第175話 コン君とさよりちゃんの……


 翌日。


 昨日の試作が上手くいったということで、協力してくれたお爺さんお婆さんの家に電話をし「今日の夕飯にワイン煮込みでもどうですか?」と、そんな事前確認を取った俺は、レイさんに車を借りた上で買い出しに行ってきて、そうして山程の食材入りのダンボールだらけとなった台所で、作業を始めるべく、エプロンを着込み道具を引っ張り出しての準備を進めていた。


 流石に量が量なので、野菜はミキサー任せにすることにして、鍋も大きなものを二つ使うことにして、それらの道具をしっかりと洗浄していると……そこにコン君がいつものようにやってくる。


「きーたよ」


 と、そう言って駆けてきて洗面所に一直線、手洗いうがいを手際よく済ませて台所にやってきて……そうしてコン君は、台所の様子を目にするなり、その目をまんまるにして……そうしてからその鼻をすんすんと鳴らし、元気いっぱいな声を上げてくる。


「なんか面白そうなことしようとしてる!

 それにこの匂い!! なんかすっげー美味しい料理を作ったでしょ!!」


 その声に思わず笑ってしまった俺は、どうにかこうにか笑いを噛み砕きながら言葉を返していく。


「ああ、うん、昨日ね、牛ロース肉のワイン煮込みの試作をしたんだよ。

 で、試作が上手くいったから今日本番……今日まで俺達と我が家と畑を見張ってくれた皆さんへのお礼ってことで、これから作ろうとしているって訳だね」


「なにそれ!

 何その美味しそうなご飯の名前!! もーーー、にーちゃんずるいよー! 二人っきりでそんなことしちゃってさー!!」


「い、いやだって、昨日はコン君、さよりちゃんとのお見合いだったんでしょ?

 まさかお見合い中のコン君に声をかける訳にもいかないし、場合によっては数日続くこともあるって話だったからいつ終わるか分からないものを待っている訳にもいかないし……」


「もー! もーもー! それでもスマホにメッセージ送ってくれればよかったのに!!」


「う、うん、ごめん、今度からそうするよ……。

 ……で、お見合いの方はどうだったの?」


「お見合いのことはー……恥ずかしいからまた後で話す!

 そんなことより、牛肉の煮込み料理ってどんなの! どんな味がするの!!」


 そんなことを言って地団駄を踏んで……様々な道具と材料が並ぶテーブルの上へと駆け上ったコン君に対し、俺はお見合いの方が気になるんだけどなぁと、苦笑いをしながら、これからしていく作業と、料理がどんな出来上がりになるのかとその味をざっくりと話していく。


 するとコン君は自分も手伝ってみたいと、そう思ってくれたようで……居間の方へと駆けていって、割烹着への着替えを済ませてから、台所へと戻ってくる。


「じゃー、まずはお野菜からやってく感じ? ミキサーでがーっと?」


 そうしてからそんなことを言ってきて……そんなコンに対し、洗浄し終えたミキサーを組み立てて流し台に置いた俺は「そうだよ」とそう言って頷き……まずはニンジンを洗い、皮を剥いてヘタを落とし……適当な大きさに切り分けてからミキサーにごろごろと流し込んでいく。


「じゃぁ、ミキサーのスイッチはコン君に押してもらうとしようか。

 そこのボタンを押すと、がーっと回るから……ミキサーの中がジュースみたいになるまで押し続けてね。

 ただし、ミキサー自体が大きく揺れたり、大きすぎる音がしたりしたら一旦ボタンを離して様子を見てからもう一度押すか、俺に声をかけるかして。

 たまにミキサーの刃に変な負担がかかることがあって、そのままボタンを押し続けているとミキサーが壊れちゃうことがあるから……いつもよりもちょっとだけ難しいお仕事だよ」


 と、俺がそう言うと……コン君はいつにない真顔になってこくりと頷き、ボタンを両手でしっかりと……真剣な表情のままぐっと押し込む。


 するとミキサーが特に問題のない、普通の音を立てながら動き始め……俺はその様子を見て問題なさそうだなと頷いてから、ニンジンの皮むきへと取り掛かる。


 俺が下処理を終えたニンジンを流し込んで、コン君がミキサーして、出来上がったものを俺がボウルの中へと流し込む。

 玉ネギも同じようにやって流し込んでいって……そうやって二つの鍋に必要な量が出来上がったならニンニクを切り、肉に下味をつけ、小麦粉をまぶし……と、昨日と全く同じ、量だけが違う作業をこなしていく。


 そうして鍋を煮込むところまで作業を進めたなら……煮込み作業をコンロに任せた俺達は、椅子に腰掛けてから一息ついたとばかりに大きなため息を、二人同時に吐き出す。


「いつもより簡単な感じだけど、量が多いから大変だねー」


 するとコン君がそんな事を言ってきて……俺は肩を回しながら言葉を返す。


「そうだね、これで複雑な作業とか味付けが必要となると、二人だけでは無理だったかもしれないねぇ」


「すっごい量のニンジンと玉ネギだったもんなー、今もすっごい匂いさせながらコトコトいってるもんなー……。

 っていうかにーちゃん、昨日の余り汁はカレーにするとかシチューにするとか言ってたけど……今日の余り汁はどーするの?

