第139話 買い物を終えて
買い物を終えて、3人で大きな買い物袋をえっちらおっちら運んで……家に帰ったなら手洗いうがいを済ませてから買ってきたものを冷蔵庫や棚やらにしまって。
そうやって片付けを進めていくと、コン君がそわそわとした様子でこちらに何度も何度も視線をやってくる。
そんなコン君の手の中には中身の詰まった買い物袋の姿があり……片付けを手早く終えた俺はそれを苦笑しながら受け取り、コン君待望の……早く食べたくて仕方ないらしいおやつの準備をしていく。
安売りの大カップゼリーを適当に、色々な味の組み合わせになるように用意して、それらをカップから出していって、出したなら一口サイズに切って、切ったものからボウルに入れて。
ミカン、モモ、ブドウ、リンゴ味のゼリーなんかを入れるとカラフルで味変も出来る感じで……そうやって一口サイズのゼリーまみれとなったボウルの中にサイダーをどぼっと注ぐ。
これが今日のおやつで、じめじめと蒸している中、買い物を手伝ってくれたコン君への報酬でもあり……じめじめしている中でも美味しく手軽に楽しめる爽やかなおやつとなっている。
本当なら寒天でも買ってきて、ゼリー自体を作ってあげたい所なのだけど、そうするにはそれなりの時間と手間が必要になるので今日は時短ということで買ったゼリーで済ませてしまう。
普通に食べたならこんなものかとなる安物ゼリーも、こうやって色々な味を組み合わせて、サイダーや薄めて飲む有名乳酸菌飲料をかけてやると別物かってくらいに美味しくなってくれるもので……おたまを用意してすくい上げて、ガラスの器に盛り付けて、ちょっとおしゃれなスプーンを用意したら、見栄えもかなり良い感じとなってくれる。
と、いう訳でガラスの器を用意して盛り付けて、おしゃれなデザートスプーンを添えた上でコン君に手渡すと……コン君は両手でしっかりと器を持ちながら、目をキラキラと輝かせて……目を輝かせたまま器の中を覗き込んだままトテトテと居間へと歩いていく。
早く食べたいからと足早になりつつも、サイダーをこぼす訳にはいかないので慎重に進み……そんなコン君を見ながら笑っていると、今度はテチさんが無言でこちらに手を差し出してくる。
……いや、まぁ、もちろんテチさんの分も用意するけども、何もそんな子供みたいな真似しなくたって……。
なんてことを思うが、まさかそれを言葉にする訳にもいかず、俺は無言で盛り付けを行い……さっきと同じようにデザートスプーンを添えた上でテチさんに手渡す。
するとテチさんは無表情ながら、その目を見開いてキラキラと輝かせて……そのままスタスタと居間へと向かっていく。
結婚してからというもの、妙に子供っぽいというか、感情に真っ直ぐというか……幼さが見え隠れしているテチさんだけども……もしかしたらアレは、テチさんなりの甘え方……なのかもしれない。
どちらかと言えばあれが素で、テチさん本来の表情で……責任ある立場となる子供達の前や、色々と迷惑をかけてしまったらしい両親の前では、本来の表情を隠して気を張った状態で過ごしていた……のかもしれない。
……まぁ、まだ新婚生活は始まったばかりだし、始まったばかりの段階であれこれ決めつけるのは良くないだろうし……そこら辺のことは追々、一緒に暮らしていく中で分かっていく……はずだ。
と、そんな事を考えながらテチさんを見送ったら、自分の分は配膳せずに、サイダーゼリーの入ったボウルと一緒にガラス器とスプーンを持って、居間へと向かう。
こんな状態のゼリーを残してしまってもしょうがないし、居間へと持っていって、ちゃぶ台の上へと置いて、自分の分を盛り付けてから一言、
「おかわりはご自由にどうぞ」
と、二人に向けて声をかける。
すると二人はスプーンを動かしながら目を輝かせて……サイダーゼリーを凄い勢いで食べていく。
食べて食べて、順番におかわりをしていって……そうしてあっという間にボウルが空になる。
俺は一皿食べれば十分でおかわりをするつもりは全く無かったけども……それにしてもまさか、俺が一皿を食べきる前に、ボウルの中身全てを食べ尽くしてしまうとは。
手作りで果実本来の風味と食感をしっかり味わえる寒天ゼリーを作ったなら、これ以上の勢いで食べられることになる訳か……。
うん、今度作ろうと思っていくつかの材料を買ってきたけども、この二人を満足させるには全然足りなさそうなので、また今度スーパーにいって材料を買い足してくるとしよう。
それとそろそろスーパーに並び始める梅も買い始めたいところだ。
梅干しはもちろん、梅ジャム、梅シロップ、梅ゼリー、梅酒などなど、作りたいものはいくらでもあるからなぁ……そろそろ着手しないと、旬の季節をうっかりと通り過ぎてしまいかねない。
……獣ヶ森の中をあまり散策は出来ていないのだけども、獣ヶ森にも梅の木と梅農園があったりするのだろうか?
もしあるなら大きな美味しい梅が手に入るかもしれないし、調べておいた方が良いかもしれないな……。
なんてことを考えながら自分の皿に残ったゼリーを綺麗に食べあげていると、そこでようやく俺がテチさんとコン君の鋭い視線が俺に突き刺さっていることに気付く。
その視線は本当に鋭く、ギラついていて……その視線はまるで、お腹が空いて仕方ない、これでは全然足りないからもっと作れとでも言いたげで……いや、結構な量を食べましたよね? 貴方達との視線を俺が送り返すと、テチさんがはっきりとした声でもって言葉を返してくる。
「……さっぱり爽やかでするする食べられたのは良いが、全然足りないと言うか腹にたまらない。
何か腹にたまる……さっぱりとしたものが食べたいな」
その言葉はなんといったら良いのか……ワガママの極地というか、矛盾を抱え込んでしまっているというか、一体どうしろと言うのかってくらいの難題で……俺は頭を抱えながらも、ボウルと空になった器を持ってゆっくりと立ち上がり、声を上げる。
「うーん……ならまぁ、何か、果物を使った……何かを作ってみるよ」
そう言いながら頭の中の古い記憶を呼び起こして……自分の知っているレシピに何か良いのがないか、子供の頃食べたおやつに何か良いのがないか……何かこの食欲魔人二人を満足させるような何かがないかと頭を悩ませる。
そうやって悩みに悩みながら台所に向かおうとした……その時、居間から見える位置にある、棚の上に置いておいた植木鉢の……扶桑の木のつぼみがポンッとはっきりとした音を立てながらぱぁっと桃色の綺麗な花びらを開き……思わず見惚れる程に美しい花となる。
とても美しい、こんなタイミングでなければ見惚れるだけでなくため息まで出てしまう程の美しさで……そんな花を見やりながら俺はボソリと呟く。
「えぇ……今、このタイミング?
本当にこれ、善行とか関係あるの?」
そのつぶやきに対しテチさんもコン君も何かを答えてくることはなく……そうして虫の声が響き渡る家の中でしばらく呆然とした俺は、もうあの木のことを気にするのはやめようと首を左右に振ってから、テチさん達のためのデザートを作るべく、台所へと向かうのだった。
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