第157話 パーティの締め
レイさんが配達車から持ってきたものは、ドライフルーツを使ったフルーツティーと、これまたドライフルーツと、それとナッツを使ったビスコッティ、と思われる洋菓子だった。
ビスコッティ。
イタリアのビスケットと言えば良いのか、果物やナッツが入っている……ビスケットという言葉から想像されるものよりもザクザクとした軽くて硬めの食感のもので、朝食などの機会に食べることが多いらしい。
基本イタリアの朝食は甘いものを食べるのだそうで、甘くて色々な味が楽しめるドライフルーツやナッツ入りのビスコッティは特に好まれるのだとか。
「これはまた……甘いのと甘いので来ましたねぇ」
ちゃぶ台の上に置かれたビスコッティ入りの紙の箱と、中に詰まったカラフルなドライフルーツを眺めることの出来るガラスポットを見つめながら俺がそう言うとレイさんは、先程のお茶の際に沸かしておいて、保温ポットに入れておいたお湯を台所から持ってきながら言葉を返してくる。
「そりゃぁデザートパーティなんだから甘くなるだろうさ、ちゃんと風味付けに梅シロップも使ってるから今回のパーティの趣旨からも外れてないぞ。
それにだ、甘さはカロリーに直結するものだからな、獣人としてはこういう組み合わせも大事なんだよ。
だからまぁ、普通の人間である実椋はどっちも少なめにしとけよ、今日はもう十分なくらい糖分を採ったんだろうしな。
人間はあれだろ、獣人よりも糖尿病になりやすいんだろ? ならまぁ、味見程度に済ませておくのが無難かもな」
「……獣人は糖尿病になりにくいんですねぇ。
太りにくいことも含めて、羨ましいかもですね」
「食費とかがかなりの数字になるから、そこまで良いことでもないんだがな……。
っていうかあれだよ、甘さよりもだよ。
実椋の趣味に合わせてドライフルーツを使ったものにしてきてやったんだから、そっちも話題にしてくれよ。
ドライフルーツは湿度の高い日本じゃ作りにくいものかもしれないが、乾燥機とかを上手く使えばしっかり作れるし、保存だって出来るし、砂糖をまぶせば美味しくもなるし、立派な保存食の代表格だぞ?」
なんてことをレイさんが言ってきて、俺が言葉を返そうとすると、それよりも早くコン君が弾んだ、嬉しそうな声を上げる。
「知ってるよー! 知ってる!
前にミクラにーちゃんがドライフルーツ入りビスケット作ってくれたもん!
ほんっと美味しかったからー、これも楽しみ!」
コン君のその言葉に、俺がそう言えば以前にドライフルーツ入りのビスケットを作ってあげたなぁと、そんなことを思い出していると、レイさんが小さく笑い、自信満々といった様子で声を上げる。
「おう、そこら辺もテチから聞いて知ってるぞ。
知っててあえて作ってきたってことは、分かるだろ? プロとして相応に美味しいもんを作ってきたって訳だ。
……っていうかアレなんだよ、最近ちょっと大変なんだよ。
実椋が色々なものを作って子供達に食わせてくれてたおかげで、子供達の中でお菓子ブームみたいなのがきて、一時的に売上が上がったんだが……それは結局一時のことで、最近はむしろ売上が下がり気味なんだよ。
実椋は素人で、その素人が作ってるんだからって、ネットとかでレシピ調べて自作するご家庭が増えて……そのせいで売上が減っちまって……。
ここらで一つ、プロの作ったもんは違うんだぞって、見せておく必要があるっていうか、知らしめる必要があっての、挑戦状みたいなもんだと思ってくれよ」
なんてことを言いながらレイさんはフルーツティーのポットにお湯を入れての準備をし始めて……そんな言葉にただ苦笑するしかない俺は、苦笑しながら紙箱の中に手を伸ばし……大きく作ったものを、食べやすい大きさに切り分けたらしいビスコッティを一つ手に取り、それを口の中へと運ぶ。
ビスコッティは二度焼きする関係で、水分が完璧なまでに飛んでいることが特徴だったりする。
そのおかげで保存性が高く、長期保存をすることも可能で……これはこれで一種の保存食といえるだろう。
そして水分を完璧なまでに飛ばす程にしっかり焼かれていることから、その触感はサクサクではなくザクザクで……その触感がたまらないお菓子となっている。
更にそこにカリカリ食感のナッツと、ぐむぐむとした重めの食感のドライフルーツが加わることで、食感でも風味でも味でも飽きない作りになっていて……コーヒーや紅茶はもちろんのこと、アイスクリームやジェラート、ワインなんかにも合う一品とされている。
……なんてことを考えながら噛み砕いていったビスコッティの中には、レイさんがプロの腕前で仕上げた、味と風味をしっかりと、力強く主張してくる多種多様なドライフルーツが入っていて……うぅん、確かにこれは、お店の味というか、プロの味というか、中々真似できそうにないものとなっている。
一口二口と食べ進めてみても外れはなく、どのドライフルーツもどのナッツもしっかりと味と風味を主張してきていて……それでいて、恐らく全体にまぶした感じにしていると思われる梅シロップの存在感を楽しむことも出来る。
「うぅん、流石のプロですねぇ……美味しいです」
なんてことを言いながらコン君の方を見てみれば、その小さな両手でビスコッティをしっかりと持って、笑顔とか美味しそうとかそういう表情ではなく、ただ真顔で言葉を発することもなく無我夢中……ガリガリガリガリッとそんな音だけを立てながら凄まじい速さで口を動かしていて……一つ二つ三つ四つ、次から次へとビスコッティがコン君のお腹の中へと消えていく。
テチさんもまたコン君程ではないにせよ、夢中といった様子でビスコッティを食べていて……うん、流石というかなんというか、レイさんの本気を見た気分だ。
「ま、これは反則みたいなもんなんだけどな。
めちゃくちゃに美味しいブランドフルーツを買ってきて、その中から更に良さそうな、ドライフルーツに向いてそうなのを厳選して作った、とっておきのドライフルーツを一切の遠慮なしに使った、コスト度外視の一品だからな。
こんなもん高級店っていうか、ホテルとかそういうとこでしか販売できねぇだろってくらいの高価格になっちまう代物で……まぁー、腕自慢っていうか、客寄せというか宣伝用のものなんだよな。
……まともに採算を取ろうとしたら、その一欠片で500円とか……下手したら1000円とか2000円とかの値を付ける必要があるかもしれねぇな。
しっかり計算してねぇからアレだけど……うん、そんくらいにはなるだろうな」
俺の言葉を受けてかレイさんがそんな……なんとも凄まじいことを言ってきて、俺はそんな高級品をこんな遠慮なしに食べているのかと、静かに戦慄する。
俺はまだ一切れ目で、レイさんも今ようやく一切れ目に手を出した所で……レイさんの話を聞いていたのかいなかったのか、テチさんとコン君は10切れとか20切れに届きそうな勢いで……。
糖分のことも考えて、その一切れだけで自重することにした俺がフルーツティーへと手をのばす中……テチさんとコン君はその勢いを失うことなく、無我夢中のまま、何も言葉を発さないまま……パーティが終了となるその時までビスコッティを食べ続けるのだった。
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