第143話 梅ジャム
一袋二袋三袋と次々に梅を梅干しにするための処理をしていって、冷蔵庫にパックを敷き詰めて……そうして作業が終わったとばかりに片付けを始めるとコン君が、水を張ったボウルの中に残った青梅をじぃっと見つめてから、首を傾げながら声をかけてくる。
「にーちゃん、梅が残ってるよ?」
「うん、それは何か梅干し以外の加工品にしようかと思ってね……ジャムは青梅じゃなくて完熟梅で作りたいから、また完熟梅を買ってきた時に作るつもりで……それは梅酒か梅シロップにでもしようかな」
そう俺が言葉を返すと、コン君は首を傾げたまま、なんとも不満げに頬を膨らませて、頬を膨らませたまま器用に声を返してくる。
「お酒かー、お酒は飲めないもんなー。
お酒よりなー、ジャム食べたいなー、ジャムー!」
「えぇっと、シロップとかは水とか炭酸水で薄めると梅ジュースって感じで美味しいんだけど……それでもジャムが良い?
青梅のジャムは……すっぱいよ、完熟梅でも結構すっぱいけども、青梅だと一段とすっぱいよ? 口がきゅっとなるよ?」
そんなコン君の俺がそう返すとコン君は、それでも良いのか首を傾げるのをやめて力強く頷いてきて……そういうことならばと俺は、梅ジャム作りの準備を始める。
準備と言ってもやることは至ってシンプルで、アク抜きした青梅を包丁かナイフで半分に切っていって、種を取って果肉だけにしていって、後は他のジャムと同様に砂糖を入れて煮詰めれば良いだけ。
イチゴと違って種を取るのは面倒ではあるけども……それも慣れてしまえばあっという間に出来ることで、そこまで面倒という訳でもなかった。
という訳で、包丁を片手にぱっぱと下処理をしていって……ホーロー鍋を用意したなら、コンロでもって青梅と大量の砂糖を焦がさないようにじっくりと煮詰めていく。
青梅にせよ完熟梅にせよ、梅のジャムというものは……極々当たり前のことではあるのだけども、とにかくすっぱくなるものである。
それを防ぐには砂糖をたくさん入れれば良い訳だけど……あんまり入れすぎると味がくどくなるし、結局はイチゴジャムとかと同じくらいの量が一番だと……個人的に思っている。
多すぎると健康的にもアレだし……すっぱいのを覚悟で、すっぱいからこその梅ジャムだと思って……という感じだ。
完熟梅だといくらかすっぱさがやわらぐのだけど、青梅だと中々に強烈なものなんだけど……果たしてそれにコン君が耐えられるのかは……うん、実際に試してみるしかないんだろうなぁ。
なんてことを考えながら梅を煮詰めていくと、梅の爽やかで酸っぱい匂いが強く立ち上がってきて……台所どころか家中に充満していく。
するとコンロの近くに椅子を置いて様子を見守っていたコン君は……その匂いで過去の経験を……梅干しなどを食べた経験を思い出したのだろう、口の中をよだれでいっぱいにして、ごくりと喉を鳴らす。
梅の味を思い出した時に、嫌でも起こるその現象は俺にも起きていて……そうして俺達は梅の匂いに包まれたことにより、何度も何度も喉を鳴らすことになる。
そうしてしばらく煮詰めていると、終業の時刻となったのか、テチさんが帰ってきて、手洗いうがいをしてからこちらへとやってきて……テーブル横の椅子に腰を下ろしてから、大きく深呼吸をし……最後に大きなため息を吐き出してから声を上げてくる。
「……ああ、梅の匂いがこんなにも良い匂いだと思ったのは初めてのことだよ、まったく……。
おかげで助かったというかなんというか……いくらか気分が紛れてくれたな」
その言葉の内容は唐突というかなんというか、脈絡のないもので……何かを思い出したらしいコン君がへにゃりと耳と尻尾を垂れさせる中、首を傾げた俺は問いを投げかける。
「……畑の方で何かあったの?」
するとテチさんは顔を上げて、目を丸くしながらこちらを見てきて……そうしてから「ああ、そうか、知らないのか」と、そう言ってから言葉を返してくる。
「……今の時期は栗の花の開花の時期なんだよ。
他の地域はもう少し早いのかもしれないが、獣ヶ森では今がピークでな……畑ではもう、そこら中が栗の花まみれで、酷いことになってるんだ」
「酷い……?
栗の花の画像を見たことあるけども、しだれ桜みたいで綺麗だったような……あ、いや、そうか、匂いか。
栗の花って臭いんだっけ?」
俺がそう返すとテチさんとコン君は、うんざりとした表情でうなだれてしまう。
人間よりも嗅覚が優れていて匂いに敏感な獣人にとっては、人間の嗅覚でも臭いと感じる栗の花の匂いは中々強烈なようで……仕事だからと我慢はしているものの、コン君もテチさんもそんな風になってしまう程に嫌いなようだ。
「……ちなみにどんな匂いなの?」
そんな風になっている二人に俺がそう問いかけると、二人は同時に顔を上げてきて異口同音に、
『タケノコのアク汁をひどくした匂い』
と、そんなことを言ってくる。
タケノコのアク汁……アク取りをした後のアレのことか。
タケノコの季節に何度かアク取りをしたことがあるけども、たしかにあれは中々きつい匂いで……それをさらにひどくしたのを、テチさんとコン君はその鼻で嗅ぐことになってしまっているのか。
そしてそれが異口同音に、打ち合わせた様子もなくぱっと出てくるということは、それがもう共通認識というか、当たり前のたとえ方になっているようで……そんな風になる程に、二人はその匂いに苦しめられてきたんだろうなぁ。
……ならば香水で、とか、匂い袋を作って……とかを考えたけども、畑中が花だらけの中で、そんなことをしても焼け石に水、大した効果もなさそうだなぁ。
……そういうことならせめて、家の中では良い香りを堪能できるように、こういう果物ジャムとか、あるいは香りの強いハーブとかスパイスを使った料理とかを作っていくかと、そんなことを決意して……そうこうしているうちに青梅のジャムがいい感じに仕上がってくる。
そうしたなら小皿を用意し、鍋の中をかき混ぜていた木べらでもって出来上がったジャムをすくい上げて小皿に乗せて……あつあつでどろりとしているそれを口の中へと流し込む。
すっぱい。
すごく、すっぱい。
いや、当たり前のことなんだけどすっぱい。
思わず口がきゅっとすぼまる。
何ならすっぱすぎて頬が痛くなってくるくらいだ。
そんな俺の状態を見て……それでも好奇心が勝ったのか、コン君とテチさんがそれぞれ小皿を差し出してきて、俺は無言でそれらの小皿に梅ジャムを盛り付けていく。
すると二人はすぐに、やめておけば良いのに勢いよくそれを口の中に流し込んで……そうしてから悲鳴に近い声を張り上げる。
「すっぱぁぁーー!!」
「すっぱすぎないかこれ!?」
最初にコン君が、続いてテチさんがそんな声を上げて……そんな二人の声に笑いながら俺は……良いジャムになったと頷き、瓶詰めの準備を始めるのだった。
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