第135話 予想外の終わり方


 トイレに駆け込み、することをして、洗面所へといったなら手を洗って顔も洗って、改めて気を引き締めて……そうしたなら庭へと戻り、お腹が膨れてお酒も回って、皆が席について静かになって……空気が落ち着き始めた会場を挨拶をしながら回っていく。


 こちらの親戚には来てくれてありがとうと、テチさん側の親戚にはこれからよろしくと挨拶をしていって……ついでに料理の感想などを聞いたりして雑談も交わしていく。


 燻製肉丼とコンフィとホロホロ焼鳥と。


 どれが美味しかったかとか、こういう料理も食べてみたいとか、あるいは作り方を教えて欲しいとか、そんな雑談を。


 そうやって会場を一通りに回り終わったなら……未だに丸焼きの、まだ半分程が残っている牛肉の配膳などを続けているレイさんの下へと向かう。


「改めて今日はありがとうございます、丸焼きもすごく美味しかったです」


 向かうなりそう声をかけると、レイさんはよせよせと手にしたナイフを振りながら言葉を返してくる。


「礼なんていらないぞ、家族が結婚したらこうするのは義務みたいなもんだからな。

 逆にあれだ、オレが結婚した時には実椋、お前がこの係をやることになるんだからな?

 つまりはまぁお互い様ってことになる訳だ」


「……なるほど。

 じゃぁその時になったら詳しいレシピを教えてください、この味をできるだけ再現したいと思いますから」


「ああ、後で教えてやるさ。と言ってもそんなに難しいもんでもないんだがな。

 そして味付け以上に大事なのは量を見誤らないことだろうな」


 そう言ってレイさんは不安そうにレンガの中に残った熱でじんわりと温め続けられている牛の丸焼きのことを見下ろす。


 丸焼きはまだ半分程が残っていて……でも会場の皆さんはもう大体食事を終えていて、膨らんだお腹を撫でながらの雑談モードへと突入してしまっていて……どうやら多く作りすぎてしまったらしい。


「あー……残りすぎてしまったなら、密封パックを取ってきますから、それに入れて皆さんに配るか冷蔵庫に入れるかしたら……」


 丸焼きのことを見下ろしたまま難しい顔をしているレイさんに対し、俺がそう声をかけると……レイさんは『お前は一体何を言っているんだ?』と、そんなことを言いたげな表情をこちらに向けてきて……そうしてから何かに気付いたような表情になって言葉を返してくる。


「実椋、お前勘違いしちまってるぞ。

 オレは別に肉が余っちまったと悩んでるんじゃなくて……このままじゃ肉が足りなくなるんじゃないかって、売り切れたらどうしたもんかと悩んでいるんだよ。

 まだまだ昼をちょっと過ぎたくらいで、今日の式は始まったばかり。

 だってのにこんなに勢いよく売れちまって……美味しい美味しいと好評過ぎて勢いよく売れ過ぎちまうってのは、ちょっと予想外だったな。

 ……流石は牛肉、肉の王様は伊達じゃないな」


「え? いや、え? ま、まだ食べるんですか?

 獣人の方々が大食いなのは知っていましたけど……まだ!?

 皆さん俺の料理も食べたんですよね!? スーパーのサラダとかオードブルもほとんど無くなっていますし!?」


 驚きのあまり声を荒げながら俺がそう返すと、レイさんはやれやれと首を左右に振ってから言葉を返す。


「まだまだ、これからが本番に決まってるだろ?

 まぁでも、まさかここまでの短時間で、ここまでの勢いで料理が無くなるってのは流石に予想外だったなぁ。

 普通はあれだけの料理があれば夜くらいまで持つはずなんだが……って、あ、そうか、そういうことか。

 牛の丸焼きと実椋の料理が美味いっていうか、俺達の好みに合っちまったもんだから、皆がいつも以上に食欲を爆発させちまったのか!

 っはー、なるほどね……料理が上手いってのも考えもんだなぁ……んー、これは普通の式の2・3倍は金がかかることになるぞ」


「……えぇー……?

 料理が美味しいっていうか舌に合ったもんだからいつも以上に食欲が出ちゃって、食べすぎちゃって……食べ過ぎちゃっているのに満足しないで、まだまだ時間いっぱい食べ続けるつもりって、そういうことですか?

