第162話 冷凍果物と……


 冷凍イチゴを食べ終えて……その冷たさと味を堪能したコン君は、ぷはっと息を吐き出してから、ぶるりと小さく体を揺らす。


 そんな様子を見て、小さな体であの量の冷凍イチゴは少し多すぎというか、体を冷やしすぎる結果になったかなと心配になり、そっと手を伸ばしてその小さな手やおでこに触れてみるが……特に冷えているような感じはないようだ。


 というかむしろ、その体毛のせいか熱く感じるくらいで……熱くなっている所に冷凍イチゴが入ってきて、それで少しだけ体が震えたという感じのようだ。


「冷凍イチゴで体を冷やしすぎたかなって思ったけど、むしろ冷凍イチゴくらいじゃどうにもならないくらいに体温高いんだねぇ。

 こんなに体温が高くて体毛もあるとなると、本格的な夏になると大変そうだねぇ」


 と、そんなことを言いながら触ったついでとばかりにちょいちょいとコン君の頭を撫でていると、コン君は目を細めて耳をピコピコと動かしながら言葉を返してくる。


「んー、夏毛になるからそこまでじゃないんだけど、大変は大変かも?

 でもまー、毎年のことだから、それなりに準備もしてるし平気かな?

 本当に暑い時はねー、畑の側の休憩所に、テチねーちゃんがプールとか用意してくれるんだよ。

 そこに入って体冷やして、頑張って働いてまた体冷やしてーみたいな。

 水筒もちゃんと持ってくし、持ってかなくてもテチねーちゃんが色々用意してくれるからー……うん、暑さに負けたこととかはないよ」


「へぇぇ、プールか。

 プール入りながら確かに、悪くないかもねぇ。

 普通の人間がそんなことしたら、体が冷えちゃって風邪を引きそうだけど……そこは体毛がある獣人だから平気って感じなのかな? 

 プールに入ってしっかり水分補給をして……なるほど、しっかりしているんだねぇ」


 そう俺が言葉を返すとコン君は、自分が褒められたかのように嬉しそうに頷いてから、言葉を続けてくる。


「夏は虫が元気になるからねー、仕事も本番なんだよ!

 秋に向けてクリやクルミが大きくなって、美味しくなった所を狙ってくるからねー! 全部叩き落さないと!

 こっそり穴あけて中に卵植え付けるのとかもいるから、夏になったら本当に大変なんだよー。

 交代で夜勤とかして守ることもあるからねー……夏から秋までは特に大変な時期になるかなー」


「や、夜勤!?

 そ、そこまでするの!? っていうか、大丈夫なの!? その年で夜勤とか!?」


「平気だよー!

 毎日続ける訳じゃないしねー! 

 それにこー……皆と一緒に夜遅くまで遊んだりもできるから、とってもたのしーんだー!

 とーちゃんとかも修学旅行とか合宿みたいなものだから頑張りなさいって言ってくれてるよー!」


「あ、ああ、なるほど。

 修学旅行とか合宿……レクリエーション気分でやるってことなのか。

 確かに夏はそういうイベントの時期でもあるから……悪くないのかな?

 んー……そっかー、皆そこまでして頑張ってくれるのかぁ……なら俺からも何か差し入れとか用意したほうが良いのかなー」


 そう言って俺が考え込み……コン君を撫でていた手の動きを止めるとコン君は、俺の手から離れ、全身をぶるぶると震わせて……その小さな手でもって乱れ気味だった毛並みを整えながら言葉を返してくる。


「差し入れならジュースとかアイスとか、冷たいのがいいかなー!

 夜で涼しくなる時もあるけどー……大体じめじめであっついからさ、仕事してると汗もかくし、今食べた冷凍イチゴみたいに体が冷えるやつがいーなー。

 っていうかいっそ、にーちゃんが冷凍果物作ってくれたらいーのに。

 美味しい果物で美味しく作ったら、今食べたのよりうんと美味しくなるんでしょ?」


「あー……んー……そうだねぇ。

 倉庫の冷凍庫を使えば一気に冷凍できるし、美味しくできるとは思うし……個人的な趣味ではないけども、コン君達のために作るのも良いかもねぇ。

 アイスとかシャーベットとかなら作ったことはあるし、それに加えて冷凍果物があれば……まぁ、十分な差し入れにはなるかな?」


「なるなる!

 にーちゃんが作ったのなら、美味しくなるだろうしねー!」


 と、そんなことを言ってコン君は、こちらに期待を込めた……無邪気に輝く視線を送ってくる。


 正直冷凍果物の美味しさは、果物の味に依存するというか、素材の味以上のものは出ない訳で……誰が作ろうとも同じなのだけど……うん、そこまで期待されてしまったら趣味ではないものの、作る以外に道は無いだろう。


 もしかしたらネットでレシピを探せば味変というか、味を付け足す系の何かがあるかもしれないし……本当に趣味ではないのだけど、うん、挑戦してみるとしようか。


 ……保存食作りの過程で冷蔵庫や冷凍庫を使うことはあるし、何なら作ったジャムのいくつかは冷蔵庫で保管をし続けている。


 梅干し作りにも冷蔵庫のお世話になっている訳で……保存食作りと冷蔵庫の存在は切っても切れない関係なのだけど……なのだけども、どうしてかこれまで冷凍系の保存食には手を出してこなかった。


 趣味じゃないから、保存食っぽくないから、そんな理由で勉強すらもしてこなかったのだけど……うん、改めて勉強するのも良いかもしれないし、それでコン君達が喜んでくれるのなら、全くもって悪くない話だ。


 畑の持ち主は俺で、俺の畑のために夜勤までして頑張ってくれている訳だし……その頑張りと期待に応えるくらいはすべきなのだろう。


 問題は何の果物でやるかだけど……まだまだスーパーで見かけるイチゴと、ブルーベリーとかも悪くなさそうだ。

 それとスイカ……はどうだろう、水分が多すぎて微妙そうな気もするが……。


 後はパインとか? お店ではよくライチやブドウも見かけるな。

 それとやっぱり定番のみかん。


 ……いやまぁ、ぶどうとかは明らかに旬を外しているし、微妙なんだけども……。


 旬、旬か。

 旬っていうならそろそろ出回るアレがあったな。


 そのまま食べても当然美味しいし、ジャムとかにしても美味しいし、色々な使い方が出来るし、冷凍でもいける果物。


 さくらんぼ。


 スーパーで見かけるとついつい買ってしまう果物代表……一度食べ始めるとやめられないとまらない、次から次へと手が伸びてしまう、不思議な魅力を持った果物。


 あれならきっと、コン君達も喜んでくれるだろうし……チェリーパイなどお菓子などにも出来るから……うん、悪くなさそうだな。


 ……と、そんなことを考えた俺は、大きく頷いてから立ち上がり……とりあえず冷凍するかは別として、さくらんぼのことを考えていたら食べたくなってしまったので買ってこようと、スーパー行きの準備を整えるのだった。

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