第174話 牛ロースのワイン煮込み


 お爺さんとお婆さんにどんな菓子折り……ではなく、お肉料理を送ったら良いのかと、悩んだ結果その答えは……、


「とりあえずシンプルに煮込み料理にすることにしたよ。

 牛ロース肉のワイン煮込み、シンプルかつ王道で、美味しい一品だからね」


 ということになった。


 日曜日の昼過ぎ、そろそろおやつの時間という頃合いに、エプロンをして台所に立ちながらそんなことを言った俺に対し……台所のテーブルに腰掛けゆったりと構えたテチさんが言葉を返してくる。


「ワイン煮込みか……今回は保存食とは関係ないんだな?」


「まぁね、流石に今回はお礼目的な訳だし、趣味にこだわるというのも変な話でしょ。

 向こうがそうしてくれと言うのならそうするけど……そうでないのなら普通に料理をするさ」


「ふむ……なるほど。

 そしてシンプルかつ王道な料理とのことだが……これでシンプル、なのか? 随分と材料が多いようだが……」


 なんてことを言ってテチさんはテーブルの上に並ぶ、ニンジン、玉ネギ、ニンニク、セロリ、牛肉に各種ハーブやらマギーブイヨンやらという、材料各種を見やる。


「材料が多いといってもやることは簡単だからね。

 適当に刻んで下拵えして、煮込んで終わり。

 刻みの部分をミキサーとかに任せちゃえば本当に簡単で誰でもできちゃうくらいには簡単だよ」


「ふーむ……それでも今日一応の試作はするんだな?」


「まぁね。

 見守りをしてくれた皆さんにあげるとなると結構な量だし、その量で失敗しちゃうっていうのはお財布的にも痛いから、一応の試作はしておかないとね」


「そうか……なら私の仕事はその試作を食べて感想を言うことになる訳だな、よく分かった。

 よし、実椋、頑張って作ると良い」


 そんなことをいってテチさんは、頬杖をついてなんとも気楽な態度でこちらを見やり……俺はその視線を一身に浴びながら作業を開始していく。


 まずは野菜の準備から。


 ニンジンと玉ネギを多めで、セロリとニンニクは少なめで、洗ったり皮を剥いたりしたら出来るだけ細かく刻んでいく。

 ニンニクは小さめに切っておいて、ニンニク以外は刻んで刻んで刻み潰す感じで……この作業が面倒ならミキサーでわーっとやってしまっても良い。

 何なら摩り下ろしでも構わないし……とにかく細かくしたらOKだ


 それが終わったなら牛肉の下拵え。


 牛肉を適当な……食べごたえを重視するなら大きめのサイコロ状に切り、塩コショウをし、しっかりと揉み込んだら小麦粉をまぶして……終わり。


 あとは鍋を用意して、しっかり熱してから油をしいて……小麦粉まみれとなった牛肉の表面を焼いていく。

 中まで火を通す必要はないのだけど、表面はしっかり焼き目をつけておかないといけないのでしっかりと、両面を焼いておく。


 その中で出た油はクッキングペーパーなどで拭き取って……しっかりと焼き目がついたら、一旦鍋から出して、皿などに置いておいて……鍋の中に残った油でニンニクを炒めていく。


 ニンニクに火が通ったらニンジンを投入、続けて玉ネギを投入、セロリを投入。


 そうやったら火にかけて、ゆっくりと熱していって……ふつふつと音を立て始めたら牛肉を再投入。


 野菜と野菜の汁で煮込むような感じで数分煮込んだら、ブイヨンを投入し、赤ワインを流し込む。


 赤ワインだけでなくブランデーなんかを入れても良く……まぁ、今回はブランデーを少しだけ入れておくことにする。


 野菜の汁とワインで鍋をいっぱいにする感じで煮込んでいって……水分が足りなさそうだなと思ったら水を多すぎない程度に足して煮込んでいって……タイム、ローズマリー、ローリエを投入する。