 ……いや、いくら時間と食欲があったって、流石にもう肉も在庫もないんですが……あって缶詰くらい?

 缶詰があるっていっても、ここにいる獣人さん全員分はとてもじゃないですが足りないですよ」


「いや、まぁ、流石に全員がそうって訳じゃねぇさ。

 酒もガバガバ飲んでるし、おっさんおばさん連中はそろそろ満腹が近い……が、子供達をはじめとした若いのはまだまだこれからが本番だろうな。

 後は体を動かす仕事をしている連中とかもまだまだこれからだろうし……まぁ、その分の料理は追加で用意するしかないだろうな」


 そう言ってレイさんは会場の方をぐるりと見回す。


 大人達は確かにレイさんの言う通り、膨れたお腹を撫でながら満足そうにしているが……子供達や若者達はまだまだ満足してないというか、目が飢えているというか、もっともっと、美味しい料理を食べたいと、そんな欲をみなぎらせていて……そんな中でコン君もまた、もっともっと食べたいと、もっともっと今日という日を楽しみたいと、そんな表情をこちらに向けてきている。


 コン君の視線はレイさんの側にある牛の丸焼きと……俺にも向けられていて、どうやら俺に更なる料理を作って欲しいと、そんな期待をしてしまっているようだ。


「……そういう訳で実椋……今日はこれからが本番だぞ。

 これからが本番なんだが……子供達にデザートはまだかってせっつかれたからな、オレは一旦離脱して店で冷やしてるデザートを取ってくるとするよ。

 ……戻ってくるまでの間は父さんと母さんと、とかてちと一緒に上手く乗り切ってくれ!

 量が量だからな、電話注文しておけばスーパーも配達してくれるはずだから……まぁ、うん、配達で届いた材料で作れる美味いアドリブ料理、なんか考えておいてくれ!」


 そんなことを言ってレイさんは俺に手にしていたナイフとしゃもじのようなものを渡してきて……庭の近くにとめていた配達車へと駆け寄っていく。


 途中でテチさん達の輪に混じって雑談をしていた彌栄さんに声をかけて、一緒に配達車へと乗り込んで……そのままお店の方へと走り去って。


 そうやって見えなくなる配達者を見送った俺は……手にしたナイフとしゃもじを見つめながらどうしたものだろうかと、頭を悩ませる。


 何も準備をしていない状態でのアドリブ料理って……そんなことを言われても、準備をする時間もないのなら、届いた材料をシンプルに焼くしかないのではないだろうか?


 タレと肉と野菜を買って、肉と野菜を焼いてタレをかけて終わり。


 工夫も何もない、誰にでも出来る……それこそバーベキューのような楽しみ方になるしかないような……。


 ああでも、タレをちょっと凝った作りにすることくらいは出来るか……。


 刻みタマネギと摩り下ろしりんごをベースにして、何かお出汁になるものを加えて、醤油ベースか味噌ベースか、あるいはその両方か。


 大きな鍋で煮込めばかなりの量をさっと作れるだろうし……それでバーベキューのように焼き肉、焼き野菜を作ればそれなりに美味しいはず。


 となるとバーベーキューグリルが必要で……またレイさんに借りる必要があるかな。


 ……と、そんなことを思いついた俺は、スマホを取り出し……運転中だろうからとレイさんにその旨を伝えるメッセージを送っておいて、それからスーパーに電話し、思いつく限りの材料の注文を済ませた。


 注文を済ませたなら牛の丸焼きの配膳に集中し、レイさんが戻ってくるまでの間頑張り……レイさんが戻ってきたならバトンタッチして、すぐさま台所に移動し、コン君に手伝ってもらいながらのタレ作りを開始する。


 タレを作り、材料が届いたならバーベキューの準備をして……下手に良い香りのするタレを作ってしまったものだから、鼻の良い獣人の皆さんが今まで以上に食欲を取り戻してしまって、元気になってしまって……。


 そうして俺はそれから今日というめでたい、結婚式という新たな人生の門出となる日を……料理に明け暮れて過ごすことになるのだった。

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