第144話 梅ジャムの活用法
「ほんのり甘くて、強烈にすっぱくて……美味しいと言えば美味しいが、こんなもの一体どうやって食べたら良いんだ?」
出来上がったばかりの、青梅らしいしっかりとした果肉の食感を味わえるジャムを食べたテチさんが、驚き半分すっぱさ半分といったような、複雑な表情をしながらそう言ってくる。
「ん、それはもちろんジャムとして食べるんだよ。
トーストに塗ってすっぱいすっぱい言いながら食べても良いし、クラッカーに塗って食べても良いし。
きんっと冷やした炭酸水に入れて夏バテ防止梅ジャムサイダーにしても良いし……梅ジャムドレッシングにしてサラダとかにかけても美味しいね。
それとやっぱりジャムと言ったら、肉料理だよね」
調理用アルコールで消毒した瓶にジャムを入れて、鍋に入れて煮沸を消毒をして、脱気をして……そうやって作業を進めながら俺がそう返すと、すっぱさで顔を歪めていたテチさんとコン君が興味津々といった様子で視線を向けてくる。
そんな視線を受けて俺は、苦笑しながら肉料理についてを説明していく。
「梅だからシソっていうか、大葉との相性抜群なんだよね。
梅ジャム、すりおろしショウガ、すりゴマ、お酒と醤油辺りを混ぜて、それを塗りながらトンテキを焼くともうさっぱりとしたソースの美味さが美味しさを一段も二段も上げてくれるし……そのさっぱりとした味から肉巻きのソースにするのも悪くないかな。
夏野菜のナスとかを豚肉で巻いて、フライパンとかで焼きながらソースを塗って……。
後は大きめの粒コショウを荒く砕いたのを入れてピリ辛梅ジャムソースとか、いっそ梅ジャムソースで煮込んでの煮豚とか。
梅ジャムソースに漬け込んでのからあげもたまらないよねぇ。
夏についつい食べたくなるさっぱり爽やか肉料理になるっていうか、食欲増進メニューになってくれるというか……この酸っぱさも上手く使えばたまらない美味しさになってくれるんだよ」
そこら辺で俺が一旦説明を切ると……テチさんとコン君はよだれを口の中に溜め込みながらじぃっと……何も言わずにじぃっとこちらを見つめてくる。
無言の圧力、無言の要求。
今すぐにそれらの肉料理を食べてみたいと言っているかのようで……俺は苦笑をしながら説明を続ける。
「完熟梅のジャムだともう少し甘くなって、普通に食べられるというか、デザート感覚で味わえるんだけど、青梅ジャムはそのすっぱさを楽しむか、料理に使うかってのが定番になるんじゃないかな。
……で、二人がご所望の梅ジャム料理だけども……もう少しで夕食の時間だし、コン君も家に帰らなきゃいけないだろうから、また明日に―――」
また明日にしよう。
そんな言葉を俺が言いかけた時、テチさんがずいと身を乗り出して片手を上げて、手のひらをこちらに向けてくることで言葉を遮ってくる。
言葉を遮り、流し台上の棚の中から空のタッパーを取り出し……それを俺にぐいと差し出してくる。
「良いじゃないか、今から作れば。
今から作ってコンには家に持って帰ってもらって……家族と一緒に楽しんでもらえば良い。
そして私達は私達で楽しめば良い。
そこまで詳細に説明をしておいて、今更お預けなんて、そんな酷い真似は絶対に認めないぞ」
差し出したままテチさんは、そんなことを言ってきて……その言葉を耳にしたコン君はいつもの、目をぎゅっとつむっての笑顔になりながら、そうだそうだとばかりに力強く頷く。
それを受けて今日一番の苦笑をした俺は、タッパーを受け取ってから……さて、何を作ったものかと頭を悩ませる。
唐揚げは……漬け込むにしても揚げるにしても時間が足りない。
肉巻きは……在庫の野菜がちょっと足りないかもしれない。
トンテキは……確か冷蔵庫に十分な量の豚肉があったはず。
そう考えて頷いた俺は……まずはソースを作るかと、脱気したばかりの瓶の中からいくらかのジャムを取り出し……ソース作りを始める。
ソースはさっき二人に説明したもので良いだろう。
梅ジャムとしょうがの相性はかなり良いので、おろしショウガは必須、チューブのものでもいいから用意して、すりゴマも市販のものでいいから用意して、大葉は細かく刻んだものを入れて、酒と醤油もしっかり入れて……ついでにごま油も数滴、香り付けとしていれてみる。
ニンニクなんかも悪くはないんだけど、臭さで苦しんだテチさん的には嫌かもしれないと控えることにして……それらを適当に混ぜ込んだら、豚肉の準備だ。
準備といっても、焼いた時に丸まらないように、肉叩きで叩いて、肉と脂身の中間、筋の辺りを切っておくくらいのもので、特に難しいことは必要ない。
そうしたならフライパンを準備して、まず片面をしっかり焼いて、裏返したら弱火にして……蓋をしてじっくり熱していく。
熱したら蓋をあけて、中にたまった余計な水分をキッチンペーパーで拭き取り、拭き取ったなら用意したソースを流し込み……これまた弱火でじっくりと、ソースが煮詰まるまで火にかける。
この際刻み唐辛子を入れても良いし、さっき言ったように粒コショウを荒く砕いたのを入れても良いし……そんな感じのピリ辛との相性の良い梅ジャムなのだけども、今回は辛さは無しにしておこう。
なんてことを考えながら豚肉を煮詰めていって、煮詰まったなら適当な野菜と一緒にお皿に盛り付けて完成……なのだけど、その前にコン君のお家、三昧耶さん一家の分から用意することにする。
焼き上がったトンテキを結構な量のソースと一緒にタッパーに詰めてコン君に……「ソースと一緒にフライパンで再加熱してね」との言葉を添えて、持ち運びやすいように袋に入れた上で手渡す。
するとコン君は全開の笑顔で、
「にーちゃん、ありがとう!!
早速かーちゃんとこに持ってくから……今日はこれで帰るね! またね!!」
と、そう言ってテテテッと我が家の外へと、自分の家の方へと駆けていく。
そんなコン君の後ろ姿を笑顔で見送ったなら……物凄い表情で、こっちだって早く食べたいのにという表情で、こちらを睨んできているテチさんのために、手早く二人分……人間用の一人前と、獣人用の一人前……俺の3倍程の量の豚肉を使ってのトンテキを用意していく。
用意したならトンテキの配膳をテチさんに任せて、俺はご飯と味噌汁の準備をして……それらを居間へと持っていって……そうやって夕食の準備を進めていく。
配膳を終えたテチさんが先に居間のいつもの席に腰を下ろして……それから俺が準備する間中ずぅっと、ちゃぶ台の上にあるトンテキをにらみ続けていて……今にも二人分のトンテキを食べてしまいそうで。
そんなテチさんのために俺は手早く準備を終わらせて、駆け足でもっていつもの席へと腰を下ろす。
するとテチさんは、俺が落ち着くのを待つことなく手を合わせて早口での「いただきます!」との挨拶を、勝手にというか一人っきりでさっさとしてしまうのだった。
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