第136話 式の翌日


 予定通り15時になった所でこちらの親戚たちが帰っていって……それから17時くらいまで食事会が続いて。


 17時になった途端、皆で一斉に動き出しての片付けが始まり……18時頃には解散という流れとなった。


 途中椅子に座って休憩をしていた人達はどうやらこの片付けのために体力を温存していたようで……新婚夫婦に余計な作業を押し付けなくて良いようにと、親戚側で片付けと洗い物までしてくれるのが、獣ヶ森のルールであるらしい。


 18時までに片付けて18時になったら即解散。


 つまりはまぁ……新婚夫婦の夜を邪魔しないという意図もあってのことなんだろう。




 ……そうして翌日。


 俺は昨日の料理地獄などの疲れでダウンしてしまっていて……どうにか目を覚まして起き上がれたのは昼を過ぎてのことだった。


 今日は休日でテチさんも仕事が休みで……朝食を作る必要は無いとのことだったのだが、それにしてもまさか昼過ぎまで眠りこけてしまうとはなぁ……。


 目を覚まし周囲を見て……テチさんの姿はなく、どうやら既に起きていて、庭の方から音がしていることを察するに庭で何かをしているらしい。


 すぐに庭に向かっても良かったのだけど……まずは身だしなみかと風呂場に向かい、シャワーを浴びたり髭を剃ったり、歯を磨いたりして、更に服を着替えてシャキっと気持ちを入れ替えて……寝室を片付けたり、洗濯をしたり、掃除をしたりと家事をすることで気持ちを日常へと戻していく。


 ウェットシートな掃除道具で廊下の拭き掃除をしながら縁側へと向かうと……テチさんが笑顔で汗を飛び散らせながら棒を振り回しての鍛錬をしている姿が視界に入り込む。


 張り切っているというかなんというか、輝いているかと錯覚する程に良い顔でハッスルしていて……体力というか元気が有り余っているようだ。


 そしてその服は汗と夏が近づいてきたことによる濃いめの湿気でびっしょりと濡れていて……その濡れ方が少し……いや、かなりのものだったので、一体いつからそうしているのかと心配になった俺は、掃除道具でそこらを拭きながら声をかける。


「テチさん、何時頃からそうしているの?

 かなりの汗をかいているみたいだけど……水分補給はちゃんとした?」


 するとテチさんはこちらを見て、良い顔を一段と良いものにしながら言葉を返してくる。


「何時からなのか、はっきりとは覚えてないが……まぁ、大体8時か9時頃からだ。

 そして水分補給はそこの水道でしているから大丈夫だ」


 と、そう言ってテチさんは棒でもって玄関先にある水道を指し示し……それは水撒きとか掃除用の水道なんだけどなぁと、呆れながら言葉を返していく。


「水だけじゃなくて塩分も取らないと……っていうか、8時から今まで運動をしていたなら食事をしてカロリーだってとらないとでしょ。

 掃除が終わったらすぐにご飯を作るから、一旦休憩して……汗を流して着替えをしてきたら?」


「む……そうは言うが今良いところでな……こんなに体を動かせるのは久しぶりのことで……」


「いやいやいや、だからってそんな休憩も補給もなしで動き続けるなんて……人間よりカロリー消費が多い体でそんなことしていたらすぐにぶっ倒れちゃうよ。

 ……すぐに休憩しないっていうなら、今日の昼食と夕食は梅干しおにぎりだけになっちゃうよ」


「……それはずるいんじゃないか? いや、梅干しおにぎりも嫌いじゃないんだが……。

 昨日の今日でそんな落差のある食事は……」


「嫌ならさっさとシャワーいって着替えてきてください、そうしたら美味しいご飯作っておきますから」


 最後はいつもよりも強めの語気で、普段はしない敬語まで使ってそう言って……するとテチさんはしょんぼりと尻尾を垂らしながらも「はい」と素直にそう言ってくれて、棒をしまい、風呂場へとのそのそと移動してくれる。


