第173話 お礼の菓子折り(?)についてあれこれ
あれから数日が経ち……なんとも拍子抜けなことに、何も起きずに何事もないままに平和に日々が過ぎていた。
あんな風に道端で絡んできたものだから、近いうちに絶対に何かをしてくると思っていたのだけどそんなこともなく、あれ以降買い物にでかけても出会うことはなく……テチさんに電話してきたりだとか、テチさんの実家にどうこうしてきたりだとか、そういう話も全くなく、不気味に思ってしまうくらいにテチさんの叔父さんとその一行は姿を見せなくなった。
それはなんとも奇妙というか、首を傾げてしまうような話だったのだけども……まぁ、物語の中の話ではないのだから、こういう拍子抜けな結末もありえるのだろうと納得して……そうしてテチさんの叔父さんの件は、あの時の町会長の一喝のおかげで決着していたんだと、そういうことになった。
決着したとなれば、我が家と我が畑を見守ってくれていたお爺さんとお婆さんの任務も完了で、これ以上の見守りとかは必要ないだろうとなって……そうしてお爺さんとお婆さん達は笑顔でそれぞれの日常に戻っていった。
その時の笑顔が妙に良い笑顔だったというか、生暖かいものだったというか……何か含みのあるものでどうにも気にかかったが……まぁ、今日まで毎日のように俺達のためにと見守ってくれていた人達なんだ、変に疑ったりするのは良くないことだろう。
そんなことをするよりもむしろお礼をしなければならない訳で……以前町会長さんが言っていたように菓子折りを持っていく必要がある訳で……そういう訳で日曜日の昼食後。
いつものように居間のちゃぶ台の前に座って、淹れたてのお茶を飲みながらゆったりとした時間を過ごしていた俺は、そんな時間を一緒に過ごしていたテチさんに、どんな菓子折りを町会長さんのもとに持っていくかという話し合いを切り出したのだった。
「やっぱりお煎餅とか……いや、結構なお年の方もいたから柔らかくて食べやすい方が良いのかな? そうなると……やっぱりお茶によく合う和菓子とかのが良いのかな。
こしあんとか和三盆系の和菓子なら口の中ですっと溶けてくれるし、喉に詰まるとかもなさそうだし……菓子折りって感じではないけども、悪くはなさそうっていうか、喜んでもらえそうだよねぇ」
話を切り出すなり俺がそんなことを言うと……いつもの席で背筋をピンと伸ばして尻尾をゆらゆらと揺らす、真顔のテチさんが言葉を返してくる。
「いや、そういうのも悪くないんだが、やっぱり一番良いのは肉だろうな」
「……え? に、肉? 肉って……お肉そのものを送るってこと? それともお肉料理ってこと?」
「どちらでも良いと言えば良いんだろうが……実椋の料理の腕はすでに町内中に知れ渡っているだろうし、料理のほうが良いかもしれないな」
「町内中に知れ渡っているって、いつのまにそんなことに……。
い、いや、そんなことよりも、お肉ってテチさん……ご老人にお肉は流石の獣人さんでも歓迎されないんじゃない?」
「……いや? そんなことはないだろう?
むしろ老人に贈り物をするなら肉が一番ってくらいに定番だろう。
老いて体力が衰えているからこそ肉を食べてもらって体力と力をつけてもらって、健康なまま長生きできるように! って感じだな。
もらう側だって絶対に肉がほしいと思っているはずだぞ」
「え、えぇ……?
健康で長生きしてほしいっていうのは分かるけど、そのためにお肉を送るっていうのはなんとも……イメージに合わない感じだねぇ。
獣ヶ森の中がそういう文化なのか、獣人さんの体質的にそうした方が良いのか……。
ま、まぁ、でも貰う側が喜んでくれるものを送るのが一番なんだろうし……そうなるとやっぱり、お肉料理ってことになるのかなぁ……」
「うむ、そうした方が良いだろうな。
最近はこう、普通の肉料理ばっかりで、保存食とかも梅仕事とかばかりで……実椋らしい、特別で美味しい肉料理を食べられてなかったからな、そろそろ新作が出てきても良い頃合いだと思うんだ」
そう言ってテチさんはその目を……真っ直ぐにこちらに向けた目をキラキラと輝かせ始めて……そんなテチさんに対し俺は疑念を込めた視線を返す。
「……それは、つまり、ご老人がどうこうじゃなくて、テチさんが肉料理を食べたいから、そう言っているってこと?」
するとテチさんは悪びれた様子もなく、目を輝かせたまま……真っ直ぐに目を向けたまま、はつらつとした様子で言葉を返してくる。
「もちろんそういう思いがあることは否定はしない。
実椋の肉料理は大好きだし、結婚式で食べたようなのをまた食べたいし、何なら毎日でもあんな感じがいいと思ってはいる。
だけれどもそれだけの理由で、善意で手を貸してくれた老人達に迷惑がかかるようなことを提案したりはしないぞ。
そういった私の思いに関係なく、老人達は肉が好きだし、肉を送れば喜んでくれるし、老人への贈り物として肉は定番中の定番となっているんだ」
「まー……人間と獣人では基礎代謝がそもそも違う訳だし、老いたとしても多分、俺よりも多いカロリーを必要としているんだろうし……カロリー多めのお肉を欲するのも自然なこと……なのかなぁ?
……んー、でもやっぱり柔らかめで消化に良い方が良いんだよね? 歯とか消化器官が弱るのは、獣人でも同じ感じなんだよね?」
「それはまぁ、そうだな。
老いれば当然そういった部分が衰えるものだからな」
「んー……そっか、そういうことならお肉にしようか。
でもそうなると何だろうな、ハンバーグとか……ほろほろに煮込んだ系とか?
ああ、元から柔らかい鶏肉系を……塩麹漬けとかにしようかな?
そう言えば知り合いが、はちみつのスペアリブとかも美味しい上に柔らかくなるとか、そんな事を言ってたな……」
なんてことを俺が言い始めると、テチさんの目に力が込もっていって、キラキラとした輝きが一段と強くなっていく。
挙句の果てには鼻息も荒くなり始めて……どうやら本当に新しい肉料理に飢えていたようだ。
……それでも一応トンテキとか、豚の生姜焼きとか、ゴーヤが出回り始めたからゴーヤチャンプルーとか、それなりに肉料理を作ってきたはずなんだけども……うぅん、どうやらそのくらいの料理では、愛しき我が肉食系リス獣人の胃袋は満足出来なかったようだ。
そうして俺は色々なメニューの名前を上げていきながら……テチさんの反応を見ながら、ご老人達にお礼として送るお肉料理を何にするのか……しばらくの間、悩み続けるのだった。
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