第137話 そうめん
具入りめんつゆの良い所は、飽きずにそうめんを楽しめる所だろう。
薬味でも似たようなことが出来るのだけど、それ以上に直接的に食感や味で変化を与えてくれて、様々な組み合わせの味を楽しむ事ができて。
しっかり野菜も採れるし、美味しいし、そうめんがどんどん食べられるし、かえしを自分で作れば塩分や糖分の調整まで出来てしまう。
塩分糖分控えめの時はカツオブシやコンブなどお出汁を多めに取るようにして、あるいは具材を多めにすることで味の薄さをカバーするというか、ごまかすというか……ハーブや香味野菜なんかでも似たようなことが出来る。
寒い夜でもめんつゆを温めれば美味しくいただけるし、季節ごとに旬の野菜を入れて楽しむこともできるし……一年中いつでも楽しめて、それでいて作るのが簡単というのもまたありがたい。
そんな風に俺にとっての定番料理というか、色々な機会でそうめんを手に入れたらまずこれを作るという程に慣れた料理に対するテチさんの反応は……、
「うん、美味い、美味いな、これ」
と、言いながらどんどんそうめんをすすっていくという、思っていた以上の良いものだった。
そうめんに具材を絡めてどんどんすすり上げて、そうめんも具入りめんつゆも物凄い勢いでテチさんのお腹の中に吸い込まれていく。
そんな光景を見やりながら俺も食べて……うん、大葉のいい香りとナスとピーマンという定番の組み合わせと……それに良いアクセントを加えてくれるウナギの味と香りと食感がなんともたまらない。
普段はこんな贅沢にはしないのだけど、こんなにも美味しいのなら定期的にやっちゃっても良いかもしれないなぁ。
豚肉も鶏肉もすごくめんつゆに合ってくれて美味しいのだけれど、ウナギとなると全くの別格……そうめんなしでも美味しいと思えてしまう程にたまらない味となっている。
「ああ、そうだ、もしカロリーが足りないようなら兵糧丸も用意しているからそっちも食べてね」
そうめんをすすり、もぐもぐと咀嚼して飲み下し……口の中に残る風味を堪能しながらそう声をかけるとテチさんは、物凄い勢いで物凄い量のそうめんをすすりあげてから……もくもくと、大きく膨れた口を動かしながらこくりと頷く。
そうめんとめんつゆをあれだけ食べればもうそれなりのカロリーになってそうだけども……まぁ、うん、朝から結構な運動をしていたみたいだし、追加で兵糧丸を食べてしまっても、問題はない……はずだ。
汗をかいた分と思って少しだけ塩分を多めにしたけども……その点もまぁ、うん、ほんの少しだけだから大丈夫……だよね。
とまぁ、そんな風に二人での食事を進めていると……何かこう、背中に突き刺さる視線のようなものを感じる。
気配というかなんというか、まるで誰かがじぃっとこちらを見ているような感じがして……そうめんをすすりながら振り返ると、そこには縁側にどんと立つ柱にその小さな体を隠そうとしている、いつもの見慣れた顔……コン君の姿があった。
「えっと、コン君? そんなところで何をしているんだい?」
俺がそう声をかけるとコン君は、びくびくしながら言葉を返してくる。
「いや、なんか、暇だからついつい遊びにきちゃったんだけど、かーちゃんが新婚の邪魔になるからしばらくは遊びに行っちゃ駄目だって言ってて……」
「ああ、うん、そういうことか。
コン君はもううちに何度も泊まって、一緒にお風呂入ったり寝たりもして家族みたいなものなんだから変に気を使う必要はないよ」
「ほんと!?」
俺がそう言葉を返してちょいちょいと手で誘うと、コン君は笑顔でこちらに駆けてきて……そんなコン君に対し、テチさんが手を上げてコン君に止まれとの合図を出す。
それを受けてショックを受けたような顔をするコン君にテチさんは……口いっぱいに頬張ったそうめんを咀嚼し……一生懸命に咀嚼し、飲み下してから声を上げる。
「遊びに来るのは構わないが、家に入ったらまず洗面所で手洗いうがいだ。
コンもそうめんを食べるのだろう? だったら尚更まずは洗面所にいかないと駄目だぞ」
その言葉を受けてコン君は、自分のミス……というかうっかりに気付いて、申し訳なさそうな、それでいて嬉しそうな、なんとも複雑な笑顔になってから力いっぱいに頷いて、そうしてから洗面所へとテテテッと駆けていく。
それからじゃーじゃー音を立てながら一生懸命に手洗いうがいをこなして……そんなコン君が戻ってくるまでの間に、箸や食器を用意し……追加のそうめんを茹でるために鍋の準備をしていく。
更に追加のかえしも作って……残り少ない野菜も全部使い切るつもり洗い、切り分けていって……。
コン君が居間へと駆けてきて「いただきます!」と声を上げて、ずるずると美味しそうにそうめんをすすっている光景をちらちら見ながら、追加のそうめんと具入りめんつゆを仕上げて……空になりつつある居間のちゃぶ台へと投入する。
すると我が家の食いしん坊二人の手がすぐに伸びてきて……そうめんもめんつゆも物凄い勢いで減っていく。
「オレ、オレ、そうめんがこんなに美味しいなんて初めて知った!!
かーちゃんのそうめんも嫌いじゃないけど、飽きるからなー。
だって夏休みになると毎日なんだよ、毎日お昼はそうめん、毎日は飽きるって……毎日は……」
美味しそうにそうめんをすすりながらそんなことをいって……何かトラウマの扉を開きかけているコン君に俺は慌てて声をかける。
「な、なら今度レシピを書いて渡すから、それをコン君のお母さんに見せてあげるといいよ。
具入りは簡単に出来るし、具を変えれば色々と味変も出来るから、毎日でも楽しめるし……他にもしょうゆタレ以外にも色々と楽しめるタレがあるから、それも今度作って、コン君が気に入ったらまたレシピを書いてあげるよ」
すると俯きかけていたコン君は、顔を上げてぱぁっと笑顔を輝かせて元気を取り戻し、そうめんへと意識を戻して一生懸命に食べ始める。
そうして結構な量を用意したそうめんも、具入りめんつゆも綺麗サッパリに食べつくされて……俺は最後に残ったそうめんをゆっくりとすすりながら……食べ終わって片付けが終わったら、大量の買い出しをしなきゃいけないな、とか……そろそろ買い出しのために、車を買うことも必要かな、なんてことを考えていく。
結婚式にリフォームに、色々とお金を使ってしまっている中で、更に使ってしまうのかという葛藤もあるけれど、こればっかりは必要なものだし、車があれば活動範囲が増えて森の中を色々見ることができそうだし……中古で安いやつでも良いから、なにか適当に買うべきだろうなぁと、自分の中でそんな結論を出した俺は……ごくりと最後のそうめんを飲み下し「ごちそうさまでした」と挨拶をしてから、使った食器や鍋やらの片付け作業に着手するのだった。
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