 

 タイムとローズマリーは多すぎると匂いを主張しすぎるので少なめで、ローリエもたくさんいれてもしょうがないので少なめで……そうしたら蓋をして弱火から中火で二時間程煮込んでいく。


 そうやって煮込んだなら、一旦肉を鍋から取り出す。


 肉を鍋から取り出して残った煮汁に、多めのバターを足して更に煮込んで、水分をがっつり飛ばして……とろとろのソースになるまで煮詰めていく。


 このソースは味の決め手となるのでしっかり煮詰めて……煮詰めながら味見をし、塩味が足りないなら塩を、風味が足りないならバターを足していく。


 そんな感じでソース作りをしながら、取り出した肉を深皿に盛り付けていき……盛り付けたお肉に煮詰めたソースをかけて、生クリームとパセリをかけたら……完成。


 あとはバケットを焼いて、別の皿に盛り付けて……いつものちゃぶ台に配膳したら夕飯の出来上がりだ。


「ふーむ……赤ワイン煮込みと言っていたが、どちらかというと野菜汁煮込みという感じだったな」


 配膳するなりちゃぶ台のいつもの席にすささっと素早く座ったテチさんが、牛肉のことをじぃっと見つめながらそんな言葉をかけてくる。


「まー……そうだね。

 本職の作り方だと、野菜をここまで細かくしないし、途中で野菜をすくいとって捨てる感じなんだけども……それはちょっと勿体ないから全部ソースにしちゃう腹積もりで煮込んだって感じかな。

 その分しっかり味が出ていて、ソースはもちろんお肉も美味しく仕上がっているよ」


 俺もまた席につきながらそう言葉を返すとテチさんは……今度は台所の方をじぃっと見やりながら言葉を返してくる。


「なるほどな、普通は捨てる野菜を捨てなかったからソースがあんなにも余ってしまったのか……。

 結構な量が余っていたが、あれはどうするつもりなんだ?」


「今日の所はとりあえずタッパーに入れて冷蔵庫にしまっておいて……明日、ビーフシチュールーを入れてビーフシチューにしちゃうつもりだよ。

 適当な安い牛肉を足してルーを足すと……お高い牛肉のエキスがたっぷり出ている関係でお安い牛肉とは思えない程に美味しくなるんだよ。

 シチューじゃなくてカレーでも良いんだけど……個人的にはシチューのほうが合うと思っているかな。

 今回バケットを用意したのも、ソースがそっち寄りの味になっているからで……ソースにつけながら食べると、おいっしーよー」


 と、俺がそう言うとテチさんは、それでもう我慢が出来なくなってしまったらしく、両手を合わせてお皿を睨み始めて……俺はそれに苦笑しながら手を合わせて「いただきます」と声を上げる。


 するとテチさんもまた「いただきます」と声を上げてフォークを構えて……そうして牛肉の赤ワイン煮込みを突き刺し、口の中へと放り込む。


 とろとろで、ほろほろで、口の中で崩れるというか溶ける感じで……野菜の旨味と甘みがしっかりと染み込んでいて、牛肉の味と合わさってたまらない味となっていて……。


 そこにハーブやバター、生クリームなどの風味と味が上手く合わさってくれて……うん、ただただ美味しいとしか言えない、たまらない完成度となっている。


 肉を食べて食べて、ソースにひたしたバケットを食べたならもう最高で……その美味しさからか、俺の隣ではテチさんが無言夢中でテチさんのために多めに用意した肉とバケットを、凄まじい勢いで口の中へと放り込んでいっている。


 いつも以上に勢いよく、いつも以上に目を輝かせ、いつも以上に幸せそうに食事をするテチさんの姿を眺めながら俺は……どうやら獣人さんへの贈り物としては最高の選択だったようだとの確信を得て、大きく頷き……そうしながら自分もまたワイン煮込みとバケットに舌鼓を打つのだった。

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