第138話 3人でお買い物


 そうめんを食べ終え片付けを終えて……それから俺達は三人でスーパーへと買い物に行くことにした。


 車が無い以上は人力で荷物を運ぶ必要があり、人力である以上は人数が多いことにこしたことはなく……それとまぁ、新婚初日というのもあって、一緒に行動しようとなっての三人だ。


 俺、テチさん、コン君の三人で森の中の道路をゆっくりと歩いていって……そうしながらだらだらとした雑談を繰り広げる。


「そうめんは他にもゴマダレなんかも美味しいね。

 細かく擦った、たっぷりのすりゴマにめんつゆやかえしを加えて練って……ゴマドレッシングみたいにして、ネギやミョウガといった薬味を加えて、ゴマダレの中にそうめんをくぐるらせる感じで。

 濃厚なゴマダレが絡みついて、つるっとしたそうめんとの相性がなんとも言えなくて、食べているとネギやミョウガがゴマとは全く違った爽やかな味と香りを伝えてきて……。

 ゴマだからこその濃厚でコクのある味が、そうめんと薬味の味と香りを一層引き立てる感じで、めんつゆとはまた違った美味しさになる感じだね」


「む……ゴマダレは今まで一度も試したことがなかったな、そんなに良いものなのか」


「うん、夏には氷を入れて冷やしながら食べても美味しいし、個人的にはめんつゆよりも好きかな。

 そうめんのツルツルとゴマダレのドロドロ、これがまた相性抜群なんだよねぇ」

 

 俺とテチさんがそんな会話をしているとコン君が「食べたい食べたい! オレも食べたい!」と言ってきて、俺とテチさんはからからと笑って……また別の話題を繰り広げて、コン君のコメントに笑って、足を進めて……。


 そうやって歩いていると以前にもあった、町会長の芥菜さんの姿が視界に入り込む。


 以前のように家の玄関の前の駐車場に椅子を置いてそこに座って……じぃっと道行く人々のことを眺めているようだ。


「こんにちは」


「こんにちは! 芥菜のじーちゃん!」


「こんにちは、今日もお元気そうで」


 俺、コン君、テチさんの順にそう挨拶をすると芥菜さんは渋い顔のまま「ふんっ」と鼻息を吹き出し……そうしてから言葉を返してくる。


「結婚してシマリスの一族の縁者となったそうだな。

 そうするともうお前も立派なここの町会の仲間だ、追々公園掃除やらドブ掃除やら、強制参加のイベントもあるからな、顔を出すようにしろよ。

 ……それと、以前にやった扶桑の種はどうなった? もう腐らせちまったか?」


 その言葉に足を止めた俺は、芥菜さんの側に移動してから言葉を返す。


「いえ、芽が出たので盆栽用の植木鉢に移しまして……植木鉢の中いっぱいに根を伸ばして元気に育っていますよ。

 今日確認したら小さなつぼみが出来ていました」


 すると芥菜さんはその目をくわりと見開いて……見開いたまましばし硬直する。


 硬直し、なんとも言えない表情をし続けて……そうしてからゆっくりと言葉を吐き出してくる。


「そうか……つぼみか、そうか……。

 ……まー、考えてみれば仲良く楽しく幸せに暮らすってのも、善行と言えば善行か……。

 ……そういうことならそれはそれで悪くはねぇ話なんだろうな。

 おう、お前……森谷って言ったか。

 もし花が咲いて種が出来るようなことがあったら、儂んとこに持ってこい。

 間違っても他所にやったりするんじゃねぇぞ、ちゃんと持ってきたらその時はまぁ……美味い酒でも奢ってやるわい」


「はい、わかりました。

 もし種が出来たらそうしたいと思います」


「随分とまー……素直なんだな、理由もきかねぇで承諾するたぁ」


「もともとは芥菜さんに頂いたものですし、そうした方が良さそうな感じですし、お言葉の通りにさせていただきますよ。

 まぁ、まだまだつぼみの段階ですから、種が出来るとしても当分先のことなんでしょうけど」


 と、そんな会話をしていくと芥菜さんはもう一度目を丸くして……白髪で覆われた耳をぴくりと反応させて、それきり黙り込み、もう行けとばかりにしっしっと手を振ってくる。


 それを受けて俺は軽く頭を下げて……「ではまた」「じーちゃん、またな!」なんて声を上げたテチさんとコン君と共に、スーパーの方へと向かって歩いていく。


 そうしてある程度進んで、芥菜さんが見えなくなった辺りで……俺はぼそっと独り言を漏らす。


「芥菜さんも、扶桑の木は善行で育つとそう思っているんだなぁ……」


 以前テチさんから聞いたその情報は迷信だという話だったけど……いや、昔から伝わる迷信だからこそ芥菜さんのような高齢者の方が信じているのかもしれない。


 まさかそんな人によって基準の違う、善行というふわふわとした基準で植物が育つなんて、そんなこと信じてはいなかったけども……だけどもさっきの芥菜さんの反応……どうにも気になるというか、ただの迷信じゃないような、そんな風に思えてしまう。


 そもそも目の前にある扶桑の木自体がもう、その大きさからして常識外っていうか、空想の存在っていうか、迷信が具現化したような存在でもあり……そうなるともう逆に『ありえない迷信』の方がしっくり来るというか、らしいというか……迷信だからこそありえるんじゃないかという、そんな思いに捕らわれてしまう。


「皆と仲良くしたら善行で、それで育つっていうなら……まぁ、たしかにここに来てから俺は、皆と仲良くしてきたと言えるのかなぁ。

 テチさんやコン君や、畑で働く皆や、タケさん達や……。

 テチさんと喧嘩とかもしたことないしねぇ……もし大喧嘩したら悪行ってことで枯れちゃうのかな?」


 独り言もここまでいくともう独り言とは言えず、テチさんとコン君の耳にもしっかりと届いていたようで……俺の前へと駆け出した二人がニヤニヤとした表情をこちらに向けてくる。


「なら喧嘩をしてみるか? 扶桑の木の前で大喧嘩をしてみれば、迷信が本当かどうかはっきりするじゃないか」


「オレもオレも! にーちゃんと相撲とかとって、わいわいやり合ったらなんか反応があるかもしれないよ!」


 ニヤニヤとしながら二人はそんな言葉を投げかけてきて……俺はそんな言葉をかけてきている時点でそれはもう喧嘩でもなんでもないじゃないかと思わず苦笑する。


 そんな風に事前に打ち合わせをしての喧嘩が出来るなんてのは、それ自体が仲の良い証拠で、仲が良いからこそ出来ることで……苦笑したまま俺は「ふっ」と小さく笑う。


 するとその笑いが癇に障ったのだろう、テチさんとコン君はそれぞれ不機嫌そうな顔をして……そうして扶桑の木の前じゃないというのに、俺の方へと駆けてきて、俺の髪をぐしゃぐしゃにしたり、俺の背中を駆け上ったりと……二人らしい直接的抗議を、苦笑し続ける俺に仕掛けてくるのだった。

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