第161話 アイスとかの話


 翌日。


 昨日のボードゲームは散々に負けてしまったので、今度やる時はダイスアプリですべきかなと、そんなことを考えながら家事をこなしていると……コン君がいつもとは違って、走らずに歩き、笑顔ではなく不思議そうな顔をして首を傾げながら縁側へとやってくる。


「いらっしゃい、コン君」


 いつもならばコン君の方から「きーたよ」と挨拶をしてくれるのだけど、それがなかったのでこちらから挨拶をするとコン君は「あ、うん、きたよー!」と声を上げてから、縁側に上がり……洗面所へと行って手洗いうがいを済ませて……居間のいつもの席にちょこんと座る。


「……えっと、どうかしたのかい?」


 そんなコン君と向かい合う形で腰を下ろした俺が、用意したコップに冷蔵庫から出したばかりの、よく冷えた麦茶を入れてあげると、コン君は「ありがとう!」とそう言ってからコップに手を伸ばし、ごっくごっくと飲み……そうしてから言葉を返してくる。


「えっとね、気になることがあって……それで、ずっと考え込んでた」


「気になること? どんなことなんだい?」


「家を出る前に、かーちゃんがさ、冷凍庫の掃除してたんだ、これから色々……アイスとかを買い込むからって。

 そしたら冷凍庫の奥から3年前のアイスクリームが出てきて……ずっと隠れてたやつ。

 で、かーちゃんがそれをぱぱっと食べちゃったんだよ。

 ……3年前なのに食べて平気なのかなって」


 と、そんなことを言って首を傾げるコン君のことを見て、俺は内心でなるほどなぁと呟く。


 コン君は、最近になって……というか俺と遊ぶようになって賞味期限のことなんかを知ることになって、買い物や片付けの際にも気にするようになって、賞味期限表示を探すことを楽しんでいた節すらあったので『3年前のアイス』という……賞味期限が切れていそうなものをお母さんが食べてしまったことが気になって仕方ないのだろう。


「えーっとね、コン君。アイスには賞味期限がないから、ちゃんと冷凍していたものなら3年前のものでも10年前のものでも大丈夫なんだよ」


 そんなコン君に俺がそんな声をかけると、コン君は興味が湧いてきたのだろう、そのくりくりとした目を大きく見開き、キラキラと輝かせながら言葉を返してくる。


「10年前でも!? アイスって、そんなに長持ちするの!?」


「うん、長持ちするよ。

 例えばお肉とかお魚の場合は冷凍焼けって言って、長時間冷凍しておくと味が落ちたり風味が悪くなったりすることもあるんだけど、アイスとかは成分的にそうなる可能性が低くて……もちろんものにもよるんだけど、基本的には長持ちするものとされているね」


「へーへーへー! そうなんだ!

 あれ? じゃぁアイスも保存食、なのかな?」


「んー……まぁ、保存が効くっていうのはそうなんだけど、保存食って言い方をすることは少ないかな?

 まぁでも、保存食って言ってしまっても間違いではないと思っているよ。

 さっき言ったお肉とかお魚とか、野菜とか果物とかも、手をかけて工夫をして、冷凍用のパックとかをしっかり使って冷凍したなら、長持ちさせることもできるし……最近ではそういう冷凍食品も普通に売っているからね。

 他にも冷凍野菜とか冷凍果物とか……そこら辺はスーパーとかコンビニにもあるんだけど、見たことないかな?」


「ない!!」


 俺の言葉に何故かコン君は自信満々といった様子でそんな言葉を返してきて……俺は笑いながら立ち上がり、台所の冷蔵庫の方へと向かう。


 そうしてから冷凍庫の中に入れておいた、市販のフローズンストロベリー……つまりは凍らせたイチゴを取り出し……袋のまま、器とスプーンと一緒にコン君の下へと持っていく。


「これがその冷凍果物だね。

 売っているものを買う以外に自分で作ることも出来るんだけど……こういうのは業務用の、冷却力が強い冷凍庫で作った方が美味しくなるとされているから、出来ることなら市販のを買った方が良いかな。

