第156話 パーティの締め


 テチさんとレイさんの器にもフルーツポンチを盛り付けて……そしてコン君が用意してくれた自分の器にも盛り付けて。

 そうこうしているうちに結構な量を用意したはずのフルーツポンチは売り切れとなり……それから俺は自分の器の中に残ったフルーツポンチをゆっくりと堪能していく。


 白玉フルーツポンチというのは、それだけでもう完成された、美味しいデザートだ。


 フルーツとサイダーだけでも、フルーツの美味しさをうんと引き上げてくれるなんともたまらない組み合わせだというのに、そこに更につるつるとしていてくにくにとしていて、くせになる食感とほんのりとした甘みで楽しませてくれる白玉を追加してしまうのだから、なんとも罪深い。


 そんな味と食感の天国に更に炭酸の刺激までが加わって……飽きることなく一気に、最後の一滴までを惜しむように食べ尽くしてしまうような代物だ。


 そこに更に梅シロップを加えると、その酸味がまたなんとも良い具合に食欲を刺激してくれて、刺激された食欲のままにスプーンを動かし……そうやって完食したなら、俺よりも何倍も早く完食してしまっていた、テチさん達のために、次の品を用意すべくゆっくりと立ち上がる。


 次の品……梅シロップシャーベット入りのボウルを冷凍庫から取り出し、居間へと持っていく。


 これはもうシンプルに、特に工夫もなく普通に食べてもらうためのもので……皆に器に盛り付けたなら最後に残ったシャーベットを綺麗にすくいあげ、自分の器へと盛り付ける。


 それからゆっくりと……その爽快さの極みといった味と、強烈な冷たさと、あっという間に口の中で溶けるシャーベット特有の食感を楽しんでいると……レイさんがニヤリと笑ってから声をかけてくる。


「ふっ、やっぱり冷たいものが続いたな。

 デザートって関係上そうなるんじゃないかと思っていたんだが……更に続くとなると腹が冷え過ぎちまう。

 ってことで、シャーベットの後はオレが用意した一品を食べてもらうぞ」


 なんてことを言いながら立ち上がり……配達車の方へと歩いていって、そこからお重箱を持ってきて、居間に置く……のではなく台所へと向かい、オーブントースターでその重箱の中身を焼き始める。


 するとすぐに独特の、お餅の匂いが漂ってきて……パティシエなのにお餅なんだなぁと俺が驚いている中、レイさんがお皿に盛り付けた焼き立ての餅と、箸を人数分、居間へと持ってきてくれる。


 その餅はどうやら中に何かが入っているらしい。

 それなりの厚みで円状で中に何か入っていて……甘い匂いがする辺りから察するにどうやらあんこが入っているようで。


 更に梅の香りもふんわりとそのお餅から漂ってきていて……お皿と箸を受け取った俺は、早速箸でそのお餅を半分に割ってみる。


 すると中からは白あんがとろりと姿を見せてきて……ただの白あんではない、梅シロップを混ぜたらしいほんのりと色のついた白あんがなんとも良い香りを漂わせてくる。


「この餅は昔に……ある地方の餅菓子を勘違いしたまま再現したものでな。

 ……梅ヶ枝餅っていういかにも梅を使ってそうな名前の餅があって、梅の餅ってどんな餅だよ、どうしたら美味くなるんだろうと、そんなことが気になって……色々試作を繰り返した後に、詳しく調べてみたら、実は名前に梅がついているだけで、中に梅が入ったりはしていなかった……という、なんとも言えない悲劇の果てに生まれたものなんだ。

 基本的には白あんの餅なんだが、白あんに梅シロップや梅肉を混ぜていて、少し酸っぱさが強くしてある感じだな。

 それと風味付けに砕いたクルミを混ぜていて……富保さんの良いクルミを使わせてもらったよ。

 という訳でまぁ、温かいうちに食べて、一旦腹を落ち着かせてやってくれよ」


 と、レイさんはそう言ってから台所にもう一度向かい……お湯を沸かし、急須を用意し、お茶を入れる準備を整え始める。


 焼き立ての温かいお餅と、淹れたてのお茶。

 それらがあれば確かに腹が落ち着いてくれそうだと、そんな事を考えながらその餅を口の中に運ぶ。


 すると確かに説明の通りに梅の香りと酸っぱさと、餡の甘さが口の中に広がってくれて……餅を噛んでいると、そこかしこに散りばめられているらしいクルミの欠片が確かな歯ごたえと風味を伝えてくれて……うん、不思議な美味しさだなぁと、そんなことを思ってしまう。


 お餅にあんこと言えばやはり甘さが大事で、甘さでがつんと攻めてくるのが王道で……こんな風に変化球というか、酸っぱさや風味などで攻めてくるのはとても珍しいように思えてしまう。


 美味しいは美味しいのだけど、王道ではなく、すんなりと美味しいと思うよりは不思議な美味しさだなぁと思ってしまう、そんな味で……それを飲み下すと、冷えたお腹の中がほっと温まり……梅の力なのか口の中と胃の中がさっぱりとしたような感じになる。


「科学的な根拠があるかは知らないが、昔から胃腸には梅が良いって言われてるからな。

 温めた上で梅も摂取したら、それはもう楽になるはずだろうよ。

 という訳でほれ、梅茶だ、これも飲んどきな。

 おっと、梅昆布茶じゃないぞ、ちゃんとしたお茶に梅干しを入れたもんで……これも中々どうして悪くないんだよ。

 ……前に良い玉露でやった時はそれはもう美味しいっていうか、罪の味がしたからなぁ……機会があればお前たちにも飲ませてやるよ」


 なんてことを言いながらレイさんは、人数分の湯呑みをお盆に乗せて持ってきてくれて……俺達はそれぞれお礼を言いながら湯呑みをとって、ゆっくりと温かい梅茶を飲んでいく。


 飲んで飲んで、ほっと息を吐いて……と、そうしていると、段々とテチさんとコン君の目に強い光が……力の籠もった光が宿り始める。


 お腹が温まって準備万端ということなのか、しょっぱめの物が続いて甘いデザートを求め始めたのか……その目はどんどんと力を強くしていって……


 その目を見て俺は、いや、そんな風に期待されても、そこまでのものは用意してないんだけどなぁと、そんなことを考えながら怯む。


 怯みながらも、出来ることはすべきだろうと立ち上がり……残りの品、梅シロップヨーグルトとのし梅と、梅サイダーと梅サワーを持って居間へと戻る。


 それらの品をちゃぶ台の上に並べるとすぐにテチさんとコン君と、それとレイさんが手を伸ばしてきて……あっという間に、本当にあっという間に用意したデザート達が全滅していってしまう。


 これは獣人の食欲を舐めていたというか、もっと用意すべきだったかなぁと、そんなことを考えていると……またもニヤリと笑ったレイさんが立ち上がり、配達車の方へと向かっていく。


 どうやらまだまだ用意してくれた何かが……レイさん特製のデザートがあるようで、残弾全てを吐き出してしまった俺は、そんなレイさんの方へと視線を向けながら……その何かがテチさん達を満足させてくれることを、心の奥底から本気で期待し、祈るのだった。

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