第158話 パーティ後の密談


 ビスコッティを食べ終えて、フルーツティーをゆっくり飲んで……そうやってパーティ後の余韻に浸っていると、たくさん食べたからとテチさんとコン君が庭に出て棒を構えての運動をし始めて……それを見たレイさんが立ち上がり、台所へと向かいながら……こちらに向けてちょいちょいと、小さくその手を振ってくる。


 こちらに来いと、そう言っているかのようなそんな仕草を受けて、ゆっくりと立ち上がって台所に向かうと、レイさんは庭の方の様子を伺いながら、俺だけに聞こえるような小さな声を上げる。


「一応お前にだけは知らせておこうと思ってな……うちの叔父のことなんだがな」


 叔父。レイさんとテチさんの叔父さん。

 確か以前……テチさんに早く結婚しろとかどうとかせっついていた人……だったかな?


 あまり良くない生活をしていて、結婚もしていないとかで……テチさんが悪く言っていたような……気がする。


 そう言えば俺達の結婚式には来ていなかったような……?


「叔父さん、ですか。

 結婚式では見かけなかったようですが……?」


 俺がそう返すとレイさんは、苦笑いをしながら頷き、話の続きをゆっくりと語っていく。


「そうだ、結婚式にも来ないで祝いの品も寄越さないで、文句だけつけてくるような叔父がいてな、そいつが今更になってお前ととかてちの結婚に反対しているようなんだよ。

 純血の獣人じゃなくなるだのどーのこーの言ってな……全く馬鹿らしい話だよ。

 同じ島国に何千年も前から一緒に住んでて血が混じってない訳ねぇだろうにな?

 だってのに叔父はそんなことを言っていて……ま、とにかく何でも良いから難癖をつけたくて仕方なくて、そんなお題目を掲げてるだけなんだろうけどな。

 自分は結婚できねぇのにとかてちの結婚の世話を……自分の都合の良いようにしようとしていたってのにそれをご破産にされて、顔に泥を塗られたのが気に食わねぇって所か。

 ついでにご立派なお相手からいくらかの金がもらえるはずだったのに、それすらもなくなって……それでお冠らしい」


「それはまた……なんというか、なんと表現したら良いのか困る感じの方なんですねぇ」


 レイさんの話に驚くやら呆れるやら、思わず苦笑いを浮かべながらそう返すと……レイさんは意外そうな表情をしながら言葉を返してくる。


「……そんな言い方をしている割に、平然としてるっつーかあんまり気にしてねぇって感じだな?

 もしかしてこの話、すでに知ってたのか?」


「いえ、変わり者の叔父さんがいるとはテチさんから聞いていましたが、そこら辺の話は初耳ですね。

 初耳ですけど……まぁ、その程度のことなら気にする必要もないかなって」


「気にする必要も無いと来たか……お前って何気に肝が座ってるよな? 子供の頃のエピソードとか、この家を継ぐって決めた時のエピソードとか、獣人であるとかてちとの結婚をあっさりと決めたこととか……」


「いやぁ……この程度ならまぁ、はい、慣れっことまでは言いませんけど、平気ですよ。

 前の職場ではもっとアレっていうかおかしいっていうか……愉快な人たちを相手にしていたので」


「……そんななの? 門の向こうの立派な会社ってそんな感じなの?

 その若さでそこまで胆力が鍛えられるもんなの?」


「んー……まぁ、こう……億とかそれ以上の単位の話が飛び交っていたり、もしここで変なミスしたら数千万が飛んでしまうって仕事をしていたり、そうした金に目のくらんだ欲に駆られた人を相手にしていたりしましたから……確かに度胸だけはつきましたね」


「怖いわー、うちの義弟思ってたより怖いわー……。

 ……まぁ、あれだ、心配させるような言い方をしたが、問題はねぇんだよ。

 お前達がどうこうしなくても解決するっていうか……何よりうちの両親がガチで切れてるからな。

 切れたまんまあれこれと動いてるみたいで、ここまで話が来る前に解決するはずなんだが……それでも一応知らせるだけ知らせておこうかとな」


「……そうなんですか。

 なんだかお義父さんとお義母さんに迷惑をかけたようで申し訳ないですね」


「いやいや、逆だろ、逆逆、こっちが迷惑かけたんだよ、こっちが。

 まぁ、うちの両親としちゃぁようやくとかてちが手に入れた幸せを壊す気かって怒りがあるし、式に参列して祝ってくれた皆の想いを何だと思ってるんだってのがあるし……その上での怒髪天だからな。

 任せておけば大丈夫……なはずだ、式に来てくれた親戚一同も味方してくれてるしな。

 ……どっかの家に座敷牢を作ってそこに押し込んでしまえなんて話まで出ているらしくてな、考えが古い連中を怒らせると怖いもんなんだなって再確認した気分だよ」


「……大丈夫なんですか? それ?

 監禁罪ということになって警察に逮捕されちゃったりしたら、逆に叔父さんがでかい顔をするようになるんじゃぁ……?」


「ん? ああ、ああ、大丈夫大丈夫。

 そこはほら、自治区の特権みたいなもんだから、法律の拡大解釈とか裁判官の柔軟な姿勢とかでどうにでもなるから、問題ねぇよ。

 流石に殺すとかまで行くと問題になるだろうけどな」


「……それってつまり、仮の話ですけど、俺やレイさんが何かやらかした場合は、同じような目に遭うってことじゃぁ?」


「それはまぁ、そういうもんだろ。

 欲に駆られて悪いことして周囲に迷惑をかけたなら、相応の報いってのがあるもんだよ。

 悪意の無いミスだとか、誰かに騙されてとかなら、そこまでのことにはならないし、同情も出来るんだが……あの叔父の場合は、純粋な悪意でもって動いちまってるからなぁ。

 ……まぁ、そういう訳だから一応注意してくれ。

 それと……とかてちには知られないようにしてくれ、あいつのことだ、この話を知ったが最後、棒を構えて叔父の家に突撃しかねんからなぁ」


 そう言ってレイさんは表情をいくらか青ざめさせ身震いをして……何か恐ろしいものを見やるかのような態度で改めて庭へと視線をやる。


「いや、まぁ、以前電話があった時も、冷静に敬語で返していましたし……テチさんは確かに気が強い方ですけど、そんな無茶をしたりはしないですよ。

 するにしても俺やレイさん、それとご両親にも相談はするはずです」


 と、俺がそう言うとレイさんは庭から視線を戻して俺の方を驚きでいっぱいといった表情で見やり……そうしてからにやりとした笑顔を浮かべる。


「はっはっは! そうかそうか!

 もうオレよりもお前の方がとかてちのことを分かってんだな!

 いやはや、まったく、惚気られちまったなぁ!」


 笑顔を浮かべてそんなことまで言ってきたレイさんは、俺の肩をバンバンと叩いて……そうしてから「コーヒーでも飲まなきゃやってられん」なんてことを言いながらコーヒー用のお湯を沸かし始めるのだった。

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