを教えることで勘弁してもらうことになった。
料理自体は簡単だし、道具を上手く使えばそこまで体力がなくても出来るものだしで、レシピ自体も好評で、これからしばらくはご老人の中でワイン煮込みが流行……するかもしれない。
そしてワイン煮込みのあまり野菜で作ったビーフシチューやビーフカレーもテチさんやコン君にも好評で……そしてさよりちゃんにも好評で、かなりの量が出来上がってしまった残り汁だけども、この調子なら一週間もあれば全て使い切ってしまいそうだ。
そんな感じで数日が過ぎていって……ある日の昼前。
日差しが強くなり蒸し始め、そろそろ夏だなという陽気の下、庭に出てのDIYに勤しんでいると、蝉しぐれが唸る森の奥から、コン君とさよりちゃんが楽しげに会話しながら、こちらへと駆けてくる。
「きーたよ!」
「お邪魔します!」
駆けてくるなりそう挨拶をした二人に、俺が「いらっしゃい」と返すと……二人は首を傾げながら、俺の前にある適当に木材を組み合わせて作った作業台のことをじっと見つめる。
「にーちゃん、何してんの? おがくずつくり?」
「こ、コン君、これは多分日曜大工ってやつですよ」
なんてことをコン君とさよりちゃんに言われた俺は、一旦作業の手を止めて、首にかけてあったタオルで汗を拭きながら言葉を返す。
「DIYだよ、DIY! ……まぁ、うん、さよりちゃんの椅子を作ってあげようかと思ってね、用具置きにあった道具を引っ張り出してきたって訳さ。
曾祖父ちゃん程ではないにせよ、俺だってそれなりには出来るからね……隣に並べても遜色ないものが出来上がるはずさ」
なんてことを言ってから顔をぐしぐしと拭き……さっぱりとした俺はヤスリを動かして、切り分けた木材の表面を滑らかにしていく。
「あー……確かにもう一つあったほうが良いもんね。
にーちゃんの手作り椅子かー……どんな感じになるんだろうなぁ」
と、先程の言葉だけで、俺が作っている椅子がどんなものであるかを察したコン君がそんなことを言う中……さよりちゃんは首を傾げながらきょとんとした顔をし、コン君へと一体何の話をしているのかと言わんばかりの視線を向ける。
するとコン君はニカッと笑って、さよりちゃんの手を引きながら家の中へと駆けていって……手洗いうがいをしてから台所へと向かい、あのいつもの椅子の前であれこれと説明し始める。
……大人達がそうしたというか、状況がそうなってしまったというか。
結婚とか恋とかまだまだ考えられないだろうあの年での婚約で、どうなるかと思ったけど……なんだかんだ二人はあれ以来ああして仲睦まじい様子を見せてくれている。
同い年の子達はどうやら異性と遊ぶとか、異性と手を繋ぐとかを恥ずかしがる年頃のようなのだけども『婚約者』になるとそこら辺を恥ずかしがる必要がないらしく……コン君達は気にすることなく、お互いの距離を縮めていて……もしかしたら俺とテチさんよりもイチャイチャしてしまっているかもしれない。
最近はうちに来ることなく二人だけで遊んだりもしているようだし……しっかりと待ち合わせをした上での『デート』なんかもしているようだし、恋が二人を大人にしたというか、婚約が二人を大人にしたというか……そんな感じでちょっとした成長ぶりを垣間見ることが出来ている。
デートというと、俺とテチさんはまだそれらしいことをしたことがない訳で……改めてすべきかな? なんてことも思うのだけど、テチさんが休日は家でゴロゴロしていたい派なので、今の所はそれらしいことを出来ないでいる。
ただまぁそれでも、家から絶対出たくないだとか、全く遊びに行きたくないだとか、そういうことではないようなので……追々、折を見て二人でどこかにでかけても良いのかもしれない。
まだまだ獣ヶ森の中を見回ることは出来ていないし……テチさんとコン君の話によると、色々な遊び場というかデートスポットもあるようだし、そこら辺もいつかは足を運びたいものだ。
特にこれからは暑い夏が来る訳で……海水浴は出来ないまでも、水浴びくらいはしたいというか、プールに行くくらいはしたいというか……。
夏らしいことの一つや二つはしておきたいものだ。
そう言えば以前コン君が花火大会をやるとか、そんな事を言っていたし……プールと花火大会と、あとはキャンプ辺りをしてみても良いのかもしれない。
……まぁ、こんな山の中に暮らしておいて何がキャンプだって話なのだけども……うん、ああいうのは気分というか雰囲気が大事なものだから……細かいことは気にしないことにしよう。
なんてことを考えながらヤスリをかけ終えたなら、木くずをしっかり払い、そうしたならネジとボンドでもって組み立てて……組み立てたならニスをしっかりと塗っていく。
形というか、設計は曾祖父ちゃんが作ったものをそのまま真似して、デザインも真似して……ほぼそっくりで。
……まぁ、うん、人間用の椅子なら多少のオリジナリティを出しても良かったんだけど、リスの獣人の、子供用の椅子だから、下手なオリジナリティは出さない方が良いだろう。
何処にどんな工夫が隠れているか分からないというか、体の形とか尻尾のこととかでトラブルが起きるよりはその方が良いはずだ。
ニスをしっかり塗ったなら一段落、あとは乾くのを待ちながら、使った道具を片付けていく。
そうしてある程度の片付けを終えた所で、椅子の話とか曾祖父ちゃんとの思い出話とか、俺が来てからの日々のこととか、そういう雑談で盛り上がりに盛り上がり……一段落したらしいコン君達がこちらへとやってくる。
庭に出るのではなく縁側に……煙を上げる蚊取り線香の隣に座って、足をぶらぶらとさせながらこちらの作業を静かに見守って……そうやってしばらく何も言わないでいたコン君が、俺を見て庭を見て空を見て……そしてもう一度俺を見てからぼんやりとした声を上げる。
「あー……なんかなつかしーなー。
セミと青空と蚊取り線香と、庭で頑張るじーちゃん。
夏は暑くて大変だからって、お仕事が減るんだけど、お仕事ない時はここに来てて、じーちゃんがなんかするのずっと見てたなー。
にーちゃんとじーちゃんは全然似てないけど、なんか思い出すなー」
そんなコン君の言葉を受けて、俺くらいの年ならまだしもコン君くらいの若さで、何をそんな子供の頃を懐かしむおっさんのようなことを……なんてことを思っていたのだけども、言葉を終えた後にコン君が浮かべた少しだけ悲しそうな表情を見て……夏の一コマというよりも、曾祖父ちゃんのことを懐かしんでいるらしいということに気付く。
そうしてコン君に釣られて子供の頃の、夏休みの頃を思い出した俺は……さよりちゃんが一体何事だろうときょとんとする中、コン君と一緒になんとも言えない寂しさを味わうのだった。
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