第141話 梅干し作り開始


 レイさんに家まで送ってもらい、配達車を降りて荷物を運び出そうとすると……縁側にちょこんと座って足をぶらぶらとさせながら、扶桑の花を眺めていたコン君が声をかけてくる。


「おかえりー!」


「ただいま、そしていらっしゃい」


 俺がそう言葉を返すとコン君は、笑顔を満開にさせてからこちらへと駆けてきて、配達車の荷台を覗き込んで……そうしてから買い物袋の中から自分に持てる品を選んで抱きかかえて、家の中へと運び始めてくれる。


 大きく膨らんで重くなっている買い物袋も、梅入りダンボールも自分には運べないと判断してのことらしく……俺が梅のダンボールを縁側に並べる間、何度も何度も配達車と家の中を往復して、俺の負担を減らそうとしているのだろう、買い物袋の中身を少しずつ減らしてくれる。


 5つのダンボールを並べ終えたなら、コン君のおかげでかなり軽くなってくれた買い物袋を持ち上げて、レイさんに「ありがとうございます!」とお礼を言って……返事代わりに手を上げたレイさんが走り去るのを見送ってから……今度は足元で待機していたコン君にも「ありがとうね」とお礼を言う。


 するとコン君はもう一回笑顔を弾けさせ、いつものあの笑顔を見せてくれて……そうしてから縁側へと駆け上り、並ぶ梅のことを眺め……すんすんと鼻を鳴らし始める。


「すっぱー! もうこの時点で匂いがすっぱい!

 梅干しにしなくても梅ってすっぱいんだね!」


 そうしてそんな声を上げて……俺は縁側から台所へとダンボールを移動させながら言葉を返していく。


「そうだよー、すっぱいよー。

 梅干しは塩をたっぷり使うんだけど、梅ジャムは砂糖をたっぷり使う訳で……甘い甘い砂糖をいっぱい使って作ったジャムでも、強烈なまでにすっぱいからねー」


「うっはー、そんなにかー。

 ……良い匂いでクセになるんだけど……そんなにすっぱいと食べたいって気にはならないかも」


「ああ、うん、青梅には毒があるっていうからね。

 梅干しにするとか完熟するまでまってジャムとかにすると毒も平気らしいんだけど……そのまま食べたりするのは絶対にダメだよ。

 もしかしたら獣人の鼻が、その毒を感じ取って食べたらダメだよって、本能的に教えてくれているのかもね」


「え? 毒!?

 ……梅って怖い食べ物なんだなー」


「たくさん食べなければ問題ないらしいけどね……っと、これで最後だ」


 と、そう言ってダンボールを台所のテーブルの上に積み上げたなら……洗面所に移動して手洗いうがいなどを済ませ、それから大きなボウルを準備して、梅を洗うための準備を始める。


「早速なんか作るの?

 えーっと、まだ完熟じゃないからジャムじゃなくて……梅干し?」


 同じく洗面所での手洗いうがいをすませたコン君が、流し台のいつもの椅子に座りながらそう言ってきて……俺は「そうだよ」と頷いてから作業を始めていく。


 と、言っても今日やることはそこまで多くはない。


 爪楊枝で梅のヘタをとって水を張ったボウルの中で傷つけないようにそっと洗って……表面の産毛を取ったなら、それで今日の作業は終わり、後は水に6時間程つけておいて……それからたっぷりの塩を使っての漬け込み作業となる。


 梅干しは青梅でも完熟梅でもどちらでも良いのだけど、青梅の方が梅酢が出やすい……気がするのと、果肉の食感がしっかり残る感じがするので、個人的には青梅から作った梅干しの方が好きだったりする。


 そういう訳で丁寧に丁寧に……絶対に傷をつけないようにヘタをとって、そっと手で撫で洗ってを繰り返していく。


「……梅に傷、つけちゃったらどうするの?」


 俺の作業の様子から傷をつけないようにしていることを感じ取ったのだろう、コン君がそう言ってきて……俺は作業を続けながら言葉を返す。


「傷をつけちゃうとね、そこから傷んじゃってカビが出てきちゃって、漬け込んだ梅干し全部をダメにしちゃうんだよ。

 だから買う段階から傷がないのを選んで、傷つけないように作業をして……梅がつけあがるまで大事に大事に作業をしていくことが重要なんだ、漬け込んでシワシワになったら実が破けたり傷ついたりしても平気なんだけどねー……。

 傷をつけないように作業をしていって、作業が終わったら6時間程水に漬け込んで……水から出して塩漬けにするまでは、本当に油断できない感じかな」


「そう……なんだ。

 もし傷つけちゃった梅があったら、どうするの?」


「それは別にしておいて、完熟を待って梅ジャムとかにしちゃう感じかな。

 梅ジャムは……ナイフとかで実を切り取って種を取り除いてからジャムにするから、傷がついていようがいまいがおかまいなしなんだよね。

 火を通して砂糖をたっぷり入れればカビる心配もないし……だから梅ジャムを作る時は、無傷のお高いのじゃなくて、傷ありのお安い梅を使うようにしているかな」


「あー、イチゴの露地栽培のと同じだー!

 安いのをたくさんかって、たくさん作るんだねー!

 ……ヘタを取るのと洗うのはなんとなく分かるんだけど、その後に水につけとくのはなんで?」


「そうするとアク抜きが出来る……らしいよ。

 俺もそうするのが正しい作り方って知っているからやっているだけで、アク抜きしないとどうなるかまでは詳しくは知らないんだけど……多分不味くなるんだろうね。

 そしてまぁ……梅は結構なお値段がするお高いものだからね、失敗しないようになるべく正しい作り方を守っていきたい所だね。

 水に漬けておくと、気泡がぷつぷつ出てきて……多分それがアクなのかな?

 完熟梅なら2・3時間で良いんだけど、青梅の場合は6~8時間くらいが良いって言われているね。

 ……で、ここで注意なんだけど、水に長く漬け込みすぎると変色したり腐ったりしちゃうから……長くても漬け込むのは一晩くらいにしたほうが良いだろうね」


「……傷つけちゃダメで、水につけすぎてもダメで……梅って結構大変なんだね」


「簡単な梅仕事もあるから全部が全部そういう訳じゃないんだけど……梅干しはね、うん……本当に大変だね。

 ちょっとでも失敗するとカビちゃって全部捨てることになっちゃって……以前にも話したと思うけど、俺……前に作りかけの梅干しをカビさせちゃって、結構な梅を泣く泣く捨てたことがあるんだよね……。

 壺の蓋をあけたらわっさーとカビが広がってて、膝から崩れて愕然として……アレは本当に、お財布的にも、ここまで頑張ったのにっていう苦労的にも、今年は手作り梅干しを食べられないんだって無念的にもあれはダメージがでかかったなぁ……。

 ……まぁ、うん、その時は玄人ぶって壺で漬け込んだのが悪かったからね……うん、それからはとってもカビにくい、それでいて簡単な方法で漬け込むようにしている感じかな」


 俺がそう言うとコン君は、こくりと首を傾げて「それはどんな方法?」と問いを投げかけてくる。


 そんなコン君に笑顔を返した俺は……親指を立てて、すぐそこにある冷蔵庫のことを指差すのだった。

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