 昨日よりいっぱいできちゃう訳だけど……流石にそんだけ多いとなると、オレとテチねーちゃんでも食べ切れるかわかんないよ?」


「あー、うん。

 今日の分の汁はパックにしっかり詰めてから、冷凍保存しておくつもりだよ。

 しっかり火を通した上で冷凍したなら当分は保つはずだから……あとはゆっくりと消費していくって感じだね」


「あー……冷凍すればいいのかー!」


「うん、こういう煮汁だけじゃなくて野菜とかお肉とかも下処理した上で冷凍保存しておけば、いつでも使えるから便利な保存食となってくれるね。

 ……まぁ、冷凍庫にも限界があるから、作ったのを忘れずに使うようにしていかないと、後々大変なことになっちゃうから要注意なんだけどね」


「ふんふん……そう言えばかーちゃんもお正月の前にスーパーでたくさん食べ物買って、冷凍庫に入れてたかも。お正月はスーパー閉まっちゃうからさ」


「そうだね。保存食が出来たのはそんな感じに、食べ物が手に入る時期に保存食を作っておいて、手に入らない時期に食べていくっていう、生きていくための知恵だった訳だけど……それともう一つ、消費しきれないくらいに豊作だった時に、保存食にしておいて、食料が枯渇した時のための備えにしておくっていうのもあったんだろうね。

 そういう意味では今回みたいにして冷凍した食材とか冷凍食品も正しく保存食と言えるんだろうけど……うぅん、やっぱり趣味じゃないんだよなぁ。

 俺にとっての保存食っていうのはやっぱり、倉庫の棚に並べられる……曾祖父ちゃんが作っていたようなのになるんだろうなぁ」


「オレはどっちでも美味しいから良いけどねー!」


「まぁうん、それも大正解なんだろうけどね。

 ……で、コン君、お見合いの方はどうだったの?」


 一通りの作業も終わり……雑談も一段落し、そろそろ良い頃合いだろうと思ってそう切り出すとコン君は、マスクで隠れているからはっきりと分からないのだけど……なんとなく言いづらそうにしているというか、含むものがあるというか、そんな微妙な表情をし始める。


 そうしてコン君が黙ったままでいると……テテテッと誰かが駆けてくる足音がしてから「お邪魔します!」と元気な……さよりちゃんの声が響いてきて、コン君と同じように洗面所にタタタッと向かい、手洗いうがいをすませてから、こちらへとやってくる。


「いらっしゃい、さよりちゃん。

 ちょうど今コン君とお見合いの話をしていたとこなんだけど……こうしてコン君のとこに遊びにきたってことは良い結果だったのかな?」


 そんなさよりちゃんに俺がそう声をかけると……さよりちゃんもなんとも微妙な表情をしながら、言葉を返してくる。


「良い結果も良い結果! 婚約成立ですから大成功ですよ!

 大成功……なんですけど、コン君ったら私よりお父さんとお話するのに夢中になっちゃって、お父さんから棒の扱い方とか教わり始めちゃって……そのまま婚約にOK出しちゃった感じで……!

 私、せっかくのお見合いなのに全然お話できなかったんですよ!! 婚約自体は嬉しいんですけど、なんか納得いかない感じです!!」


 その言葉を受けて俺は……思わず「あー……」と言葉を返してしまう。

 

 さよりちゃんのお父さんは警察官で、警察官と言えばコン君のような男の子が憧れる職業な訳で……警察官だから当然として体を鍛えていて武道とかもしているはずで、棒の扱いもうんと上手いはずだ。


 そんなお父さんとコン君が一度話し始めてしまえば仲良くなるのは当然のことで……まだまだ恋とか愛とかを知らないコン君の年齢のことを思うと、それは尚更のことだった。


 これに関してはコン君が悪い訳ではなく、この若さでお見合いをするというシステムが悪いと言うか……さよりちゃんのお父さんという立場を忘れて、自重をしなかったさよりちゃんのお父さんが悪いと言ったほうが良いのかもしれない。


「そういう訳ですので私! これからしばらくの間、こちらや畑にもお邪魔しますので!!

 幸せな結婚生活のために! コン君ともっと仲良くなるためにがんばりますので! ミクラさんもよろしくお願いしますね!!」


 そんなことを考えているとさよりちゃんがそう言ってきて……俺は婚約が成立した以上は仲良くしたほうが良いんだろうし、そのお手伝いが出来るのならと、笑顔で頷いて……さよりちゃんの言葉を受け入れたのだった。




以下お知らせです


今回の区切りで50万字を越えて、連載開始時に組んでいた料理ネタの大半を吐き出してしまったので、連続更新を一旦やめさせていただこうと考えています。


ストーリーの方は完結まで組んでありまして、完結するまではしっかりと連載を続けていくつもりで……そのためにも料理ネタの仕入れやプロット組みのために必要なお時間をいただく、という形になります。


これからも楽しんでいただけるように頑張っていきますので

ご理解の程と変わらぬ応援をいただければと思います!


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