第146話 たまには冒険を
コン君のお母さんが作ってくれたエコバッグを片手にスーパーに向かうと……スーパーの駐車場のあちこちに普段は無いのぼりが立っていた。
『エコポイントサービス開始!』
『今ならエコポイント10倍!』
『今年からエコに取り組みます! 詳しくは店員まで!』
なんて感じで。
それらののぼりが醸し出す雰囲気は明らかに俺が知っているエコポイントは全く別種のもので……その雰囲気からなんとなく、だいたいのことを察した俺は、俺と同じようにエコバッグを持っている他のお客さんと一緒にスーパーの中に入っていく。
すると入り口を少し進んだ所に、いつもはいない店員が立っていて……エコバッグを持ってきたお客さんに同じ説明を繰り返し続けている。
「エコバッグは会計までは畳んでおいてくださーい! 会計の際に広げて見せてくださればOKでーす!
買い物をする品はいつも通り、買い物かごの中にお願いしまーす!
そしてポイントカードはこちらで配布しておりますので、カードの受け取りはこちらでお願いしまーす!」
と、そんな感じで。
これはもう確かめるまでもなく明らかというか、ただただこのスーパーが始めたポイントカードサービスに『エコポイント』という名前をつけたんだろうなぁというのがその時点で分かってしまって……俺は苦笑しながら店員さんの下に向かい、ポイントカードを受け取ってから、いつも通りにまずは野菜売り場へと足を進める。
「ねー? 本当にエコポイントやってたでしょー?
オレはよく知らないんだけど、なんか門の向こうでもやってたことだから、こっちでもやろうってなったらしーよ!
……正直エコが何かって、よくわかんないけど、かーちゃんがお得で嬉しいって言ってたからさー、にーちゃんも嬉しいのかなって!」
すると足元をうろちょろと駆け回るコン君がそんな声をかけてきて……俺は笑顔をになって言葉を返す。
「うん、教えてくれてありがとう、助かったよ。
ポイントカードを見る限り、結構お得になるみたいだし、これなら……うん、このエコバッグにも活躍してもらうことになるだろうね」
「うんうん! 使って使って!
作ったのはオレじゃなくてかーちゃんだけど!
……ちなみに、にーちゃんは門の向こうでエコポイントもらったことあるの?」
「ん、んんー……いや、門の向こうでエコポイントをやっていたのは10年以上前のことで、その頃に俺は子供……だったからね。
エコポイントに関わるようなことはなかったかな」
「へー、そうなんだ!
向こうでも皆こうしてたのかなー!」
なんて会話をしながら足を進めていって……俺は周囲の様子を見ながらなるほどなぁと、内心で呟く。
こっちでもテレビをつければ普通に門の向こうのニュースを放送しているし、ドラマなどで世情をうかがい知ることは出来る。
だけれども獣ヶ森の人々にとってそれは、知ってもどうしようもない、何なら興味すらない、自分達とは全く別の世界の……決して交わらない世界のニュースであり……エコポイントのような、それなりに大きな出来事も、こんな風に適当に理解して適当に利用する程度の出来事でしかないのだろう。
10年以上前にあったことの詳細なんてまるで覚えていない。
恐らくはそれが何年前の出来事だったのかすら曖昧で、その詳細についても曖昧で調べる気もなくて……ただなんとなくのイメージでこんなものだろうという認識しかないのだろう。
それでも何人かは……向こうの世界のことに興味のある何人かは、エコポイントのことを正しく覚えていたり、あるいはスマホなどで調べたりもしているのだろうけど……それをわざわざ口にしたり、スーパーに連絡したりすることもなく、我関せずといった様子でこの騒ぎを漠然と眺めているだけ……。
獣ヶ森の人々は既に、ゴミ分別やリサイクルなどでしっかりと出来ているし……エコ意識を高める云々の必要もなく、エコポイントなんて名前を使う必要もないのだけど……なんか昔そんな単語を耳にしたからと、門の向こうでエコバッグなるものが流行っているからと、そんな程度の理由で今回のことを始めたのだろう。
門の外で暮らしていた人間として、これをエコポイントというのは間違いですよ、とそんなことを言うことも出来たのだろうけど……そんなことをしても何の利益もないし、空気を読めという話だし……買い物をする度にポイントがもらえること、それ自体は喜ばしいことなので……うん、何も言わずに黙っておくとしよう。
と、そんなことを考えた俺は、改めて門のこちらとあちらの認識の違いというものを痛感しながら……鮮魚売り場へと向かい、野菜梅肉チーズピザにどんな魚を使おうかなと眺めていく。
あっさり系だからあっさりとした魚が良いか、あえてこってり目でいくか。
梅肉との相性が良いと言えばイワシで……アンチョビピザと思えば中々悪くないかもしれない。
未だに並んでいるサクラマスも……うん、ここのサクラマスは本当に美味しいから悪くなさそうだ。
そしてお義母さんが美味しく調理してくれたウナギも並んでいて……向こうで買ったら数千円はするだろうという上等なウナギが、そのままだったり開きだったり、蒲焼きの状態だったりで売られている。
まさかのウナギピザ……?
