第160話 色々と思う実椋
テレビゲームから一旦離れて、ボードゲームならばどうなるのかと引っ張り出してみた所、コン君がまさかの……ダイスの動きを見切っての100%ではないものの、ある程度狙った目を出せるというスキルを発揮してしまい、まさかの初心者であるコン君の勝利という形で終わってしまった。
本来ならばそういった遊び方はあまり良くない行為なのだけど、コン君は一切の悪意なく出来るからなんとなくしてみたって感じでサイコロを転がしていて……いやはやまったく、獣人の凄さを改めて痛感することになってしまった。
動体視力と反射神経が良く、身体能力も高く、更に嗅覚聴覚に優れていて……その種族ごとの特徴を有していて。
過去の戦争で人間が負けていたのも納得の話で……英雄アテルイの時代の頃なんかは特に、人間なんかでは獣人の相手は務まらなかったに違いない。
では何故今、こうして獣人達が自治区に押し込められているのかと言えば……その答えは燃費の悪さなのだろうなぁ。
身体能力が高く、人間相手には一騎当千で……そして必要な食料も一騎当千で。
動いたら動いただけ食料が必要で……人間の数倍、数十倍の食料が必要で……。
農機具とか肥料とかが発展していない食糧生産が安定していなかった時代に、そんな大食らい達を抱えて天下統一なんてのは夢のまた夢。
下手に人口を増やそうもんなら、そこら中にある食料と動物を食べ尽くしてしまうに違いなく……もし仮に獣人達がこの日本を統一していて、日本全土を支配出来るくらいの人口になっていたとしたら……あっという間に何もかもを食べ尽くして、そこら中を不毛の大地にしてしまっていたに違いない。
つまりはまぁ、獣人の社会というのは、その燃費の悪さのせいで人口的な制約を受けてしまっているようで……その結果がこの自治区という訳なのだろう。
自治区……獣ヶ森は、しっかりと確認したことはないけどもそこまでは広さは無いようだ。
県というよりも市……何処かの政令指定都市くらいの大きさと思われて、そんな獣ヶ森の食料自給率は……これもしっかりと確かめた訳ではないのだけども、恐らくはかなり低い数字となっているはずだ。
そこかしこに畑があり、もう少し奥へ向かえば結構な規模の果樹畑や棚田もあるそうで……獣ヶ森内に住まう大柄な獣や魚もそれなりの食料源となっているようではある。
だけれども、いざスーパーに言って商品棚を見てみれば、壁の向こうでよく見た、壁の向こうの工場やらで生産された食料が山のように並んでいて……野菜、肉、魚介などなど、生鮮食品の大半が壁の向こうのもので……今、テチさん達が遠慮することなくお腹を膨らませられているのは、そういった外からの食料供給のおかげ……と言ってしまっても過言ではないはずだ。
扶桑の木とか扶桑の種とか、そこら辺の影響でなんかこう、そういった問題が解決出来たり、圧倒的なカロリー効率の良い食料が手に入ったりするのかもしれないけれど……そういったとんでもパワーが無いとどうにもならないくらいに、燃費の悪さが目立ってしまう。
そしてそんな燃費の悪さのせいで戦争に負けることになって、自治区での生活を強いられることになって……そんな悪い状況の中、何故か自治区にだけ残った扶桑の木のおかげである程度の地位というか自治権というか……自由が保証されていて。
テチさん達やコン君達は、毎日を楽しそうに明るく過ごしていて……人間である俺に隔意なく接してくれているけども、そんな状況を思えば普通はそう出来ないというか……テチさんの叔父さんのように獣人は獣人同士でーとか、獣人だけの社会をーとか、そんなことを思ってしまっていても、おかしくない状況にあると思う。
そんな状況の中で俺に普通に接してくれていて、毎日仲良く遊んでくれて……そして結婚までしてくれたのは、ご先祖様や曾祖父ちゃんのおかげ、なのだろう。
何があったかは知らないがとにかく大昔にここで暮らしていくことになったご先祖様が開墾などをしていって……そして曾祖父ちゃんがそれを受け継いで、大切に守りながらテチさんやコン君達と仲良く毎日を過ごしていって……。
その結果が今のこの状況で……そのおかげで今の俺とテチさんの毎日がある訳で……。
これからもここで、この生活を続けていくためにはテチさんの叔父さんをどうしていくのか含め、そこら辺のことを改めてしっかりと考えて行く必要があるのかもしれないなぁ。
そうして出来ることならテチさんの叔父さんとも同じような考えの獣人さんとも仲良くやっていきたいものだ。
なんてことを考えながらボードゲームの第二回戦をやっていると……サイコロを転がし、ボードの上のコマを動かしていたコン君が、こちらににへらとした笑顔を向けてくる。
「うん? どうかしたの?」
その笑顔があまりにも唐突で……妙に嬉しそうで、不思議に思った俺がそう声をかけると、コン君が俺の背後……風通しのために大きく襖を開けた先の、縁側の向こうにある植木鉢用の棚の方を指差す。
それを受けて俺がそちらへと視線を向けると、植木鉢の中に鎮座する扶桑の木が……その小さな枝にわっさりと、この小さく数の少ない枝ではこれ以上無理だというくらいに多くの花を咲かせていた。
白、黄色、桃色、赤色にオレンジ色に、紫色に。
色とりどりの花が咲いていて、もはや何が何やらといった有様で……俺はそれを見て「えぇ……」と声を上げる。
咲くにしても限度があるというか何というか……あまりにも花が咲きすぎて訳が分からなくなっている感じがある。
自棄になっているというか……こちらをからかっているというか。
なんらかの意思があって、なんらかのメッセージを伝えたくて、そうしているように……見えなくもない。
「あの木もあの木で、一体全体何なんだかなぁ……」
なんてことを俺が言うと、にへらと笑ったコン君が嬉しそうに弾む声を返してくる。
「オレもよくわかんないけど、アレはにーちゃんが良いことしたら育ったり咲いたりするんでしょ?
ってことはあれは、にーちゃんが良いことをしたって証拠の、花丸みたいなもんで……オレ、嫌いじゃないよ、あの花丸!」
そう言ってコン君は笑みを更に大きなものとして、嬉しそうに「へへへ」と笑って……そうしてからボードの上のコマを動かしていく。
楽しそうに嬉しそうに幸せそうにそうするコン君を見て俺は……まぁ、コン君が喜んでくれているならそれも良いかと、そんなことを考える。
そんな事を考えて改めてボードゲームへと視線を戻し……そうしてこの劣勢を、圧倒的劣勢の勝ち目の薄い状況のボードゲームをどうにかすべく、サイコロをしっかりと握った俺は、その手に力を込めながら構えて……渾身の一投をボードへと向けて投げ放つのだった。
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