第168話 さよりちゃんの……


 ムシャッとピザトーストにかぶりつき、もぐもぐと咀嚼し。

 夏が近付いてきたのもあってか、ピーマンの香りが特に強くなっていて、それがなんとも心地良い。

 チーズを多めにしたのもよく、しっかりとケチャップも仕事をしているし、満足な出来になったなーと思いながら、一枚を食べ終え牛乳を飲んだなら……一人立ち上がり台所へと向かう。


 今日は食いしん坊が一人追加されて、三人になってしまっているのだ、誰かが台所に立ってどんどん焼かなければ大変なことになるだろう。


 というわけでおかわりの分を焼いていって、焼き上がったなら居間へと持っていって……三人のお皿に乗せながら声を上げる。


「とりあえずピザトーストを2枚用意した訳だけど、もっと欲しければそうリクエストしてね。

 ピザトーストだけじゃ飽きるっていうならジャムトーストとか、ハニートースト、バターハニートーストとかも出来るから、そっちの場合もリクエストをください。

 ……という訳でこれから俺は台所に戻る訳だけども、次はどうする?」


 俺がそう言い終えると、直後にテチさんが手を上げて、その指で持って3の数字を示し……コン君もまたそれに続く。

 どうやら3枚目のピザトーストがほしいそんな二人に頷き返してからさよりちゃんの方を見ると……さよりちゃんもまた恐る恐るといった、かなり遠慮した様子ながらも、そっと手を上げて3の数字を示してくる。


 そうしてそこからリス獣人3人によるトースト祭りが始まり、当然3枚だけで終わるはずもなく、追加のジャムトースト2枚とバターハニートーストを食べての終了となった。


 最初以外はコン君も食べる事に集中してしまって、当初の料理をする姿を見せる目的から外れてしまっていたような気もするが……それでもまぁ、最初の一回はしっかりと調理に参加していたのだから問題は無いだろう。


 そうやって昼食を終えたなら、皆に洗面所へと向かって歯磨きをして……さよりちゃんには使い捨て歯ブラシを貸してあげてしっかりとしてもらって……それから居間へ移動しての、お昼休憩となる。


 子供達には麦茶を用意し、テチさんには渋いお茶を用意し、そうして皆でテレビを見ながらの休憩時間を過ごしていると……麦茶を飲み干したさよりちゃんが「ふぅ」と小さなため息を吐き出してからゆっくりと開く。


「とても美味しいお昼ごはん、ごちそうさまでした。

 ピザトーストも美味しかったですけど、ジャムトーストが特に美味しくてびっくりでした。

 ……コン君がお料理していたというのも、あの割烹着とかを見れば納得ですし……私のワガママのために、ここまでしてもらっちゃって本当にありがとうございます」


 真っ直ぐにこちらを見て礼儀正しくそう言うさよりちゃんに「お粗末様でした」と返すと、さよりちゃんは静かに頷いて……そんな俺達の事をじぃっと見つめていたテチさんがさよりちゃんに向けて声をかけてくる。


「まぁ、コンがこうしてうちに遊びに来ているのは、しっかり貯蓄できているからこそ、だからな。

 十分な貯蓄があって、これ以上の貯蓄が必要ないから、他の皆に仕事を譲っていて……それでいて遊び回る訳でもなく、うちに来て料理をしたり保存食作りを学んだりしているのだから、そう気に病むことでもないだろう」


 するとさよりちゃんは、何を思ったのか小さく頷いて……その状態のまま何かを考え込み始める。


 以前にも聞いた話だが、コン君達の畑でのお仕事は歩合制でお給料が支払われるらしい。

 どれだけ出勤したか、働いたかが重要で……人数が多くなればなるほど、仕事が分散されてしまうので、結果として一人一人の収入が減る形となっている。


 そんな中で以前に起きたトラブルの賠償金というか、お見舞い金という形でちょっとした大金を手にしていたコン君は、あえて仕事を休むことで皆に仕事とお給料を譲るというスタンスを取っていて……それが毎日のように我が家に遊びにきていた理由となっている。


 ただ遊びに来ていただけならご両親からのお小言があったかもしれないが、実際には遊んでいる方が少ないくらいで……料理を手伝ったり家事を手伝ったり、保存食作りを手伝ったりし、家に帰ったら我が家で学んだことを実践したり、和食党で洋食に疎いお母さんに教えてあげたりとしていて……これといって欠点らしい欠点がある訳でもないし、結婚相手としてはすごく良い物件だ、と言えるだろう。


 だけれどもまぁ……まだまだ幼いさよりちゃんが、結婚や結婚相手に色々な不安を抱くのも分かる話で……今回のランチタイムで、その不安が少しでも減ってくれたなら嬉しいなぁと、そんな事を考えていると……あれこれと考えていたさよりちゃんがくいとその顔を上げて、コン君の方へと視線を向けて……ハキハキとした口調で言葉を投げかける。


「コン君……コン君は専業主夫とかはどう思いますか!

 私自身としては自分が専業主婦になっても良いと思っているんですけど、今日見た感じ、コン君のほうが家事に一家言ありそうですし、お料理もとっても美味しかったですし、これなら任せてもいいかなって思うんですよ!

 コン君が主夫をやるっていうなら私、勉強をとっても頑張って、良いお仕事につきますから、今のうちに決めちゃって、そのつもりで動き始めた方が良いと思うんですよ!」


「え? え? え?

 い、いや、そういうのはまずお見合いしてから、とーちゃんとかーちゃんと一緒に話し合わないと―――」


 そんなさよりちゃんに対し、突然のことに困惑しながらも冷静にコン君が返すと……さよりちゃんはそんなコン君の言葉を遮って、更に言葉を続けていく。


「お見合いが大事なのは分かるんですけど! それよりも大事なのは二人の気持ちだと思うんですよ!

 今から二人で決めておいて、それから両親を説得したって良い訳ですし―――」


 そんな言葉を口にするさよりちゃんの目はキラキラと輝いていて……コン君の姿に、一挙手一投足に釘付けとなっていて……つい先程まで普通だったさよりちゃんが、あっという間に恋に落ちたというか、恋する乙女になったというか、恋愛的肉食獣になってしまったことに、俺は驚くやら困惑するやらで硬直してしまう。


 一体何がさよりちゃんをそうさせてしまったのだろうか……?

 コン君の貯蓄の多さなのだろうか? それとも我が家で家事などを学んでいた点なのだろうか?


 そしてそんなさよりちゃんの目と言葉に気圧されて怯んでしまったコン君が、俺やテチさんに救いを求める視線を送ってきて……それを受けてテチさんが、パンパンッと大きく、強く音を出しながら手を叩き……その音でもってさよりちゃんを制止させてから、ゆっくりと口を開く。


「さより、お見合いが決まっているというのにそうやってごり押すというのは感心しないな。

 コンの言う通り両親の前で、正式なお見合いの場でするのが正しい道で……これ以上ここでごり押すようだとお見合い自体が破談になりかねないぞ。

 コンも驚いてしまっているようだし、今日の所はこのくらいにして……お見合いの日を待つと良い」


 その言葉を受けて冷静さを取り戻したさよりちゃんは……コン君に向かって頭を下げて「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にする。


 それを受けてコン君が「う、うん、別にいいよ」と返すとさよりちゃんは、下げていた頭を上げてぱぁっと笑顔を輝かせて……そうしてまたも熱視線を、恋する乙女の熱すぎる視線を……コン君へと向けてしまうのだった。

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