第134話 あれこれと思索して


「よ! おめでとう! 今日は腹いっぱい食ってけよ! 皆で食って皆で幸せな気分になるってのが結婚式の醍醐味なんだからな!」


 俺の皿に牛の丸焼きを盛り付けながらレイさんが、そんな言葉をかけてくる。


 パリパリに焼けた皮と、ホクホクに焼けた肉をどかんと盛って、その側に添えるようにご飯……というか焼き飯というか、ピラフのようになった米料理を盛って。


 その米料理にはレーズンや干し杏、ニンジンや玉ネギなどが使われているようで……スパイスなどを使っているようだけども、かなり甘めに作られているようだ。


 よく見てみれば砕いたクルミなんかも入っていて……俺がそれに気付くなりレイさんが「それは富保さんのクルミだぞ」なんてことを言ってくる。


 気を利かせてくれたというべきか、なんと言うべきか……それを受けて俺が「曾祖父ちゃんのクルミかぁ」と呟くと、近くに立っていた叔父さん達が反応を示し……そうしてから自分達の家族の下へと戻り、一口で良いから食べておけと、そんなことを言いながらこちらへと引っ張ってくる。


 そんな様子を見て叔父さん達にも色々と思うことがあるらしいなぁと俺が頷いていると、レイさんによる盛り付けが終わり……肉と米料理が山盛りになったお皿をしっかりと支えながら、先程の席へとゆっくりと戻っていく。

 

 俺の後にコン君も盛り付けをしてもらって、俺を追いかけるように席に戻ってきて……そうして二人で手を合わせて「いただきます」と今更の挨拶をしてから、まずは米料理から行こうと、そちらに箸を伸ばす。


 一口食べた時点での感想は思ったよりも美味い、というものだった。


 ピリッとスパイスが効いていて、そこに牛肉の旨味がガツンと染み込んでいて、少し重たくなりそうなところを甘めの野菜と果物達がカバーしてくれて。


 更にクルミが良い食感となっていて、飽きずに食べる事のできる、五目寿司といった印象のある料理になっている。


 そして一緒に盛り付けられた牛肉は……ただただシンプルに、牛肉の美味さを味わうものとなっている。


 皮には醤油ベースと思われるタレが塗られていて、そのタレがしっかりと染み込んだ状態で焼かれた皮はパリッと香ばしく、少し固いのだけれども、それがまたくせになる感じで。


 肉に関してはほぼほぼ味付けがされておらず、牛肉本来の味を真っ直ぐに楽しむといった感じになっていて……味が足りない場合は、皮や米料理と一緒に食べるか、塩コショウを振るかして味を追加するといった食べ方をするもののようだ。


「んー! やっぱ牛の丸焼きはレベルが違うね!!

 他のと段違い! 超美味しい!」


 そんなことを言いながら箸を動かすコン君は一切味を追加せずに、そのまま牛肉の味を楽しんでいて……俺もそれにならって味を追加することなく、よく噛んで牛肉本来の旨味を味わっていく。


 そうやってゆっくり牛の丸焼きを楽しんでいると……物凄い勢いでお皿を空にしたコン君が、真顔になって勢いよく立ち上がり……そのまま我が家のトイレの方へと駆けていく。


 そうして10分程立ってから、膨らんでいたはずのお腹をすっきりとさせた状態で戻ってきて、近くのクーラーボックスからオレンジジュースを取り出し、こっちに持ってきて……ちょこんと座ってからゴクゴクと飲み始める。

 

 そんなコン君のことを見て、相変わらず凄まじいまでの代謝速度だなと関心して驚いて、ちょっと呆れて……そうしながらも口を動かしていって、お皿に残った最後の牛肉一切れを口の中に運ぶ。


「っていうかミクラにーちゃん、テチねーちゃんと一緒にいなくていいの?」


 するとコン君が……俺の食事が終わるのを待っていたのか、タイミングよくそう言ってきて、俺はごくりと飲み下し口の中を空にしてから言葉を返す。


「今日の式にはテチさんの友達も来ているからね、式が終わればいくらでも話せるんだし、ドレスのこととか近況のこととか、色々と話したいこともあるんだろうし、式の間は友達優先で良いかなと思っているよ」


「ふーん? そういうもんなんだ?」


「そういうものだよ。

 門とかの事情で俺の友達を呼ぶことは出来なかったけど、もし呼べていたら俺も友達と色々なことを話していただろうし……友達に愚痴を言ったり相談したりっていうのは、それはそれで大事な時間っていうか、大人になってもいくつになっても欠かせないものだったりするんだよ」


「そっかー。じゃぁオレも結婚したら友達に相談したりー、お嫁さんが友達と遊べるようにしたりしなきゃだなー」


「あ、ああ、うん、そうだね……コン君も今度お見合いするんだもんね、今から心がけておいたほうが良いかもしれないね」


 未だに慣れない風習というか文化というか……大人と子供の境界が曖昧かつ入り混じっている獣ヶ森のやり方に俺が怯んでしまっていると……会場のあちこちで楽しそうに、美味しそうに食事をしていた子供達……畑で働いてくれている、コン君の同僚達が、こちらへと駆け寄ってくる。


「おめでとうございます!」

「おめでとー」

「本日はお招きいただきありがとうございます!」

「ご飯美味しかったです!」

「テチさんとお幸せに!」

「豪華なお食事最高です!」

「燻製丼うまかったよ!!」


 駆け寄ってくるなり口々に祝福のことばや感謝の言葉をかけてくれて……それを受けて笑顔になった俺は、椅子から立ち上がってから膝を折り……子供達の目線に近付きながら「ありがとう、ありがとう」とお礼の言葉を返していく。


 すると子供達はそれぞれに違う、個性豊かな笑顔を返してくれて……そうしてからトイレに向かったり、再度の食事に向かったり、ジュースの吟味を始めたり……レイさんの方へと駆け寄って「デザートはないの?」なんてことを聞いたりし始める。


 そんな光景を見ているとなんとも年相応で、なんとも子供らしいというか微笑ましい姿になっていて……時折大人びたことを言ったり、大人よりも大人らしいことを言ったりするコン君とはまた違った印象を受けてしまう。


 コン君が特別なのか……それともあの子達にも、俺がまだ知らないだけでそういった大人な面があるのだろうか……?


 まぁ、うん、働いてお金を稼いでいる時点である程度大人だと言える訳だし、その結果それ相応の責任感を持つようになってもおかしくはない訳だし、その時点で十分に大人だと言える訳だけども……皆にもコン君のようなしっかりとした面があるのだとしたら……いずれ生まれてくるだろう、俺とテチさんの子供もそんな風に大人な子供に育つのだろうか?


 テチさん達の話によると、俺達の子供はリス獣人として、コン君達のような姿として生まれてくるらしいが……中身もまたコン君達のように成長が早いのだろうか?


 そこら辺のことまた改めて……時間がある時というか、今夜辺りに聞いた方が良いなと、そんなことを考えた俺は……膨らんだ腹を撫でさすりながら立ち上がり……ギュルルとなり始めた腹を落ち着かせるために、トイレへと向かって駆けていくのだった。

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