 それを見届けたなら掃除を再開させ……廊下が終わったなら仏間へと向かい、仏壇を開いて線香を上げて……曾祖父ちゃんに挨拶をし、そうしてから仏間の最奥、竹枠の丸窓の側に置いておいた、扶桑の苗木の下へと足を向ける。


 朝昼は外に出しておき、雨の日や夜の間は仏間の丸窓の前のツボなどを置くスペース……床の間に飾るようにしていて……昨日は子供達もたくさんくるし、うっかり落として植木鉢を割ってしまっても困るからと床の間に飾ったままにしてしまっていて……もうお昼になってしまっているが、少しでも太陽の下に出した方が良いだろうと手を伸ばすと……俺はちょっとした違和感を覚えて、硬直する。


 植木鉢は昨日と変わった様子はなく、苗木そのものにも特に変わった様子はない。


 大きくなったとか、葉っぱが増えたとか、そういうこともなく、昨日確認した通りの姿……なのだけど、なんだか違和感があって……顔を近付けてじぃっと見つめた俺は、そこまでしてようやく、枝の先の方に小さな蕾がついていることに気付く。


 まだ色付いてはいないし、生えかけの木の枝と見間違えるくらいの大きさで、よく見ないと気付け無いようなものなんだけど、その形は確かに花の蕾で……一体いつのまにこんなものがと小さく驚く。


「どんな花が咲くのやらなぁ」


 その蕾を見つめながらそんな一言を呟き……そうしてから落としてしまわないようにしっかりと植木鉢を持って、縁側の辺りにあるこの植木鉢専用の棚へと向かう。


 棚にしっかりと置いて、水道側にある小さなじょうろで少しだけ水を与えて……こんなものかなと頷いてから台所へと向かう。


 そうしたなら朝から動き続けていたらしいテチさんのための昼食作りだ。


 ……と言っても、冷蔵庫の中はほぼ空っぽで、昨日の式で大体の食材を使ってしまっていて……仕方ないので残り物を駆使しての朝食となる。


 ナスとピーマンがあったのでそれらを一口サイズに切り、大葉があったので大葉も細く切っておいて……それとゴマを用意する。


 そうしたら鍋をコンロにかけ、火を点けて弱火にし……みりんを入れてアルコールを飛ばす感じで煮詰めていく。


 みりんを煮詰めたら、砂糖をどさっと入れて、みりんの二倍程のしょうゆを入れて……弱火で煮詰めて「かえし」と呼ばれるタレを作っていく。


 かえしを作ったならナスとピーマン、大葉とゴマを入れてしまって……更に昨日の式で誰も手を付けないまま残ってしまった、ウナギの蒲焼き一切れ……半尾分を一口サイズに切ったものをゴロゴロと入れる。


 運悪く残った一切れ、うな丼などにするにはどうにも小さくて中途半端な一切れ。

 二人で食べるには少な過ぎるこいつには、このかえしを彩る良いお出汁、良い具材になってもらうとしよう。


 そうした具を入れ終えたならまた煮詰めていって……ピーマンとナスに十分にかえしがしみたら完成。

 

 後はこのつゆをつけて食べるメイン、そうめんを茹でていく。


 普通のめんつゆだけでそうめんを食べるのも良いけれど、こうやって具だくさん味たくさんのつゆを作って食べるのも悪くないもので……そうめんと一緒に歯ごたえのある具を食べるというのは、一度やってみると中々どうしてクセになるものだったりする。


 他にもあれば豚肉、鶏肉、キノコ類にミョウガ、油揚げなんかも悪くなくて……夏野菜ということでトマトという変化球も面白い味のつゆになって悪くなかったりする。


 カロリー的にはそこまでじゃない料理だったりするけども……まぁ、うん、材料がないので仕方ない。

 兵糧丸の作り置きはあるので、それを添えるということでお昼は我慢してもらうことにしよう。


 本番は買い出しを終えた夜ということで……と、そんな言い訳を内心でしているとシャワーと着替えを終えたテチさんが居間へとやってきて……それを受けて俺は食器などの準備をし、出来たてめんつゆとそうめんの盛り付けと配膳をしていくのだった。

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