第五章 梅仕事とか冷凍保存とか

第140話 梅


 青梅には毒があるらしい……のだけども、それはほんの微量で、とんでもない数の青梅を食べなければ問題はないらしい。


 専門家ではないので詳しいことはよく分からないが……そういう訳で青梅をそのまま食べたりしたことはなく、なんらかの加工品ばかりを、毎年のように食べてきて……結果俺にとって梅は大好物の一つとなっている。


 塩っけたっぷりですっぱい梅干しはそのまま食べるのも良いし、炊きたてほかほかご飯に乗せて食べるのも良いし、梅肉にして料理に使うのもいいし、イワシなどの煮込み料理に使うのも大好きだ。


 本当かどうかは知らないけども、凄い殺菌力があると昔から言われていて、お弁当に入れておけば傷むのが遅くなるそうで……弁当などには必ず入れていたし、これまた本当かどうかは分からないけども、殺菌力があるからとお腹を下した時にはかならず梅干しを食べるようにしていた。


 下痢やら胃腸風邪やら、とにかく上から下から大変なことになった時には、梅干しを潰して白湯に溶かして、ほんのり梅干し味となった白湯をゆっくりすすって……そうやっていると早く治るような気がして、力が湧いてくるような気がして……すすっているうちに治ってくれて。


 どうしようもない程に酷い風邪を引いた時なんかも、梅干し白湯に頼ってしまっている程で……梅干し白湯に飽きた時には、薄めに淹れた梅昆布茶をすすったりもして。


 体調が悪くない時でも、たとえば朝一番に梅干しご飯を食べれば目が覚めてシャキッとした気になれるし、梅ジャムトーストで甘くて酸っぱい強烈なその味で同じような目が覚めた気分になれるし、梅シロップを炭酸水で割っての梅ジュースも中々どうして悪くない。


 ちょっとのコンブと梅を漬け込んでの梅醤油とか、刻み梅肉を混ぜての梅味噌とか、梅酒ももちろん悪くなくて、市販の味付け海苔に梅酢をさっと塗ってご飯と一緒に食べるというのも中々罪な味がして……この時期に頑張れば一年中、梅の味を楽しめるという訳だ。


 保存食があまり発展しなかった日本においても、梅仕事なんて単語が出来るくらいには梅は重宝されていて、様々な加工法が模索されていて……もしかしたらまだまだ俺の知らない活用法があったりするのかもしれない。


 そういう訳で翌日、追加の買い出しをすべくスーパーに向かった俺は……スーパーに山積みとなっていた梅を……南高梅を発見し、すぐさまスマホを取り出し、レイさんへと電話をかける。


『なんだ? どうした? スイーツの注文か?』


 レイさんはすぐに応答してくれて、そんな声を返してくれて……俺は南高梅の質をじぃっと見つめることで確かめながら言葉を返していく。


「いえ、あの、使っていなかったら配達車を借りたいなと思いまして」


『へぇ? 何か買い物でもしたくなったのか?』


「はい、スーパーに南高梅が出ていまして……今、ツヤとか傷とかを見ているんですけど、悪くなさそうですし、大量に買いたいなと思いまして……。

 追々自分の車を買おうとは思っているんですが、それはまだ先のことになりそうでして、ご迷惑でなければお借りしたいのですが」


『梅か! そりゃぁ保存食作りを趣味としているものとしては見逃せないよな!

 梅……梅か、洋菓子にはあまり使わないものだが、全くって訳でもないし……店としても挑戦するのも悪くないかもな。

 よし、ちょっと待ってろ、今からそっちに行くから……多分10分か15分くらいでいけるはずだ』


「ありがとうございます!」


 お礼の言葉を言うとレイさんは『構わねぇよ』とそういって通話を終了させて……そうしてレイさんが来るまでの間に他の買い物を済ませた俺は、買い物袋を抱えたまま南高梅のダンボールが積み重なっている売り場の側で待機して……レイさんの到着を待つ。


 すると宣言通りのちょうど10分という所でレイさんが到着し……レイさんもまた南高梅をじぃっと見やり、傷がないか艶がどうか、香りがどうかなどを手に触れることなく確認していく。


「まー……スーパーに置いてるものとしては悪くねぇんじゃねぇかな。

 ここら辺の老人は皆梅干し作りをする人ばっかだから、スーパーとしても下手なもんをおけねぇんだろうな。

 傷があると良い梅干しにならねぇし……うん、香りも悪くない。

 完熟まであとちょっとって所だが、それはまぁ買った上で、こっちでしっかり管理してやれば大丈夫だろう。

 ……さて、問題はこの一番上の見せ箱以外の……下の箱の品質がどうなってるかだが……どれどれ」


 なんてことを言いながらレイさんは、梅を傷つけないようにそっとダンボールを持ち上げて……その下に積まれているダンボールの中身を確認していく。


 そうしていくつかの箱に目をつけてから……俺の方を鋭い視線で見やり「何箱だ?」と質問を投げかけてくる。


「……5箱は行きたいですね、梅干し、梅ジャム、梅シロップ……他にも色々作りたいので」


 するとレイさんは積まれた箱の中から良い梅が入っているものなのだろう、俺のための5箱と自分のための2箱を選びだし……それを一つに積み上げて、軽々と持ち上げて、レジへと持っていく。


 俺でも持てなくはない量だけども、あまりにも軽々と持つものだから俺が驚いているとレイさんは……、


「砂糖に小麦粉、果物などなど、菓子作りは材料を運ぶだけでも力がいるんだよ。

 ……しっかり鍛えておかないと腕はもちろん、腰をやっちまうから死活問題でなぁ……このくらいは軽いもんよ」


 なんてことを言ってからからと笑い……1つ目のレジに俺の分の5箱を置いて、2つ目のレジに自分の分の2箱を置く。


 そうしたならそれぞれに会計を済ませて……流石にまた持ってもらう訳にもいかないので自分でもって……買い物袋と一緒にえんやこらと運んで、駐車場に停めてあるレイさんの配達車へと向かう。


 配達車へと到着したなら荷台にダンボールをそっと置き……荷崩れしないよう荷物固定用のベルトでしっかり縛り、そうしてから買い物袋を邪魔にならない位置に適当においてから、助手席へと移動する。


「嘘か本当か、梅ってのは品種改良次第でうんと甘く出来るらしいな。

 でも酸っぱくなきゃ梅じゃないってんで、誰もそれをしないらしい。

 ……ま、甘い果物なんてのはたくさんあるしな……需要がねぇのかもな」


 運転席へ乗り込みながらレイさんがそんなことを言ってきて……俺は「へぇ、そうなんですね」なんて言葉を返しながら頷く。


 するとレイさんはあれこれと知識を語りながらエンジンをかけ始め……それから家につくまでその語りは、延々と途絶えることなく続くのだった。

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