第171話 将来の話とか色々

 

 じっとグラデーションの世界を見つめて、ストローでちょっとだけ世界の底を吸い上げて……思ったよりも味が濃く甘酸っぱかったのだろう、良い笑顔になったコン君は、ストローでコップの中をぐるぐるとかき混ぜながらちゅうちゅうと吸い上げていく。


 そうやってイチゴサイダーの味を存分に堪能したコン君は「ぷはっ」と声を上げながらストローから口を離し……ゆっくりと口を開く。


「美味しい! これも美味しい!

 手作りするとなんでも美味しくなるんだなー……かき氷もジュースも売ってるのとは全然違うんだもんなー」


 そんな声に対して俺は苦笑しながら言葉を返す。


「手作りをしたとしても必ずしも美味しくなるとは限らないけどね。

 コン君と一緒に作った中なら……缶詰とかがそうかな?

 工場だからこそ出来るもの、大量生産だからこそ出来るものもあるし……一長一短っていうか、得意不得意があるって感じかな?

 プロに任せた方が美味しくなるものはプロに任せることにして、お金を出して買うことにしているからね」


「そーいうものなの? なんでも美味しくなる訳じゃないの?」


「と、俺は考えているかな。

 それにほら、お店で売っているのって、買ってすぐに食べられるからとっても楽、でしょ?

 手作りしたら美味しくなると分かっていても、それが出来る時間と余裕がないと出来ない訳だしね……。

 忙しくて時間がない時はお金を出して買っちゃって、楽をしちゃうというのも大事な選択肢だと思うよ。

 スーパーで売っているジャム、自分で作ったジャム、プロのレイさんが作った俺のよりも数段美味しいだろう手作りジャム。

 この中から自分にどれだけ時間があるのか、お金があるのかを考慮しながら選べることこそが大事、って感じかな?」


「ふーーん?

 そういうものなんだ? 選べることが大事、かー……。

 ……じゃー、大人になったら色々選べるように、自分でも作れるようにしとかないとなー」


「うん、そうだね。

 ジャムとかだけじゃなくてご飯とかは自分に健康に影響のあることだし、出来ることに越したことはないだろうね」


 俺がそう言うとコン君は、空になったコップの中をじぃっと見つめて……何かを考え込むようにしながら言葉を返してくる。


「色々作れるミクラにーちゃんは趣味でやってて、同じくらいお菓子が作れるレイにーちゃんはお仕事でやってて……。

 それもにーちゃん達が選んだ結果なんだよねー……。

 ミクラにーちゃんは商社ってとこで働いてたんだっけ?

 オレはどんな仕事選ぶのかなー……何か作るお仕事が良いかもなー……」


 ストローを加えたままそう言って……ストローを上に向けたり下に向けたりし始めるコン君。


 俺がコン君くらいの年頃の時は、アニメに影響されて消防士になりたいと言い出して、ゲームに影響されて弁護士になりたいと言い出して、漫画に影響されて料理人になりたいと言い出して……というような感じで、その時々の気分で、かなり適当に無責任に『夢』を語っていたんだけども、コン君はそんな俺とは全然違って、とても現実的にシビアに自分の未来を考えているようだ。


 偉いというか凄いというか、感心してしまうというかなんというか……。


 そんなコン君のことをじぃっと見つめた俺は、ゆっくりと言葉を返していく。


「色々考えてみると良いよ。

 色々考えて調べてみて、勉強してみて……何だったらお父さんとかお母さんとか、おじいちゃんとか親戚の人とかに話を聞いてみても良いんじゃないかな。

 知り合いとかにも積極的に聞いて、どんどん参考にしていくと良いよ。

 お友達とか、さよりちゃんとか、同年代の子達の夢を……将来どうしたいと思っているのかを聞いてみるのも良いんじゃないかな」


 するとコン君は目をぱちくりとさせてから……首をくいと傾げて「うーん」と声を上げる。


「さよちゃんはなー……お父さんと同じ仕事にするって言ってたからなー……オレじゃ真似できないだろうしなー」


「……そうなの? さよりちゃんのお父さんってどんなお仕事してるの?」


「えっとね、警察官。

 さよちゃんのお家は代々警察官でー、獣ヶ森の平和を守ってきたお家なんだって。

 あんまり事件とか起きなくて普段は暇らしーんだけど、いざ事件が起きると親戚皆でわーって、捜査したりするんだって」


「……だ、代々の警察官? 親戚皆で……?

 まさかの世襲式? いやでも流石にそれは色々と問題が起きそうな……。

 ああ、でも、さよりちゃんはシマリスの子な訳だから……シマリスの一族の警察官ってだけで、他の獣人の警察官も当然いる訳だろうし、それらが集まって組織になっていて相互監視をしている……とか?

 ……うぅん、そこら辺の事情も今度しっかり聞いておかないとなー……いつかお世話になるかもしれないしねぇ」


 なんてことを俺が言うと、コン君はなんとも複雑そうな表情をする。

 まだまださよりちゃんのことが怖いと言うか、距離を感じているというか……自分の中での考えを整理しきれていないようだ。


 コン君とさよりちゃんの間にある、そこら辺のことも上手く解決してくれると良いのだけどなぁと、そんなことを考えつつ俺は……冷えたお腹を温めてくれる昼食でも作ろうかと立ち上がり、台所に向かうのだった。



 

 ――――???? ???



 そんな会話をする実椋とコンのことをじっと、濁った目で見つめる三人の男達が木々の合間に身を潜ませている。


 息を殺し気配を殺し……何かを企んでいるのか、身動ぎもせずにただただ見つめ続けて。


 以前あの道で出会った時は変な爺のせいで未遂に終わっちまった。

 挙げ句の果てにそれ以来、あの野郎の周囲に爺婆がうろつきやがって手出しをする機会を得る事ができない。

 だがそれでも絶対に諦めないぞと……一族の誇りを純血を守るために、正義のために、絶対に俺達は諦めないぞと、そんなことを考えているのか……それともただ無為に時間を過ごしているのか。


 そうして昼食の時間が近付いてきて、家の中や家の外で雑談をしていた老人達の動きが活発化して……ちょっとした隙が出来てしまった折に、あの連中に手出しをすることは無理でも、庭に出ているあの植木鉢くらいになら手出しを出来るんじゃないかと、そんなことを考えた三人の男達が前に一歩足を踏み出そうとした……その瞬間、男達の肩を誰かが、後方からがしりと凄まじい力で掴んでくる。


 それを受けて男達は口から心臓を吐き出さんばかりに驚きながらも、ぐっと喉からでかけた声を飲み込んで、なんとか冷静さを取り繕おうとしながら、ゆっくりと後ろに……自分達の肩を掴んでいる者達の方へと振り返る。


「うちの可愛い可愛いさよちゃんのフィアンセに、なんか用でもあんのかぁぁん?」


 振り返った瞬間に、苦み走った男性の力の籠もった……そこら中に血管が浮かび上がった顔があり、男達は今度こそ声を上げてしまいそうになりながらも、ぐっと……どうにかこうにかこらえて、声……というか、悲鳴を腹の奥底に飲み込む。


「とりあえずぅ、あちらの方で詳しいお話聞かせていただきましょうかぁ?」


 そんな男達に対しそんな声を上げた凄まじい形相の男性は……そのまま三人の男達のことを半ば無理矢理に、引きずる形で連れ去ってしまうのだった。

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