そんな贅沢で冒涜的な選択肢もありなのかと、眺めていると……いつもの台をもってきて、それに乗っかってぐいと鮮魚売り場の冷蔵庫を覗き込んだ、コン君が元気な声を上げ始める。
「あ、フグあるじゃーん! フグも美味しいよね!」
フグ? フグって……今頃が旬なんだっけ?
ああいや、こんな山の中まで郵送してることを思えば当然冷凍で、冷凍なら旬も何も無いかとコン君が見つめているフグの方へと視線をやると……まさかのまさか値札に『獣ヶ森産』との文字がある。
「んんん!? 獣ヶ森産のフグ!?」
今までもそこにあったのか、それとも最近入荷したばかりなのか……。
全く意識してなかった存在で、値札をチェックしたことも無い存在で……そんなまさかの文字が書かれた値札を見た俺がそんな声を上げると……首を傾げたコン君が不思議そうな顔をしながら声をかけてくる。
「そーだよ? ここ産だよ?
ダムの方にある……なんとかプールで養殖してるんだよ。
料理するのが簡単だからって、お店に出回るこれくらいの時期になると、かーちゃんがよく煮付けにしてくれるよ、しょうが煮付け」
「え、いや、え? コン君のお母さんって、フグ調理の免許持ってるの??」
「え? 免許なんているの? 魚を料理するのに??」
「いやいやいや、だってフグには毒が……」
「にーちゃん、何言ってんの? フグに毒なんか無いよ??
オレ、結構好きで食べる方だけど、お腹こわしたことないもん」
と、コン君とそんな会話を繰り広げた俺は……そこでようやくフグの毒についての知識を思い出す。
フグの毒はその主食である貝などから摂取し、濃縮したものらしい……とかなんとか。
だから完全養殖で毒の無い餌を与えた場合には、無毒になるらしい……とかなんとか。
そういう訳で無毒のフグは普通に手に入るのだけど『フグは無毒の魚』という勘違いが広まってしまうと、野生のフグを食べて中毒になった、なんて事故が起きかねないので、今でもフグの調理には、それがたとえ無毒のフグであっても免許が必要ということになっていて……更には無毒フグなどといった宣伝をしてはいけないとか……なんとか。
そこら辺のことに関しては正直、聞きかじっただけの素人でしかないので、はっきりしたことは言えないのだけど……獣ヶ森の住民達が野生のフグ……海に住まうフグに触れることは流通段階で厳しく制限しておきさえすれば、ほぼありえない訳で……養殖のフグしか手に入らないのであれば、そういった勘違いが起きても全く問題ない訳で……。
更に日本の法律が通用しにくい自治区という特殊な環境も合わさって、ここらではフグは無毒の魚だという認識でも全く問題は無いということになっているらしく、調理免許も必要無いということになっているのだろう。
そしてそんな養殖フグの値段を見てみれば……とてもとても、門の向こうでは考えられないくらいにお安くて、俺はついついそんなフグに手を伸ばしてしまう。
手を伸ばし持ち上げ、買い物かごに入れてしまってから、フグピザ? それは本当に美味しいのか? と、そんなことを考えた俺は……まず間違いなく美味しいだろうイワシを保険のために手に取り、ついでにちょっとだけ試してみたくなった一人前に切り分けられたウナギの白焼きも手に取る。
そうしてこれからピザを作るとは到底思えない品々を買い物かごに入れた俺は……美味しくなってくれるといいなぁと、そんなことを考えながら、レジへと向かうのだった。
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