 もちろん家庭用でも美味しくできる方法はあるし、産地とか旬とかこだわるなら自作の方が美味しくなるんだけどね」


 と、そんなことを言いながらその袋をコン君に渡してあげると……コン君は冷気を放つ袋をしっかりと掴んでから、袋に書かれている文字……商品名や原材料名、産地や栄養表示や……保管方法などについてをじっくりと読んでいく。


 この冷凍果物はアイスとはまた別種の食品なので、しっかりと賞味期限も刻印されていて、その確認を当然のようにしたコン君は「ふんふんふん」なんてことを言いながら、袋の口に手をかけて、俺の方に「開けて良い?」とでも言いたげな視線を送ってくる。


 それに対して俺が笑顔で頷くとコン君は、器用に開封に成功し、口をしっかりと開き、その中身を用意した器の中にコロコロコロと流し込んでいく。


「おー! ちゃんとイチゴだ! カッチコチに凍ってる!

 ……でもあんまり、いい匂いはしない?」


 そうしてから鼻をすんすんと鳴らした上で、そんなことを口にし……俺は頷きながら言葉を返す。


「そうだね、凍っている状態だと香りはそこまでしないかもね。

 ……凍らせているからってだけじゃなくて、冷凍果物に使う果物は、一般的には味が落ちるというか、ランクが落ちるものを使っているのも影響しているかな。

 スーパーで売っているような美味しいイチゴをこうしちゃうのは勿体ないというか、普通に食べちゃいたいというか……あくまで長期保存が可能、季節じゃない時期でも楽しめるってのがメインで味や香りは二の次って感じかな。

 もちろん良いイチゴを使ったら使っただけ美味しくはなるんだけどね……ここら辺が冷凍果物を始めとした、冷凍保存食の難しいところかな」


 そう言って一旦言葉を切った俺は……スマホを操作し、検索をし、いくつかの冷凍保存食の画像を表示させ、それらをコン君に見せてあげながら言葉を続ける。


「冷凍保存は正月とかでスーパーがおやすみになる時には便利な技術だし、安い時に大量に買って冷凍しておいて少しずつ使っていくっていう、節約術にもなるから悪くはなものなんだけど……俺が大好きな保存食とは全く違うというか、趣の違うものとなっているんだ、これはこれで専用の解説本が出るくらいに奥深くて人気だったりもするんだけどね……。

 そういう訳だからまぁ、ここら辺は俺の趣味の範囲外で……自作することはないかな、

 こうやって買ってきて、いつでも食べられるようにって備えたりはするけどね。

 ……それとまぁ、凍った果物って、少し溶かしてから食べるとこれはこれで良いかもって感じに、冷たくて美味しいおやつになるんだよね」


 更に色々な画像を見せてあげながらそんなことを言った俺は……器の中のイチゴを一粒つまみ取り、口の中に運ぶ。


 そうして少しだけ溶けた、ひえっひえで固いイチゴを噛んで噛んで、じっくりと楽しんでいると……そんな俺を見て食べたくなってしまったのだろ、コン君もスプーンを構えて溶け始めたイチゴを口の中に運ぶ。


 そこまで甘くはなく、すっぱくもなく。

 香りも良い訳じゃなくて……なんとも味気なくて。


 だけども冷たい、食べごたえがある。

 これから始まる暑い夏にはこの冷たさがたまらなくありがたい。


 ……と、そこまで考えていたかは分からないが、とにかく冷凍イチゴを気に入ったらしいコン君はもぐもぐと口の中を動かしながら笑顔を見せてくれる。


 味が無いなら無いでヨーグルトに混ぜたり、お菓子作りの際に利用したり、ホットケーキの上にちょこんと乗せたりとしても良い訳で……もう少し暑くなったなら、そこら辺の使い方で楽しませてあげるのも良いかもなと……コン君の笑顔を見やりながら俺は、そんなことを思うのだった。

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