第170話 シロップの活用法


 つまみ食いをしてしまいながらも、サクランボが解凍されるのをどうにか待って……そうしてから改めてサクランボを口の中に投げ込んでみる。


 風味は変わらず味も変わらず。

 食感も……ほとんど変わらないといっても良く、かなり良い状態で保存されていることが分かる。

 

 表面に乳酸菌飲料がついているとその味の影響を受けてしまうけども、しっかり拭き取るか洗うかしたらその問題も解決で……こんなにも良い状態で保存出来るなら、もっと数を増やして、倉庫の冷凍庫でも冷凍して、一年中サクランボを楽しむのも悪くないかもしれない。


 乳酸菌飲料の方も溶け切れば全く問題なく味わうことが出来て……流石にサクランボの風味がいくらかついてしまうけども、それはそれで悪くないフレーバーとなっていて、問題ではないだろう。


「うーむ、ジャムとかシロップ漬けももちろん良いんだけど、生のまま保存できるっていうのはありがたいなぁ。

 そのまま食べて良し、加工しても良し……やっぱり冷凍は凄いなぁ」


 食べ進めながらそんなことを言うと……コン君はうんうんと頷いて、一生懸命に口を動かし続ける。


「ジャムやシロップ漬けにはそれぞれ良い所があるし……これはこれで良い所があるし。

 それぞれ受け入れて、活用していく感じが一番なのかな……うん」


 更に俺が言葉を続けると、コン君は口の中の……ほっぺたの中に溜め込んでいたサクランボの種をペペペッと小皿の上に吐き出してから、言葉を返してくる。


「オレはジャムでもこの冷凍のでも、どっちも好きだからOKだよー!

 シロップのほうはー、よくわかんないかなー」


「え? あれ? ……って、そっかそっか、そう言えばまだシロップを使って何かを作ったことはなかったっけ?

 一番はかき氷なんだけども……炭酸ジュースにして飲んでみようか?」


「え? かき氷!? かき氷食べたい!

 ジュースも飲みたいし、かき氷も食べたいし! にーちゃんが作ったのなら絶対美味しいじゃん!」


「んん、いや、でもまだかき氷を食べる程暑くはないような……後は、氷をそのつもりで作ってないからそんなに量は出来ないかも―――」


「それでも食べたい!!!」


 俺の言葉をそんな風に遮ってコン君が元気な声を上げて……根負けした俺は「分かったよ」とそう言いながら台所へと向かう。


 台所の棚の奥にしまっておいた、一人暮らし時代に使っていたかき氷機……家庭用の製氷機で作った小さな氷でも砕いてかき氷っぽくしてくれる、手回し式のそれを引っ張り出したなら、各パーツをしっかりと洗い、洗った上で流し台で組み立てて……そうしてからシロップの方を……だいぶ前に漬け込んだいちごシロップの瓶を引っ張り出す。


 いくつものイチゴが浮かぶその瓶の中には、真っ赤に色付いたシロップがたっぷりと出来上がっていて……おたまで今回使う分のシロップと、いくつかのイチゴを取り出して、適当なコップの中に入れておき……かき氷用のガラス器を用意したなら準備完了。


 製氷機から氷を取り出し、かき氷機の中に流し込み……器を所定の位置にセットしてから、レバーを回してかき氷にしていく。


 そうやって二人分のかき氷を作ったなら、シロップを遠慮なしにかけて、かけた上にシロップ漬けの効果でくたくたに……ジャムのように柔らかくなったイチゴを乗せたら完成。


 目を輝かせながらのワクワク顔で待機していたコン君に、スプーンと一緒に器を渡したなら、自分の分を持って居間へと向かう。


「普通のかき氷と違って、果物が乗ってる!

 果物が乗ってるかき氷なんて初めて!!」


 なんて元気な声を上げながら居間へと向かったコン君は、素早く自分の席に腰を下ろし、俺の到着を待つことなくスプーンを構えて……かき氷をしゃくしゃくと音を立てながら食べていく。


「……やっぱり美味しい! お祭りのとは全然違う!

 甘くてすっぱくて、ちゃんとイチゴの味!!」


「あー……お祭りのシロップは、少し香り付けしただけとか、そういうのもあるそうだから……しっかりイチゴを使って作ったのとは全く別物の味になっちゃうだろうねぇ」


 コン君の感想にそんな言葉を返しながら席につき、そうしてから俺もかき氷を食べていく。


 急遽氷を用意したせいというか、しっかりと大きい氷を用意してのかき氷ではなかったため、食感とかそこら辺の不満はあるものの、シロップの美味しさもあって十分に楽しめる出来となっていて……イチゴの味と風味もよく出ている。


 かき氷をある程度食べ進めてから、かき氷に冷やされたくたくたイチゴを食べるのもまた最高で……そうやってあっという間にガラスの器を空にしていく。


「もう少し暑くなったら、しっかり氷を用意して、もっと氷を山盛りにして楽しみたいもんだねぇ。

 暑さの中で食べるかき氷は格別だから、今よりもうんと美味しくなると思うよ」


 食べ終えてからそう声をかけるとコン君は、最後までとっておいたらしいくたくたイチゴを口の中に放り込み……その味と柔らかさを堪能してから言葉を返してくる。


「オレは今でも十分美味しかったけど、夏になるともっと美味しくなるのかー……うん、今から夏がすっごく楽しみかも!

 普段なら夏はいまいちっていうか、そろそろ始まる換毛期と暑さのせいで全然楽しめないんだけど、今年はミクラにーちゃんのおかげで楽しくなりそうだなー!」


 ああ、そうか、換毛期とかあるんだね?

 体毛があるんだから暑いのは当然だけども、全身の換毛となったら……それはもう大変なことになりそうだ。


 大人のテチさんでも耳とか尻尾の毛が換毛するんだろうし……そこら辺の問題は獣人にとっては一生の付き合いとなる問題なんだろうなぁ。


 体毛のケアに関しては知識もなければテクニックもないので、何も出来ないのだけど……そこら辺のこともしっかり勉強して、ちょっとくらいは手伝えるようにならないとなぁ。


 なんてことを考えながら立ち上がった俺は、かき氷の器を持って台所へと向かい……それらを流し場に置いてから、太めの大きなコップを二つ用意する。


 用意をしたらコップの中にもう一度取り出したシロップを流し込み、冷蔵庫で冷やしておいた炭酸水を流し込み……氷を入れて、クタクタイチゴを入れての、イチゴサイダーを作っていく。


 そうやって作ったイチゴサイダーは、底の方が濃い赤色で、上の方がほぼ透明というグラデーションのような色合いになっていて、その様子がなんとも綺麗で見ているだけでも楽しめる。


 最終的にはかき混ぜてしまう訳だけども、飲む直前まではその色合いを楽しみたいからと、そのままにし……ストローを差してから出来るだけグラデーションが崩れないように、揺らさないようにしながらそっと居間へと二つのコップを持っていく。


「はい、同じ味が続くようで申し訳ないけど、お次はイチゴサイダーだよ。

 シロップと言えばこれってくらいには王道で簡単なやつだね。

 飲む時にかき混ぜて飲むわけだけど、炭酸だからゆっくりと静かにかき混ぜてね」


 そう言ってからちゃぶ台に置くとコン君は、かき氷の時と同じような、なんとも嬉しそうな表情をこちらに向けてきてから……そうしてからコップの中身を、炭酸泡が弾けるグラデーションカラーの世界を、じっと見つめ続けるのだった。

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